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霊媒師募集  作者: たまこ
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第二十六章 霊媒師 誠と真-16

ウォールの件にはふれないまま、ユリは続きを話してくれた。


____私、あの後もう一度吐いてしまったの。

耐えられなくて限界で、あのひととこれ以上同じ空間にいたくなくて……だから頑張って逃げ出したんだ。

外に出た時、そこにマコちゃんはいなくって、きっと待ちくたびれたんだ、どこかのお店に行ちゃったのかも……そう思った。

本当は……マコちゃんが戻ってくるのを待っていたかった。

早く顔が見たかったし、マコちゃんならアイツをやっつけてくれるもの。

え? そう思ったのならどうしていなくなったのか? 

……ごめんなさい、気持ちが……混乱してたのと、…………あと…………あのひとを視せたくなかった、……だって……マコちゃんに会ったら……私に恥をかかせるような挨拶を……その……すごく下品な事、……そう考えたら恥ずかしくて、こんなひとが父親なのかと思うと情けなくて……逃げてしまったの、ごめんなさい……


それから……1人で街を歩いてた。

都内なんて詳しくないけどあのひとから逃げたくて、何度も何度も後ろを視ながらデタラメに歩いてるうち、繫華街に迷い込んでしまったの。

繁華街に入ってすぐ、”安くするから飲みに行こう” とホストさんが近づいてきて、怖くなってオドオドしながら逃げてるうちに、路地裏に追い詰められて囲まれて……その時に折田さんが助けてくれたんだ。

最初はね、折田さんは偶然通りかかった見知らぬ人だと思ってた。

でも、話を聞いたら折田さんは私を知ってて探してた、お義父さんに頼まれたんだって。

折田さんだけじゃない、今、東京中をたくさんの格闘家の方達が私を捜索してると聞いて驚いたんだ。

どうしよう……大変な騒ぎになってる……マコちゃんとお義父さんに心配かけて、たくさんの方達を巻き込んでしまった。

折田さんは一緒に戻ろうと言ってくれる、……でも、今日あった事をなんて説明したらいいのか分からない、……少し考えたい、時間がほしいよ。


ん……ごめんなさい。

それで私は、助けてくれた折田さんに心の中であやまりながら逃げ出しちゃったんだ。

人混みをかき分けながらしばらく走ると、街を抜けて住宅街に行き着いて、そこであの神社を見つけたの。

古くて小さな寂れた場所。

神社ここなら人目に付きにくいから隠れるにはちょうど良いかも……、でも暗いから少し怖くて躊躇をしてると折田さんが遠くに見えて、あのひとはいつの間にかいないけど、いつ出てくるかは分からない。

そうだ、迷っている暇はない。

そう思って敷地の中に入って行くと古くて小さなお社が、私はすぐに扉を開けて中に入って静かにしたの。

ここで少し考えよう、ううん、その前に息と気持ちを落ち着けたい。


埃っぽい古板の上。

疲れた私はへたり込んでしまった。

格子の扉の向こうには、薄暗い夜が広がり不安になる。

暗い場所は嫌い、……昔の事を思い出すから。

怖くて気持ちがざわついて、どうしようもなく息苦しい。

どうしよう……ここで色々考えたいのに不安が邪魔して集中出来ない。

やだな……どうしてこんな事になったんだろう?

今日は家族でドレスを見に来て、幸せしかないはずだった。

それなのに____



____苦手じゃすまない暗所の中で、気持ちがどんどんネガティブになる。


父親あのひとは、私を絶対諦めないと言っていた。

今はここにいないけど、きっとどこかで視ているはずだ。

怖い……怖いよ、暗闇も、父親あのひとも、どっちも怖い。

マコちゃん……会いたいよ、そばにいてほしい…………私は自分勝手だ、私から逃げたくせに、ウォールの印まで結んだくせに。


寒いな……1月の夜だもの、当たり前か。

怖さと寒さと不安と恐怖、それらがぜんぶ混ざり合い、どうしていいのか分からない。

お社(ここ)に居続けるのも、出て行って家に帰るのも、その両方がおっくうに感じる。

そもそもここはどこだろう?

