第二十六章 霊媒師 誠と真-14
膝がガクガク震えだす、父親は死んでいた、……幽霊になっていたんだ……!
『ユリちゃぁぁぁん……おまえなら、俺の姿が視えるだろうと思ってた。案の定、すぐに気づいてくれたよな。……ふひひひh……やっぱり、俺達は親子だ。生きていた頃、俺も視えたんだよ。貴子を殺った時、アイツは確かに死んでいたのに、死体からもう1人の貴子が抜け出てきたんだ。半透明で、陽炎みたいに揺らめいて……あれは間違いなく貴子だった。…………ユリ、お父さんは嬉しいよ。死んでしまった俺を視て、声を聞いて、こうやって話が出来るんだから、』
嫌……嫌だ、勝手な事を言わないで……!
私は確かに死者の姿が視えるけど……それは、あなたを視る為の霊力じゃない。
ママと、爺ちゃんと婆ちゃんと、大事な家族と会う為よ。
冗談じゃない、思いあがるのもいい加減にして……!
「…………わ、私は、あ、あなたの姿を視たくなかった、声だって聞きたくないし、会いたくもなかった……! い、今更なんの用ですか……? あ、あなたは赤の他人です、知らない人です、私の父は____」
言いながら、頭の中に浮かんだ人がいる。
真っ先に迷う事なく浮かんだ人、それは……
ドレス姿の私を見た時に泣いてくれた、
私の為に女の子がいっぱい集まるお店に行って、ハートの小物を買ってくる、
ゴハンを私が食べてるだけで嬉しそうにニコニコ笑う、
「私の父は ”清水大和” 、ただ一人です」
い、言えた……私、声が震えてた、怖い、すごく怖いよ。
でも、ママの命を奪っておいて、私の事も散々殴って、それを今更死んだからって無かった事にしないでほしい。
あなたは私の父じゃない、お義父さんが私の父だ。
曖昧な態度をとって、話を長引かせたくない。
死んでしまって多少なりとも悔いたのか、それとも不安になったのか。
目的は定かじゃないけど、私に会いに来てしまった。
でもね、私はなんにも出来ないよ、……あなたに何を頼まれたって、叶える気持ちになれないもの。
話す事は何もない。
だからお願い姿を消して、もう二度と私の前に現れないで。
『……へぇ、』
たったの一言、父親は短く言った。
あぁ……嫌……この感じ、覚えてる……今、放つ空気が変わった。
重苦しくて、高圧的で、全身に鳥肌が立つ、……機嫌が悪くなったんだ。
昔もいつもこうだった。
気分次第で好き勝手に話すのに、少しでも気に入らなければ、途端に態度を変えるんだ。
そして、変えた後は決まって暴力が始まるの。
『ユリィ……随分と冷たいじゃないか。今のおまえ、すごく醜い顔をしてるぞ。実の父より義理の父を選ぶのか? 俺はそんな風に育てた覚えはないんだがな……クソッ! なにもかもうまくいかねぇ。俺が生きてたらなぁ……生意気な娘を殴りつけてやれるのに。それと金、……金もだ。せっかく娘が金持ちと結婚したのに……生きてればユリから金を引っ張って、遊んで暮らしていけたんだ、なのに……なのによぉ……あぁ……あぁぁぁぁあああああ!!! 面白くねぇ! 俺の人生、どこで狂ったんだ! あぁぁぁぁああああああ!! そうだ、そうだそうだそうだ! これもみんなユリのせいだ! おまえだけ幸せになろうと思うなよ! 絶対にさせないからなぁっ!』
耳の奥がズキズキいってる、頭の片側が痺れてる、
私……夢を……視てるみたいだ、
『ユリィィィ!!! なにもかもおまえのせいだっ!!! あの時貴子が妊娠したからっ!! だから俺は____』
目の前でツバを飛ばして怒り狂う、この霊は誰だっけ、
『おまえさえいなければ、俺は貴子と結婚なんかしなかった!!! 俺の人生めちゃくちゃにしやがって____』
すごく怒ってる、それはぜんぶ私のせいだと言っている、
『貴子を殺すつもりはなかった!!! 誰だって刑務所《ム所》になんか入りたくはないからなぁっ!! それなのに____』
知ってる顔のはずなのに、ぜんぜん知らない霊みたい、
頭の中に靄がかかって、うまく思考がまとまらない、
…………私のせいなの?
………………私が悪いの?
