第二十六章 霊媒師 誠と真-20
ブツブツ言ってる。
聞き取りにくいが ”ダマレ……ダマr……” と念仏を唱えてる。
なぁ、その念仏にはどういう気持ちが含まれてんだ?
羞恥か?
後悔か?
罪悪感か?
それとも、ただ単に隠したいだけか?
テメェの過去を俺に知られて語られて、しかも俺は娘のダンナだ。
一回りも年下で、生者の俺に侮蔑を込められ語られる……今、どんな気持ちだ?
「おまえ、貴子さんに異常な程の興味を持ったよな。最初は優しく近寄って、自分も同じ上京組だと親近感を持たせてよ。上京間もない貴子さんは、だんだんおまえを頼るようになっていった。おまえはおまえで頼られるたび、かつて自分を拒否った後輩が、今では自分に笑顔を向ける……そう、勝手な妄想をしてたんだ。……ったくよ、くだらねぇ。後輩と貴子さんはまったく別の人間だ。なんでそれが分からねんだよ。貴子さんは些細な事でも、いつだっておまえに感謝をしてたよな。嬉しいと思わなかったのか? なんで最後の最後まで、後輩と重ねてたんだ。なんで貴子さん本人を見なかったんだ、」
『……………………』
「貴子さんがユリを身ごもった時もそうだ。なんで喜べない、なんで邪魔だと思った、……おまえ、子供が出来たと言われた時、貴子さんに怒鳴ったよな。なんでそんな事が出来るんだ、おかしいだろ。挙句の果てにはどうしても生みたい、そう懇願した貴子さんに、”結婚しても良いが親にも誰にも言うな、それが条件だ” ってよ……かわいそうに、そんな話あるかよ」
あり得ねぇよ。
ユリは俺の宝だ。
世界で一番大事な女で、もしもユリが俺の子供を産んでくれたら。
それ以上の幸せはねぇと思う。
家族や友人はもちろん、おくりびの連中にだって報告するし、みんなで喜びを分かち合いてぇ。
なのによ、親には言うな? なんで隠さなくちゃならねぇんだよ。
結婚の挨拶とか、そういうのが面倒だったのか?
結婚式もしねぇ、ドレスも着ねぇ……貴子さんの意思ならともかく、そんな事を強要されて不憫じゃねぇか。
____夫婦2人で仲良くね、
俺んちで藤田家が集まった時、貴子さんはこう言って笑ってくれたんだ。
貴子さんはユリと同じで優しい人で、俺にとっては義理の母親。
それをコイツが……!
「……なぁ、気づいてるか? 貴子さんとの結婚、それはおまえにとって最後のチャンスだったんだ。人を好きになって、好きな相手を大事にしてよ。親の金じゃねぇ。テメェの稼いだ金でもって、ささやかでも幸せな家庭を作る、そのラストチャンスを自分の手で潰しちまったんだ。ユリが生まれてからもそうだ。仕事もしねぇで飲んだくれて、妻と娘に暴力ふるって、……進歩も愛もねぇじゃねぇか。貴子さんは後輩じゃねぇ、おまえの親でもねぇしよ、金を稼ぐ道具でもねぇ、ましてやサンドバックでもねぇんだよ。それなのに、最終的には貴子さんの命まで奪ったんだ」
しゃがみ込んだ地面の上で向かい合い、俺は、真正面から田所を視る。
目が合った田所は、口の端を泡立てながら声を荒げた。
『……ゥ……ウルセェよ……おまえに何が分かる、俺だって辛かったんだ……おまえの言う通り、貴子はあの後輩とよく似てた。顔だけじゃねぇ、態度もな。貴子がしおらしかったのは最初だけ。だんだんと生意気になり仕事しろだの、ユリをもっと可愛がれだのくだらねぇ事言い出しやがった。田舎の小娘のクセに……バカにしやがって……! 貴子を殺っちまったのは事実だ。だがそれだって俺だけが悪いのか? 貴子とユリが生意気言わなきゃあんな事しなかった。刑務所に入る事もなかったし、殺されずに済んだんだ。俺だって被害者だ……クソォ……』
身勝手すぎるコイツの主張を黙って聞いた、というより言葉が出なかった。
コイツにとっての消し去りたい惨めな過去、それを突きつけ少しは大人しくなったものの、根本的に罪の重さを分かってなくて、あろう事か被害者面だ。
田所はしきりに鼻を押さえていた。
喋りすぎて傷口が開いたのか血がダラダラと垂れている。
俺はそれをジッと視て、そして……
「鼻、さわっても感触が変だろ。骨、砕けちまってるだろうからよ、」
あえての半笑いだ。
コイツはそんな俺を視て、ビクつきながら恨めしそうにこう言った。
『ヒデェ事しやがって……痛えよ……死んでるのに痛えんだ』
「そんなに痛えか?」
『……ああ、』
「へぇ。でもよ、これと同じ事、貴子さんにしたじゃねぇか。おまえ、貴子さんが生きていた頃、鼻を殴って粉砕させてるだろ。……男のする事じゃねぇよな。自分よりもか弱い女に手を出すなんざよ」
『………………あれは……貴子がわr』
”貴子が悪い” お得意の ”人のせい” にしたくても、俺の睨みで黙っちまった。
セコイな、女には強気に出れても男にはダンマリか。
「おまえがそんな事してなけりゃあ、俺だって殴ってねぇよ。因果応報だ。俺に鼻を砕かれたのも、刑務所で殺されたのもだ」