デタラメに走りすぎて現在地が分からない。

帰るにしてもどっちに行けば駅があるのか、それさえも分からない。


マコちゃん……、


膝を抱えて口の中で名前を呼んだ。

呼んだってここにはいない、分かっていても名前を呼んだ……その時だった。


「ユリ、」


優しい声が私を呼んだ。

大きな声じゃなく、静かに、少し不安そうに。


信じられなかった。

会いたくて幻聴が聞こえたんだと思った。

でも、……顔を上げて前を見れば、格子の向こうに大きな影が確かにあった。


「……ユリ、そこにいるんだろう?」


ああ……ああ……マコちゃんが来てくれたんだ。



夢じゃない……マコちゃんが来てくれた。

格子の向こうの大きな影は、マコちゃんに間違いない。

嬉しくて涙が一気に込み上げた。

さっきまでの不安と恐怖が薄れててく。

ああ、今すぐにでも顔が見たいよ。

駆け寄って扉を開けて、大きな胸に飛び込みたい。

でも……でも……頭の隅には父親あのひとの、卑劣な顔がこびりついてて離れてくれない。

今日の事、なんて言ったら良いんだろう。

せっかく2人でデートをしたのに楽しい時間を壊してしまった。

心配かけて騒がせて、たくさんの人に迷惑をかけたんだ。

ぜんぶ私が悪いから、ちゃんと説明しなくちゃいけない。

ん……そうだよね、それは分かってる……分かってるのに逃げてるの。

だって話すのすごく辛いよ、……あんなひとが父親なんて、口に出すのも嫌なんだ。


そう考えると返事も出来ずに固まって、気持ちばかりが焦りだす。

なにか言わなくちゃ、”心配かけてごめんなさい” とか ”話せるまで少し待って” とか ”まだ扉は開けないで” とか、……なんでも良いから言わなくちゃって、思えば思うほど声が出なかった。

どうしよう……マコちゃんを困らせちゃうよ、寒いのに無言のままで待たせてしまう。

マコちゃんはいつも優しい、でも、さすがに今日は呆れてるかも、……ううん、怒ってるかもしれないよ。


焦る気持ちに拍車がついて、寒さもあってか身体が震えて止まらない。

私……情けないな、どうしてこんなにグズなんだろう。

こんな時、弥生さんや水渦みうずさんなら思った事をすぐに言葉に出来るのに。

自己嫌悪に陥って、涙がボタボタ床に落ちた。

逃げて隠れて声も出せずに泣いてるだけの、自分がとっても嫌になる。

このままじゃマコちゃんに嫌われちゃうよ、そんなの絶対にイヤ、どうしよう、どうしよう…………


この時……私はパニックになりかけたの。

ただでさえ暗い場所が怖いのに、気持ちが焦って、思考がどんどん落ちてきて、呼吸も浅くなってしまった。

そんな時、助けてくれたのはやっぱりマコちゃんだった。

格子越しにマコちゃんは……


「なぁユリ、ここ、開けてもいいか? 話がしたいんだ。それに中は寒いだろう? 風邪ひいちまう。真っ暗だしよ、ユリは暗いの嫌いだもんな」


こう言ってくれたんだよね。

私ね、マコちゃんの声を聞いて、気持ちがすごく落ち着いたんだ。

優しい声だった……話し方もゆっくりだったし、扉だって ”開けていいか” と聞いてくれた。

私がぜんぶ悪いのに、それでも私のペースに合わせてくれた。


で、でもね、


「ユリ、なぁ、どうしたんだよ。俺が何かしたのか?」


これを聞いた時、私はまた焦ってしまったの。

チ、チガウよ、どうしてそうなるの、マコちゃんはなにもしてない。

”なにかした” のは私の方で、心配かけて手間も取らせて、なのに、なのに、大きな誤解をしてるんだもの。

ダメ、違うって言わなくちゃ、すぐに、今すぐ、早く、早く……!


焦れば焦るほど声が出ない。

出ないけど頑張らなくちゃ、”チガウ” と一言それだけでも言わなくちゃ、……と思ったのに。

やっとの事で口から出たのは言葉じゃなくて大きなくしゃみ。

や、チガウの、くしゃみじゃなくて、私が言いたいのは、……焦りに焦ってもう一度口を開いたそのタイミング。

マコちゃんはこんな事を言ったんだ。


「ユリ、寒いんだろう。当たり前だ、1月の夜だもんな。ちょっと待ってろ、(ゴソゴソ)………………ユリ、扉を少しだけ開けるぞ。大丈夫だ、無理に入ったりしねぇから。ユリが出てきて俺と話して良いと思うまで、ずっと待っててやる。その代わりこれを着とけ」


これ着とけって……やだ! 

