第二十六章 霊媒師 誠と真-21
エナジーバンパイア____
何年か前、なにかの本でこの言葉を知った。
一般的に ”バンパイア” は人の生き血を吸うものだが、”エナジーバンパイア” は人のやる気やエネルギーを奪うという。
コイツと話すと異様に疲れる。
常識が通じねぇ、利己的なんてもんじゃねぇ。
コイツはよ、自分以外は視えてねぇ。
嫁よりも、娘よりも、親よりも、姉よりも、自分がすべてで一番だ。
犯した罪を悔いるどころか興味もなくて、ただ今は、迫りくる【闇の道】から逃れる事しか頭にねぇんだ。
『み、み、み、道……道が来る……!! い、い、いやだ……いやだぁぁぁ!!』
田所は立ち上がると空を視た。
噛んだ指は血で染まり、その指先を細かく震わせ狼狽えている。
情けねぇ男だな。
なぁ、【闇の道】はそんなに怖いか?
みっともねぇ程オタオタしてよ、視てらんねぇ程怯えてよ。
おまえ、気づいてないだろう。
唯一【闇の道】から逃れる手立てがあったのを。
もしもさっき、謝罪の言葉を口にしたなら、心から罪を悔いれば。
道がおまえを焼く前に、道に捕まり地獄送りになる前に、俺はおまえを一発で滅したさ。
だが、おまえはそれをしなかった。
だからおまえを滅さない。
俺はおまえを【闇の道】に引き渡す。
未来永劫、朽ちぬ霊体で地獄を彷徨え。
田所から少し遅れて空を視た。
視界に映る【闇の道】は強烈なまでに禍々しい。
道は、いつもなら月がある位置。
空のずっと高い場所から、こちらに向かってゆっくりと、時間をかけて伸びてくる。
俺が知ってる黒より黒い、その名の通り ”闇色” がブクブク泡立ち煮えたぎり、視ているだけでも背筋が冷えた。
おそらく、”背筋が冷える” じゃ済まねぇだろう田所は、目を血走らせて叫んでいた。
『い、い、い、嫌だ、嫌だぁぁぁ!! 地獄になんか逝きたくねぇよ! チクショォォ!! 忌々しい!! 何度も何度も来やがって!! 俺は絶対捕まらねぇ!! 地獄には逝かねぇからなぁぁぁッ!』
……?
今なんて言った、【闇の道】が来るのは初めてじゃねぇのか?
今までも、おまえを連れに来てたのか?
だとすれば、……おかしい。
なんでおまえは捕まらなかった、道は決して悪霊を逃さない。
道から伸びる黒い触手がどこまでも追跡するはず。
それをおまえ……どうやって逃げたんだ……?
『チクショォ!! チクショォォォォ!! ここじゃ駄目だ、ここじゃあ捕まっちまう!! 誰か、誰かいないのか……!!』
誰か?
どういう意味だ?
言ってる意味が分からねぇ。
ま、なんだっていいさ。
おまえが誰を探してるのか知らねぇけどよ、無駄だ、アキラメロ。
たとえ道が取り逃がしても、今夜ここには俺がいる。
絶対に逃がさねぇよ。
『チクショォッ! どうすればいい!? どこへ逃げればいい!?』
焦りが濃く出た震える声。
田所は素早く顔を左右に動かし逃げ道を探していた。
今は、潰れた鼻を気にする様子は微塵もねぇ。
なんだよ、さっきのは大袈裟か?
”痛え” だの何だのと大騒ぎだったクセしてよ。
「どうやらお迎えが来たようだな、」
声をかければ目が合って、だが、答える余裕は皆無なのか、”チッ!” と短く舌打ちした後、そのまま走り出したんだ。
ああ、そうか。
逃げるつもりか。
無駄だよ。
今までは知らねぇが、おまえは決して逃げられねぇ。
道からも、俺からも。
タンッ! と地を蹴り逃げる背中を追いかけた。
ヤツとの間は数メートル。
風を切って矢の如く、ほんの二瞬で追いついて、三瞬目で大地を踏みしめ膝をバネに高く飛ぶ。
四瞬五瞬の滞空時間で両足揃え、六瞬半目でドロップキックを炸裂だ。
ゴッ!!
鈍い音、
呻き声、
止まらない咳、
咳と一緒に胃液を垂らし、
前のめりに倒れた霊体、
吐いた胃液と血液が、
喉を狭めて呼吸を邪魔する____
田所は動けずにいた。
地面の上で這いつくばってる。
まるで轢かれたカエルみてぇに。
なぁ、
今、どんな気持ちだ?
「せっかく道が迎えにきたんだ。勝手にどっか行こうとすんな。おまえの為の道だ。地獄まで連れてってくれるってよ」
足元で転がるコイツにそう言うと、
『……ぅぁ……ぁぁ……』
言葉にならない呻きを上げた、…………ヤワだな。
もうお終いか?
