第二十六章 霊媒師 誠と真-17
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ユリは身体を震わせながら、俺のシャツを掴んだまんまで離さねぇ。
涙をボタボタ下に落として、血の気が引いて顔が青い。
かわいそうによ……こんなに怯えて。
ユリは女でか弱くて、それでも1人で頑張っていた。
どんなに怖かっただろう、どんなに心細かっただろう。
それを思うと心が痛え。
ごめんな、本当にごめんな。
それにしても……クソッ!
あの時、父親が後ろにいたなんて夢にすら思わなかった。
だけどそうだ、今思えば合点がいく。
俺の胸で泣いてたユリは、途中で目線をわずかに逸らし、目を見開いて怯えてた。
すぐに俺は後ろを視たが、父親は消えて、間髪入れずにジムの奴らが来たんだよ。
だからてっきり、アイツらに驚いたんだと勘違いをしちまったんだ。
「マコちゃん……ごめんね、心配かけてごめんね、私……私、」
ユリはまた、何度も何度も謝りながら声を上げて泣き出した。
俺は指で涙を拭い、もう一度腕の中に抱きしめた。
ああ……小せぇなぁ。
身体もうんと細えしよ、大事に大事に扱わねぇと、力を込めたら壊れちまう。
「ユリ、もうあやまるな。あやまるのは俺の方だ。悪かった、俺が全部悪いんだ。頭の中では何度も警鐘が鳴っていた。それなのに見抜けなかったんだ。ったくよ、俺も修行が足りねぇな。こんなんじゃあ、真さんに張り倒されるわ。でもな、もう二度と同じ失敗はしねぇ。父親の事は俺に任せろ。大丈夫、心配すんな。きっちりカタを付けてやるから」
マジで絶対許さねぇ……!
生きてた頃も死んだ後も、こんなにユリを苦しめやがって……クソが!
死んだ事、調子に乗ってユリの前に現れた事、その両方を後悔させてやる!
これは仕事じゃねえからよ、徹底的に叩き潰して無に還してやるからな……!
瞬間的に血が沸いて、俺は多分険しい顔をしてたんだ。
「マ、マコちゃん……、」
かすれた声。
見上げるユリに笑顔を見せて、頬をつまんで髪を撫ぜ、そしておでこにキスをした。
口を離すと青い顔が真っ赤になって、照れたユリは自分の顔を俺の胸に押し付けたんだ。
ここにいるのは守るべき愛しい女、俺の大事な嫁さんだ。
カタは早く付けよう。
1日でも1時間でも早く、ユリを安心させるんだ。
それによ、父親は性質が悪すぎる。
人一人殺めておいて反省の欠片もねぇし、それどころか娘にさえも害を成す。
どこに出しても恥ずかしすぎる悪霊だ。
急がねぇとな。
モタモタしてたら【闇の道】がやって来る。
先を越されてたまるかよ。
父親だけは、俺の手で滅してやらなきゃ気が済まねぇ……!
◆
会社から車で走って1時間。
家に着いた俺とユリは、いつも通りに親父と一緒に飯を食い、あーだこーだとくっちゃべり、後片付けを終わらせた。
いつも通りにいくんなら、この後はそれぞれの部屋に戻って一休みをする。
親父は親父の部屋に戻って、俺とユリは2人の部屋に戻るんだ。
あとはテキトウ、風呂に入るもよし、テレビを見るのもよし。
ま、とにかく自由に過ごすんだがよ、今夜の俺にはやる事がある。
膨れた腹をさすりつつ、居間を出ていく親父に俺はこう言った。
「親父、今夜は俺だけで鍛えてぇんだ。だから裏にいるからよ。悪いけど、しばらくは入ってこないでくれ」
母屋の裏には道場がある。
そんなにデカくはねぇけどよ、俺と親父で使う分には十分すぎる広さがあって、随分前に建てたものだ。
昔はリングがあったけど、親父が引退した後は、取っ払って柔道畳を敷き詰めた。
道場ではよく、親父と2人で組手試合をするんだが、今夜はそこは使わねぇ。
用があるのはまわりに広がる芝生の土地だ。
親父さえ立ち入らなければ私有地だから人は来ねぇ、まして夜なら尚更だ。
「ああ、分かったよ。鍛える事は良い事だ、心も身体も強くなる。ただし、ケガのないようにな」
親父は不審に思う事なくアッサリ承諾してくれた、……悪いな。
本当は訓練なんかじゃねぇんだけどよ、話すと長くなっちまうから、カタがついたらすべてを話す。
それまで少し勘弁な。
……
…………
………………
「ユリ、行ってくるからよ。部屋で良い子で待っててくれ」
不安気に、俺を見上げる愛しい嫁のほっぺをつまんで頭を撫ぜた。
綺麗な髪はクシャッとなったが、サラサラだからすぐに元に戻るんだ。
「……マコちゃん、やっぱり私も行くよ、」
目も鼻も真っ赤にさせてユリが言う。
だがこればっかりはウンとは言えねぇ。
「それはダメだ。なにがあるか分からねぇだろ? なにがあっても俺がおまえを守るけど、それ以前にユリが来れば、父親はまた調子に乗って下衆な言葉を吐くだろう。ユリが嫌な思いをする、」
そうだ、これ以上ユリを泣かせてたまるかよ。
「そ、そんなの大丈夫だよ……! 私のせいなのに、私の問題なのに、マコちゃんばっかりに頼っちゃって、だから一緒に行く……! わ、私が行っても役に立たないと思うけど、でも、せめてそのくらいはさせて、お願い」
最後の方は声が小さくなっちまった。
それもそのはず、ユリはメソメソ泣き出した。
あーあー、ユリを泣かせたくねぇってのに、俺が泣かせてどーすんだ。
でもな、
「ユリ、ありがとう。俺の嫁さんは優しいな。だけどダメだ、部屋で待っててくれ、」
「で、でも……!」
「あのな、ユリは霊媒師じゃねぇだろ? 今回のは仕事じゃねぇけど、現場には霊媒師が行く、これが決まりだ。大丈夫、心配すんな。俺がカタを付けてくるから。あとよ、ユリはひとつ間違えてる。”私の問題なのに” って言ったけどそうじゃねぇ、俺ら夫婦の問題だ。だから、俺にばっかり頼ってなんて思わなくて良い」
「マコちゃん……」
「な、分かったらドーナツ食って待ってろ。太るとか気にすんな!」
大袈裟にゲラゲラ笑ってユリを抱き上げ、そしてその後黙って2人で抱きしめ合った。
ユリ、おまえの為ならなんでもするさ。
世界で一番大事な女、大事な俺の嫁さんだ、……あのな、だからこそだ。
愛しいからこそ視せたくねぇんだ。
悪霊とは言えヤツはユリの父親で、その父親が、ダンナにボコられ滅される。
そんなの視たら、優しいユリは心を痛める。
どんなに嫌いでも、どんなに憎んでいてもだ。
今までよ、そういう家族を現場で何度も視たんだよ。
損をするのは決まって優しい心の持ち主、あとで必ず泣いちまう。
それが嫌なんだ。
だから部屋で待っててくれ。
視られたら、夢に出るほど引きずるくれぇにボコってくるから。