『……! な、なんでそういう事になるんだよ……! アレはアイツが、』
「アイツ? アイツっておまえを殺したヤツの事か。爺さんだったよな、大人しそうで、人の良さそうな顔をしていた」
『……なんで知ってるんだよ! さっきからなんなんだ! なぜ知ってる! まるで……まるで、すべてを視ていたみたいに、』
気味悪そうに眉を寄せ、目には怯えが宿ってる。
”視ていたみたいに” じゃねぇ、視たんだよ。
ま、それは教えてやらんがな。
「なんだって良いだろ。それより、おまえなんであの爺さんに殺されたか分かってるのか? おまえ、新入りの爺さんに自慢しただろ。”俺は女房を殺したんだ” って。信じられねぇわ、自慢する事じゃねぇのによ。爺さん、それ聞いておまえの首を絞めたんだよな。泣きながら、爺さんとは思えない力でもって。あの爺さんな殺人の罪で捕まったんだ。殺した相手は自分の娘を殺したヤツで復讐したんだよ」
『…………うそ……だろ……? そんな話、……聞いてねぇよ』
ワナワナと霊体を震わせブツブツ言ってる田所に、さらに追い打ちをかける。
「ウソじゃねぇよ。ヘラヘラ笑って自慢するから殺されたんだ。……おまえが貴子さんを殺した時と同じように絞殺でな。おまえさ、無いアタマで考えてみろ。今までの人生、本当に運が悪かっただけか? 学校でバカにされてたのも、財布代わりに利用されてたのも、後輩に拒絶されたのも、みんなからシカトされたのも、全部自分のせいじゃねぇか。自分のしてきた事が返ってきただけだ」
『……ぜんぶ……? 俺のした事が……?』
「ああそうだ。おまえの生き方が招いた事だよ。それに巻き込まれた貴子さんとユリが不憫でならねぇ。だがな、貴子さんは今は幸せだ。黄泉の国で家族仲良く暮らしてる。ユリだってそうだ。俺の家族になったからには全力で守っていくし幸せにする。ユリの幸せが俺の幸せでもあるからな。はぁ……おまえはバカだ。自分だって幸せを持っていたのに、」
これで少しは理解したか?
誰のせいでもねぇって事をよ。
分かったら、理解したら、俺はコイツを改めてぶん殴るつもりでいた。
田所は考え込んでいた。
肩を落として地面の上にダラリと座り、なにも喋らず潰れた鼻を手でさわる。
痛みのせいか時折顔を歪ませて、ただジッと一点を視つめていた。
そうだ、少しは考えろ。
たった1人おまえのせいで、多くの人が傷ついた。
貴子さんも、ユリも、それからおまえの家族もだ。
人の口には戸が立てられないって言うだろう?
遠く離れたH県にも殺人犯の息子の噂が広がって、肩身の狭い思いをしてよ、結局地元に住めなくなった。
思い出のある家も車も売り払い、夜逃げ同然に引っ越したんだ。
命を奪われた貴子さん、母親を失ったユリ。
藤田家の爺さんらは、娘の死は自分達のせいなんだと自責の念に駆られ続けた。
かわいそうによ……みんなおまえに振り回されて、辛く苦しい思いをしたんだ。
だが、もしもこの後____
おまえが自分の罪を認めて謝罪の言葉を口にするなら。
その時は、渾身の霊力を込めて一発で滅してやる。
謝罪したって貴子さんは生き返らねぇし、ユリが感じた恐怖も消せねぇ。
でもよ、犯した罪を罪と思わず被害者面の、そんな下衆でも一時は夫で父親だった。
だからせめて、最期の最期で謝罪があれば、心から悔いてくれれば。
許す事は出来ねぇだろうが、もしかしたら……貴子さんとユリの心は僅かであっても救われるんじゃねぇかって、そう思ったんだ。
……
…………
………………
ゴボ……ゴボゴボ……ゴゴゴ……
濁った異音。
聞こえるか聞こえないかの微かな音が、遠くの方から風に乗って流れてきた。
その音を耳たぶに掠らせながら、地面の上にへたり込む田所を視た。
田所は伏せた顔はそのままに、目だけギョロリと視線を上げた、その直後。
突如ガタガタ霊体を震わせ、……なにを思ったか、一心不乱に自分の指を噛みだした。
ガブガブ、ガブガブガブガブ、
…………異様な姿だな……、
思いっきり噛んでやがる……両手両五指肉が切れ、血がダラダラと流れてるんだ。
視ていて気持ちの良いモノじゃねぇ。
目を剥いた田所の、口の周りは真っ赤になってる。
同時。
ゴボ……ゴボゴボ……ゴボボボ……ゴボ、ゴボゴボッ……ゴゴゴ……
遠くに聞こえた濁った異音がハッキリしだした。
俺はチラリと空を視る、……ああ、やっぱりか……もう時間がねぇや。
今の田所がなにを思うのか、俺はそれが知りたかった。
「田所、」
静かに声を掛けた。
田所は、自分の指から俺に視線を移すとすぐに、ぐしゃぐしゃに顔を歪ませ涙を流した。
そして、霊体と声をガタガタ震わせこう言ったんだ。
『…………お、俺……俺……どうなるんだ……? 空……あの上から来てるのは……【闇の道】ってヤツだろう……? 俺……地獄なんか逝きたくねぇよ……!!』
それを聞いた時、俺の中ですべてが崩れ落ちた。