こんなに寒いのにダウン脱いじゃったの!?


小さく開けた扉から、脱いだダウンを静かに置いたマコちゃんは、薄手のシャツしか着ていない。

マコちゃんは暑がりだからセーターが好きじゃなくて、だからといって、真冬の夜にその恰好じゃあ、いくらなんでも風邪ひいちゃうよ。


一瞬、目が合ったマコちゃんは、優しく笑うとそのまま扉を閉めようとした。

それを見た時、私はすごく焦ってしまって、でもそのおかげで大きな声が出せたんだ。


「マ、マコちゃん! 駄目だよ……!」


声が出たら身体が勝手に動いてた。

立ち上がって駆け寄って、床に置かれたダウンを拾って押し付けて、


「も、もう……! なんでダウン脱いじゃうの、そんな事したらマコちゃんが寒くなっちゃう。私は大丈夫、だから今すぐ着てください。中はセーターも着てないのに、薄いシャツ1枚じゃあ風邪ひいちゃうよ、」


一気に言葉が溢れたの。

心配で仕方がなくて、なんでも良いから着てほしかった。

ちょっと言い方キツイかなって思ったけど、でも、これだけは譲れない。


近い距離で目が合って、マコちゃんはポカンと私を見つめてた。

あ……いけない、もしかして呆れてるかも……

そ、そうだよね、私はみんなに迷惑かけて、マコちゃんにもお義父さんにも心配かけて、それなのに、えらそうにしてしまった。

ご、ごめんなさい、こんな自分が恥ずかしい。

あやまらなくちゃ、ちゃんと目を見てあやま、____


____…………れなかった、


あやまる前に……マコちゃんが私の事を抱きしめたから。


ああ……あったかいなぁ……大きな身体はゴツゴツしてて、…………気のせいかな、マコちゃん……震えてる?

耳元ではマコちゃんの低い声。

”ユリ……無事で良かった……” うわ言みたいに何度も言って、そのたびギュッと力が入る。

ああ……ごめんね……ごめんなさい……すごくすごく心配かけて、本当にごめんなさい、私……大変な事をしてしまった。

いつでもどこでもどんな時でも、マコちゃんはなにがあっても慌てない。

明るく笑って ”大丈夫、心配すんな!” 決まっていつもこう言うの。

それなのに……こんな風になっちゃうなんて……


それから……私はマコちゃんの腕の中で何度も何度もあやまった。

あやまりながら、ちゃんと事情を話さなくちゃと思うのに、あと一歩の勇気が出なくてグズグズしてた。

そんな私を責めもしないマコちゃんは、優しく背中をさすってくれて、……ううん、それだけじゃない。

”ユリは大事な嫁さんで、世界で一番愛しい女だ” そこまで言ってくれたんだ。

私は不謹慎だな、……辛いのに、怖かったのに、それでもやっぱり嬉しくて、その嬉しさが勇気に変わって、今度こそちゃんと言おうと思ったの。

あんなひとが父親なんて……恥ずかしいけど、情けないけど、口にするのも嫌だけど、でも私、頑張って話すね、……と、そう思った矢先。


マコちゃんの肩の向こう、薄闇の石畳の上。

そこにヒトが立っていた。

土色の肌、血走った目、口を左右に引き伸ばし、ニヤニヤ笑って私を視てる……父親アイツだ、嫌……嫌……!

いつからそこにいたの?

いつから視てたの?

悲鳴をなんとか吞み込んで、マコちゃんに父親アイツがいると言おうと思って、だけどまただ……声が出ないよ。

怖くて怖くてたまらない、父親アイツは私をジッと視て、そして……何かを言ってる?

声は出てない、でも、口の形で伝わった。



____ユリ……色気づきやがって……

____また、来るからな、

____おまえと、ダンナと、両方に会いにいくから、


そう言って、姿を消したんだ。






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