第二十六章 霊媒師 誠と真-18
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1月下旬、第四火曜日の深夜0時過ぎ。
ジャージ上下に運動靴。
動きやすいラフな格好で外に出た。
母屋の脇をダラダラ歩き、ぐるりと回って裏手に到着。
時間にすれば1分もかからねぇ、……って、そりゃそうか、敷地内だ。
「しかしまぁ、暗えな」
独り言ちて空を見れば、月もなければ星もない。
青みのかかった分厚い雲が、頭の上に展開されてる。
光なんぞ一切通さず辺りは静まり、濃い闇には終わりが見えねぇ。
「ほーれ見ろ。やっぱりユリは部屋で待ってて正解だ。こんなに暗いと怖くてベソベソ泣いちまう。俺の嫁さんは泣き虫だからよ」
もしもここにユリがいたら。
俺は迷わず屋外電気をつけただろう。
夜でも特訓出来るよう、広い敷地にいくつもの作業灯を等間隔でつけてある。
だが今夜はいらねぇ。
暗くて視界が悪いなら、霊視で視覚を補うだけだ。
どのくらい時間がかかるか分からねぇから、いつまでも電気がついたまんまだと、親父が途中で来るかもしれねぇ。
そうなると、話がややこしくなるからな。
両手両五指、簡単な印を結んですぐ目の前を霊視する……と、途端に視界がぱぁっと開き、昼間のように良く視えるんだ。
よし、準備はオッケー。
あとは父親をここに呼ぶだけ。
呼ぶったって手間要らずだ。
口寄せなんか必要ねぇよ、ただ、腹の底からデケェ声で呼べばいい。
スゥゥ……
「オィィィィィッ!! 田所ォォォッ!! 近くにいるんだろォォォッ!! 出て来いやァァァァッ!!!」
呼んだ後、数秒黙って気配を探る。
必ず近くにいるはずなんだ。
だってよ、ユリが言ってた。
____部屋にいてもお風呂にいても、嫌な視線を感じたの、
____それだけじゃない、窓の外から視ている事もあったんだ、
ってな。
おそらく父親は、つかず離れずユリの近くにいたんだろうよ。
俺の目をかいくぐり、執拗なまでに娘を監視してたんだ。
チッ、舐めたマネしやがって……!
「田所ォォォッ!! 今!! すぐ!! 出て来いッ!! それとも引きずり出されてぇのかァァァッ!? あぁ!?」
出て来ない田所に2度目のお呼び出しだ。
これで来なけりゃマジで引きずり出してやる。
あ、それともアレか、俺がユリから離れた事で娘の所に向かったか?
ムダムダムダムダァ!!
行ったって手も足も出せまいよ。
なんってったって鉄壁を置いてきた。
龍呼と、それから思業式神3人組だ。
アイツらも俺と同じでユリ命、いやユリ魂か?
下手に手を出しゃ、俺より先にアイツらが滅しちまうわ。
……
…………
それから程なく、……空気が変わった。
真冬の冷たい冷気の中に、生臭い血の匂いが混じり出す。
クセェな、ものすごく不快な臭いだ。
臭いがだんだん濃度を増してく空気の中で、視界の先に1人の男が現れた。
泥みてぇな肌の色、濁った目玉は血走って、探るような卑屈な顔に薄笑いを浮かべてる。
コイツか……コイツがユリを苦しめ続けた田所か……!
「……おまえが田所か、」
はらわたが煮えたぎる。
血は沸騰し、憎悪と侮蔑が頭の中で狂ったように暴れだす。
コイツがユリを苦しめた、コイツがユリを追い詰めたんだ。
今すぐにでも滅してやりてぇ、だがまだだ。
楽に滅してたまるかよ。
田所は薄ら笑いを張り付けたまま、俺から間合いを十分とった地面の上に立っていた。
刈り込んだ短い髪、グレーのシャツにグレーのズボン。
左胸にはポケットらしき跡があるが、引きちぎられて破けてる。
『…………ああ……ああ、…………俺が田所だ……ユリの父親だよ、……ふひ……ふひひひh……俺も知ってるぞ……おまえはユリのダンナだろう?』
口のまわりを何度もべろべろ舐めながら、粘着な言葉を垂れる田所は、一歩、また一歩と俺との距離を詰めてくる。
『…………清水誠、来月で35才の会社社長だ……社長かぁ……スゲェよなぁ……金、唸るほどあるんだろう? この家もまるでお屋敷だ……敷地も広いし個人の家で道場まで持っている……大した金持ちだよ……ふひh……なぁ、教えてくれよ……その金をチラつかせたのか? 金にモノを言わせたのか? 田舎の小娘を騙すのはさぞ簡単だっただろうなぁ、ふひひひ……ふひ、ふひひ……チクショウ、ユリはやっぱり ”金の成る木” だったってのに、死んじまったらビタ一文引き出せねぇ……チクショウ……チクショウ……! 』
とうとう、目の前まで来た田所は、ユリを通して俺から金を引き出せねぇと、地面を踏んで悔しがってる。
………………なるほどな。
ユリの言った通り、どうしようもねぇクズ野郎だ。
なにが ”金にモノを言わせた” だ、なにが ”田舎の小娘” だ、なにが ”金の成る木” だ。
黙って聞いてりゃ、他に言う事ねぇのかよ。
娘が結婚したんだぜ?
