第二十六章 霊媒師 誠と真-11
あの後、交通費を精算し、テキトウすぎる報告書を書き終えた弥生は、嵐のように帰っていった。
「よーし、全部終わり! アタシ頑張った! これで心置きなく休めるわ! そんじゃあ帰る! 誠、明日と明後日は休みだからヨロ! ユリちゃん、誠に話してやれな! じゃーな、おつかれっ!」
ドタドタドタ!←事務所を大股で歩き、
ガチャ!←勢いよくドアを開け、
バタン!←勢いよくドアを閉めた。
シン………………
この俺ですら、呆気にとられる騒がしさ。
まったくよ、相変わらず自由な女だ。
好きなだけ言い散らかして帰っていった。
弥生が帰ったその後の、事務所はやけに静かに感じる。
ユリは背中を向けたまま、まだ、なにも言ってこねぇ。
「………………」
「……………………ユリ、」
急かすつもりはねぇけどよ、ユリと弥生の約束じゃあ、なにがあったか俺に話してくれるはず。
この3日間、ずっと気になり続けてたから、黙ったまんまのユリに焦れて、名前を、……呼んでしまった。
呼ばれたユリは、ゆっくりとこちらに向いた。
窓から差し込む夕日を浴びて、黒い髪を金色にキラキラさせて、……俺の嫁さんは綺麗だな。
目が宝石みてぇだ、吸い込まれそうになる。
小さな鼻も可愛らしいし、口元はへの字になって顎には立派なウメボシが、…………ん? への字にウメボシ? んん?
「さっき……弥生さんと、マコちゃんの前の彼女さんの話をしてた、」
ぷーっとほっぺを膨らませてよ、子供みてぇなイジケタ顔して俺を見て、明らかにむくれてる。
や、やっぱりさっきの聞いていたのか……これはマズイ、マズイんだけど、今はそういう話じゃなくて、ユリの話をするんだろうが。
なんて言えりゃあなぁ……世話ねぇんだけどなぁ……あぁ、なんで俺はこんなにユリに弱いんだ。
「あ、あのな、あれはよ、別に前の女の話をしてた訳じゃねぇよ。弥生が勝手に思い出しただけだ。俺はそれよりユリの話をしたかったんだ」
ウソは1つも言ってねぇけど、なんでか汗を掻いちまう。
ユリは意外と焼きもちやきだ。
こういうのが前にもあった。
昔の話をユリの方から聞いたクセして、聞いたら聞いたでプリプリむくれる。
いや、でもな、前も言ったが分かってくれ。
さすがによ、俺の年なら恋愛の一つや二つ、過去にあっても不思議じゃねぇよ。
「マコちゃんが悪いんじゃないの、それは分かってるんだけど……でも、聞くと焼きもち焼いちゃうの。もっと早くに出会えてたら良かったな。それならもっと、もっともっともっと早くから一緒にいれたのに」
口を尖らせ俯き気味に、……んー、こんな時にアレだけど可愛いな。
”もっと早くに出会っていたら” と言うけどよ、だとすると、ユリは下手すりゃランドセルを背負ってる。
あーあ、焼きもちやきは大変だ。
「ユリ、」
膨れたほっぺを両手で包んで、ユリの顔を上に向けた。
目が合うと、恥ずかしそうに耳まで赤くさせている。
「マ、マコちゃん、私、」
「ユリ、俺が好きなのはおまえだけだ。大事で大事で仕方がねぇ。俺の命はユリのもの。モノのたとえじゃなくってよ、本気でそう思ってる。今までにそこまで思えた女はいねぇよ、ユリだけだ。付き合った女はいたが、それは過去の話でよ、その過去は今更変える事は出来ねぇ。ごめんな、」
目にかかる前髪をよけてやると、……ああ、柔らけぇな。
サラサラしてて、俺の指からスルスルすり抜け、イチゴによく似た甘い匂いが漂った。
見上げるユリはシパシパ何度か瞬きをして、そして、広いオデコを俺の胸に押し付けたんだ。
「……ごめんね、……私、またマコちゃん困らせちゃった、」
反省しきりのユリの声、肩が少し震えてる……クソッ!