逃げるんじゃねぇのかよ。
逃げた所で無駄だがよ、必ず俺が阻止するけどよ。
空を視れば、【闇の道】はだいぶ地上まで降りてきた。
黒い触手を多量に生やし、その先端は明らかにこちらを向いてる。
田所を……視てるのだろう。
「あと少しで道はここまでやって来る。おまえはもう逃げられねぇよ。ま、どうしてもって言うなら逃げても良いぜ? ただし、逃げればまた、今みてぇに捕まえるけどな」
たっぷりの皮肉を込めての牽制だ。
さっきのキックでコイツはまともに動けねぇ。
逃げたくとも出来ねぇだろうが、こういうヤツは最後まで油断禁物だ。
『…………カヒュ……カヒュ……』
苦しそうな息遣い。
俺はそれを黙って聞いて、田所から目を離さずに道を待っていた。
『……うぅ……ぅぅ……』
低い呻きを上げながら、田所は霊体をモゾモゾ動かしだした。
なんだよ、まだ逃げる気か?
案外ガッツがあるじゃねぇか。
やれるもんならやってみろ、逃げれるもんなら逃げてみろ。
俺は腕を組んだまま、黙って動きを視続けた。
苦しそうな田所は、プルプル霊体を震わせながら、手足をなんとか折り曲げて四つん這いの恰好になった。
顔は地面に向いたまま、呼吸は荒く大きく肩が揺れている。
その時、空から何かが降って来た。
黒色の細かな粒子、……色は違うが粉雪によく似てる。
…………ああ、もしかしてアレか。
思い当って目線をあげればやっぱりだ。
黒い雪は【闇の道】が降らしてる。
道の底面、それとウジャウジャ生えてる触手からも放出されてる。
アレは前に視たヤツだ。
悪霊を逃がさないため、【闇の道】は多量の靄を散布する。
靄が悪霊に付着すればどうなるか。
答えは簡単だ。
闇の触手が悪霊を捕らえる時、付着の靄を手掛かりにする。
どこに逃げても隠れても、靄を追ってどこまでも追跡するんだ。
ジジィ曰く【闇の道】は人の顔を視ていない。
いや、もしかしたら視てるのかもしれないが、個体識別は出来ねぇらしい。
そう言った造りの雑さは否めねぇけど、その代わり、追跡力に霊力を全振りしてるんだ。
そう……全振りしてるはずだよな。
今まで数回、俺は現場で道を視たけど、取り逃がしは1度もなかった。
なのにコイツは逃げたんだ、一体どうやって……?
晴れない疑問が頭の隅にくすぶる間も黒い雪は降り続く。
田所の、四つん這いに丸めた背中に薄い層が出来ていく……が、靄は俺には付着しない。
これもジジィ曰くだが、黄泉の国が【闇の道】を伸ばす時、予め連れてく霊の情報を読ませてる。
道が持つ悪霊の情報、それと、対象となる悪霊の情報が合致した時、そこで初めて付着するんだ。
その証拠に、俺の身体に降った靄は、するりと滑って落ちていく。
落ちた靄はそのままコイツに付着する。
『……うぅ……ぅ……ふ……うぅ……ふぅ……』
四つん這いの田所は、呻きを上げて動きを止めた。
とうとう諦めたのか、それとも、まだ何かを考えてるのか……どっちにしてもタイムアウトだ。
靄はおまえを覆ってる。
背中も、頭も、腕も足も、霊体のすべてに付着済みだ。
そろそろ触手が動く頃だし、その前におまえが逃げたら俺が追う。
『ハァハァ……うぅぅぅぅ……』
恐怖で頭がおかしくなったか、田所は血だらけの指を更に噛みだした。
ガブガブガブガブ、肉が抉れ爪が剥がれて、それでも止めずに噛み続けてる。
ったくよ……惨めな男だな。
行動がバクってる。
結局コイツは自分の罪を理解出来ずに地獄へ逝くんだ。
この時、ほんの半瞬。
ガラにもなく気持ちが落ちた。
愛するユリの実の父親、その最期があまりに惨めで情けなく、嫌な気持ちになったんだ。
だが、これがマズかった。
半瞬とは言え気を抜いた次の瞬間、
「痛ッ!!」
突如、足首に激痛が走った。
下を視れば田所が俺の足を喰らってて、そして、地面に這った格好のまま一心不乱に噛んだ後、田所は両手両五指、血だらけの指先を噛んだ傷口に擦り込んだ。
「……チッ! なにすんだよ!!」
縋るコイツを思いっきり蹴り上げて、強引に振りほどくと、田所はひっくり返って呻き声を上げた。
なんだ……?
コイツは今なにをしたんだ……?
最期の悪足搔きか……?
ただの腹いせ……?
いや……そうじゃなさそうだ。
だってよ____
噛まれた足がジンジン痛み熱を持つ。
それが一体なにを意味するのか、その答えはすぐに分かった。
「マジかよ……靄が落ちねぇ……!」
空から降る黒い雪。
それが、俺の身体に付着しだしたんだ。