おめでとうの一言もなく、二言目には ”金、カネ、かね” だ。
幸せにやってるのか、大事にしてもらってるのか、そういうの、気にならねぇのかよ。
呆れてモノが言えねぇや。
かわいそうによ……こんなんじゃあ隠したくなる。
恥ずかしくって、情けなくって、田所の事、誰にも言いたくねぇよな。
『…………い、……おい、聞いてるのか? おまえ、祓い屋なんだってな。言っておくが俺はユリの父親だ。間違っても俺を祓おうとは思うなよ。俺を祓えばユリが泣く。ふひひ……若い女を失いたくはないだろう? だったら、俺を祓わず大事にしろ。俺が望むモノを用意しろ。良いじゃねぇか、金持ちなんだから。ふひ……娘をタダではやれねぇよ、』
田所は下衆に笑って俺の腕を叩こうとした、……が、汚ねぇその手は腕をすり抜け通過するだけ。
チッ! と舌打ち、田所は独りでブツブツ文句を垂れた。
そんな下衆を視線の端に置きながら、俺は霊力を発動させた。
____ブンッ、
____ブンッ、ブンッ、
____ブンッ、
____ブーーーーーーーーン、
エイミー曰く。
”電気機器の起動音に似てるよね!” ……という音をさせ、両手両足身体全体、ソウルアーマーを装備した。
俺の中に閉じ込めている、かつての生人。
今となっては悪霊達の、魂を薄く削いで身に纏う。
「田所、」
名前を呼べば薄ら笑いが上を向く。
目が合った。
俺は大きく腕を振り上げ、体重と怒りと侮蔑を拳に込めて____
ガゴッ!!!
鼻の頭に打ち込んだ。
『ガハッッ……!』
田所は短く呻くと、強制的に地面に這いつくばったんだ。
『……ッ……カヒュ……カヒュ……』
言葉にもなってねぇ。
クセェ息を口から漏らして這いつくばった地面の上に、血と、たくさんの折れた歯が散らばっている。
なんだよ、今の拳は挨拶程度のライトなヤツだ。
これくれぇで倒れるとか、ヤワな事言うんじゃねぇよ。
「田所、立てよ」
上から視下ろしそう言えば、コイツはビクッと背中を震わせ、激しく首を横に振る。
『……カヒュ……カヒュ……ゴボッゴボッゴボ! ……い……いきな……り、……なにすんだよ、』
喉に溜まった血を吐いたのか、濁った咳が耳にウゼェ。
つかコイツ、俺の話を聞いてねぇのか?
「もう一回言うぞ。とっとと立て」
俺の言葉に田所は唖然となって、潰れた鼻を無様に押さえて首を振る。
『た、立てねぇよ……! 鼻が痛え……カヒュ、チクショウ……鼻、折れちまった、おまえ……酷え事しやがるな、俺はユリの父親だぞ……! こんな事して良いのかよォッ!!』
前半は弱々しいが、後半は元気じゃねぇか。
じゃあ、いいよな。
悪態だけは一丁前、ほざくだけで立とうとしない田所の、首を掴んで強制的に霊体を起こす。
そして片手でコイツを吊るし、血糊の顔をこちらに向かせ、至近距離でメンチを切った。
「おまえのような奴がユリの父親を名乗るな。娘をなんだと思ってる。幸せを願ってこそ親だろうが」
こんな事、言わなくたって分かるだろうよ。
だが、コイツはいまだ分かってねぇ。
俺に吊るされ霊体をガタガタ震わせて、出てきた言葉は言い訳ばかりだ。
『ま、待ってくれ、マジで痛えよ、……びょ、病院……あ……無理か、お、俺、死んでるし、……そもそも……おまえ……なんで俺に触れるんだ……? さっきはすり抜けたのに……なんで……? ああ! 待て、殴るな、ユ、ユリの幸せだろ?……ね、願ってるさ、あ、当たり前だ、お、俺はユリの父親だ、だ、だから、だからもう殴るな……!』
「ユリの幸せを願ってる? じゃあなんでユリを苦しめた、なんでユリを脅した。おまえ、ユリに言ったんだってなぁ。”ユリを道連れにしてやる、幸せにはさせない” ってよ。それが本音だろ? それにさっきは ”金のなる木” だとも言ってたな。ふざけんなクソ野郎。ユリは俺の大事な女だ。ユリに害を成す奴は絶対に許さねぇ……!」
ふざけた言い訳、自分の保身が最優先だ。
コイツにユリがされた事、ユリの涙、ユリの苦悩、それを思うと血が上る、ユリの辛さを少しでも分からせてぇ、どんなにユリが悩んだか、どんなに恐怖を感じたか、……ダメだ、もう、制御がきかねぇ……!
俺はコイツを吊るしたまんま、顔面に何度も何度も拳を入れた。
ガハッ!!
ゴボッ!!
ゴキュッ!!
シンと静まり返った深夜、男の呻きと拳の音が耳の中でこだまする。
田所は意識を半分手放して、うわ言みてぇに俺に許しを乞うている。
顔は血塗れ歯は折れて、鼻は粉砕、両目は腫れて潰れてる。
『…………カヒュ……ゆるし……カンベンしt……チクショォォ……イテェよぉぉぉ……なん……で……俺がこんな目に遭うんだよぉぉぉ……』
田所は痛みに屈し泣いていた。
だが、痛みの意味は分かってねぇ。
俺の怒りはユリの涙に直結してるが、その意味をきちんと理解していねぇ。
理不尽な目に遭ってる、とさえ思ってるんだ。
真正のクズだな……おまえの罪を1番分かっていないのは田所自身だ。