こんなん見たら全力で守りたくなるわ。
「いいさ、もう慣れた。それによ、焼きもち妬くのは好きだからだろ?」
「……うん、大好き」
ユリは顔をあげるコトなく小さな声でそう言った。
ここから見える2つの耳がトマトみてぇに赤くなってる。
「そうか、俺もだ」
「本当?」
「ウソな訳ねぇだろ」
「…………うん」
「なんだよ、心配か?」
「ううん、……ううん、」
「心配すんな。これから先、何があってもずっと好きだから」
いつもなら、焼きもち後に駄々をこねても、こうして気持ちを伝えてやればパァッと笑ってくれるってのに、どうやら今日はこれだけじゃあダメみてぇでよ。
「……これから先、……今までは? 今までになにかあったとしても、それでも好き?」
ドキッとした。
それはどういう意味だ?
前に言ってたよな?
今までに誰とも付き合った事はねぇって。
違ったのか?
「今まで……? …………それはつまり、……ユリにも付き合ってた男がいたって事か? ……だとしても、好きな気持ちはまったくもってブレねぇよ」
そうだ、ブレるはずがねぇ。
それにユリはこんなに可愛いんだ、過去にカレシがいたとしてもおかしかねぇよ。
おかしかねぇけど、……ねぇけどよ。
なんか腹立つな、元カレを一発ぶん殴りたくなるわ、…………ハッ!
そうか! そういうコトか!
ユリの焼きもちはこういう気持ちだったのか!
悪かった、そりゃあむくれて当然だ。
「ちちちちちちちちがうぅぅぅ! マコちゃん、話飛びすぎだよぉぉ! そんな人いないですぅぅ! だ、大体、私の傍にはいつだて爺ちゃんがいたんだもん! 爺ちゃんを怖がって、男子は誰も近寄ってこなかったんだから!」
顔を上げ、大慌てで弁解するユリ。
俺はそれがなんだかスゲェおかしくて、声を上げて笑っちまった。
ユリはそんな俺を見て、最初はポカンとしてたけど、途中でばかばかしくなったのか、腹を抱えて笑い出したんだ。
「あはははは! そりゃあよ、真さんに睨まれたくねぇもんなぁ! 男子達、賢明な判断だ!」
「そうなの、だって爺ちゃん、陰でみんなに ”狂い熊” って呼ばれてたくらいだし……ふははは……田舎にいた時、男子とは業務連絡以外に話をしたコトがないんだぁ」
散々2人で笑い合い、俺はそれが嬉しくてたまらなかった。
この3日間、ユリは一緒にいてくれたけど、あんまり多くは話さなかった。
家にいても落ち着きがなく、まわりを窺がっているような、……よく分からねぇけどとにかく元気がなかったんだ。
それがこうして笑ってる。
久しぶりのユリの笑顔にココロが弾み、そして安堵した。
「……ユリ、」
調子に乗った俺は、ユリを抱きしめ広いオデコにキスをする。
本当は口にしてぇけど、……一応な、ココ、会社だしな。
ユリは顔を真っ赤にしながら、……って、どうした?
なんで涙目なんだよ。
「マコちゃん、……ごめんね、ごめんね、」
「どうした? 俺、なんかしたか? ……会社でキスしたのがイヤだたのか?」
「ううん、ううん、そんな事ない、違うの、違うの……心配かけてごめんね。土曜日、……私、みんなに迷惑かけちゃった。マコちゃんとお義父さんにも心配かけて、なのに理由も話さなくって……それでも、私の事責めないでいてくれて……言えなかった、言ったら、もっと心配かけると思ったし、それに……マコちゃんに嫌われちゃうと思った、」
「嫌わねぇよ、ユリが何を隠してるのか知らねぇけど、何を聞いたって嫌いにならねぇ。どんな事でもだ」
目を見て、真剣にそう言った。
上っ面じゃねぇ、マジだって事を分かってもらいたかったからだ。
ユリはボロボロ涙を溢し、”ごめんなさい” と ”ありがと” を言った後、
「ぜんぶ話す、話すね。土曜日、デパートでトイレに入った時にね、」
あの日の事を話してくれたんだ。