夢を……視てるみたいだ、
とびきり怖い、……悪夢を視てるみたいだよ、
同じ事を何度も何度も繰り返す、私のせいだと繰り返す。
チガウ、悪いのはあなたじゃない。
仕事もしないで飲んだくれ、家族を大事にしないばかりか壊したの、……頭の奥で薄ぼんやりと反論するけど喉から声が出てこない。
ああ……この感じも覚えてる、この霊がこうなってしまったら、下手に何かを言っちゃ駄目。
言っても話は通じない、言えばその倍殴られるんだ。
ああ……怒鳴り声を聞けば聞く程昔の事を思い出す。
毎日が悪夢のようで辛かった、暴力が身近にあった、怖くて痛くて委縮して…………でも、私には救いがあったの。
愛情深くて優しくて、私の事をいつでも大事にしてくれる、大好きなママがいたから頑張れた。
この霊が暴れるたびに、
____ユリ! トイレに入って! それで中から鍵を閉めて! いつも通り、ママがいいって言うまで中にいて! わかった? 早く行って!
こう言って、ママは守ってくれたんだ。
……
…………
『なにもかもユリのせ#$%&ΛЖ∑!!!!』
暴言が止まらない、辛い……もう……嫌だ、もう……聞きたくないよ、逃げ出したい、
死んでも少しも変わらない霊、……でも、一つだけ大きな違いがある。
あなたは死者で、怒鳴る事は出来るだろうけど、昔のように暴力はふるえない。
私の霊力じゃ霊体に物理干渉出来ないから。
そう思ったら少しだけ、……本当に少しだけど勇気が湧いた。
頑張ってトイレから出よう、マコちゃんに助けてもらおう。
迷惑をかけるけど、でも、マコちゃんなら助けてくれる、誰よりもマコちゃんに頼りたいよ。
心を決めて、一歩前に出ようとした時。
口を閉じないこの霊が、目を吊り上げてこう言った。
『被害者ぶるのもいい加減にしろッ!! 貴子が死んだのはおまえのせいだ!!』
なにを……言ってるの……?
ママを、大好きなママを殺したのはあなたじゃない……!
なんの落ち度もないママを、あなたが……あなたが……!
『……ふひひ……ふひひひひひh! なんだその目は、まるで ”私のせいじゃない” とでも思っていそうな目だな、……ふひ、ふひひ……いいや、ユリのせいだ。おまえ、あの日貴子になんて言われた? ”便所に入って隠れてろ”、”鍵をかけて出てくるな” と言われなかったか?』
「………………」
『おまえがなぁ、約束をちゃんと守って便所にいりゃあ良かったんだ。そうすりゃあ、貴子は俺に何発か殴られるだけで死ぬ事はなかった。……ふひひひ……なぁぁんにも出来ないクセに……無力なガキのクセに……約束を破って出てきちまった。貴子は焦っただろうなぁ……出てきた所でなぁぁんの役にも立たない、しゃしゃり出て、生意気言って俺を怒らせ、引っ掻き回しただけ……ふひひひ……かわいそうになぁぁぁぁ、貴子はおまえを守ろうと必死になってた、殴られても蹴られても歯向かって、……あまりにもしつこくて、言っても聞かなくて、それでついカッとなって殺っちまった。だからな、ユリ。貴子が死んだのは約束を破った……おまえのせいなんだよ』
………………私の……せいなの?
……私……私は…………そうだ、ママに言われた、
トイレに入って鍵を閉めて、良いと言うまで出てきちゃ駄目と……そう、いつも言われてた、
いつもなら、その言いつけを守ってた。
トイレの中で頭を抱えて、ドア越しに声を聞いて、怒鳴り声と泣き声と、その両方を必死に聞いて、ママが無事なのか、まだ終わらないのか、……そういうのを探ってた。
あの日はいつもと違ってたんだ、途中、ママの声が聞こえなくなり、それが不安でママが死んじゃう、……そう思ったら居ても立っても居られなくって、だから、だから……言いつけを破ったの。
私のせいだ……殺したのは父親だけど、私が出ていかなければ、きっとママは生きていた。
耳鳴りが酷くなる、ゴウゴウと頭の中で鳴り響く、記憶が鮮明に甦る。
あの日……父親に蹴り飛ばされて、私は意識を失った。
次に目を覚ました時、すべてが終わった後だった。
病院のベッドの上で意識が戻り、その時、知らないおじさんとおばさんが泣きながら私を覗き込んでいた。
____ユリ、ユリが目を覚ました!
ああ……良かった……良かった……!
ユリ、怖かったな、辛かったな、よく頑張ったな、
もう大丈夫だ、これからは爺ちゃんと婆ちゃんがおまえを守ってやる、
貴子の分まで愛してやる、だから……だから生きてくれ……!
そうだ……あの日初めて爺ちゃんと婆ちゃんに会ったんだ、
2人共すごく泣いていた、
ママが死んで、大事な娘を失って……爺ちゃんも婆ちゃんも悪くないのに、自分達のせいで娘を死なせてしまったと、そう言って自分を責めて____
「……うっ……、」
突如、酷い吐き気に襲われて、洗面台に食べた物を吐き出した。
ジャージャーと水を流し、吐しゃ物が流れていくのをただただ見てた。
私のせいでママが死んだ、
私のせいで爺ちゃんと婆ちゃんが悲しんだ、
『余計な事をしやがって……! ぜんぶおまえのせいだ!! 俺の人生壊しておいて、自分だけ幸せになれると思うなよ!! さっき……ふひひひh……視たぞ……おまえ、一丁前にドレスなんか着てたよな、』
……!
そんなとこまで視ていたの……?
嫌……嫌……!




