第二十六章 霊媒師 誠と真-9
「いやぁ、一時はどうなる事かと思いました。せっかく見つけたのに、”油断して見失いました!” じゃあ、大和さんにも誠さんにも顔向け出来ない。あぁぁぁ……本当にヨカッタ……!」
ニヘッと笑って頭を掻いて、聡は大きく息を吐いた。
俺も息を吐きながら、見つけてくれて、諦めずに追ってくれた聡の頭をワシャワシャ撫ぜる。
「ありがとな、そこまでして追ってくれてよ。一週間、煮るなり焼くなり親父の事は好きにしていいからな。それでだ、……ユリは今、この神社のどこにいるんだ?」
小規模と言えど、隠れる場所はゴロゴロある。
それにこの暗闇だ、知ってるならそれを聞いて直行したい。
「ユリさんは……ほら、この奥の右側にお社があるでしょう? あの中に入ったのを見ました。俺、あえて声を掛けてないんです。なんでか分からないけど、ユリさんは大和さんと誠さんに会いたくないって言うか……その、そんな感じがしたから、俺が行くとまた逃げちゃうかなぁと思って」
俺と親父に会いたくない……か。
俺も理由は分からねぇが、でもたぶん……そうなんだろうな、だから急にいなくなり、だから戻って来ねぇんだ。
「それで良い。これでまたいなくなったら厄介だ。だがよ、本当にあの中にいるのか? それにしちゃあ物音ひとつしねぇ」
「大丈夫ですよ。俺、ずっとココで見張ってましたから。ユリさんにバレないように、植木の中で身を潜めてたし」
「ああ、だがら植木の中にいたのか。なにからなにまで悪いな」
「ぜんぜんですよ。それより早く行ってあげてください。あのお社、くずれそうだし女の子が1人で隠れるには不気味ですよ。おまけに暗いし、きっと中で怖がってると思います。その間、俺はちょっと電話をかけてきます。大和さんにユリさんが見つかったって言わないと。俺、まだ誠さんにしか言ってないんだ。他のヤツラにも知らせないとだし」
俺の背中をトンッと押して、聡は電話を掛けに神社の外へと向かって行った。
1人になった俺は、足音をさせねぇように社の前まで進んでく。
あの中にユリがいる、俺の大事な嫁さんがいる。
どうしていなくなったんだ?
俺、なにかしたか?
教えてくれ、ぜんぶ俺に話してくれ。
石畳を真っすぐ進み、古びた社の前に立つ。
小さな神社の小さな社は傷みが激しく、板壁も格子の扉も干からびて、強く蹴れば倒壊しそうな危うさだ。
格子の奥は暗がりで、中の様子はここから何も見えてこねぇ、……つーかよ、こんな所でなにしてるんだよ。
闇が怖いくせに、部屋が暗いと怖くて眠れなくなるくせに。
目の代わり、耳を澄ませば微かに人の気配がした。
中に、ユリがいる。
「ユリ、」
格子の扉に手をやりながら、開ける前に声を掛けた。
なんでかは分からねぇけど俺の前から姿を消した、俺に何か不満があるのかもしれねぇ。
だから少し、気を遣ったんだ。
「………………」
数秒待っても返事がねぇ。
だが気配が強くなる、物音がさっきよりも聞こえてくる。
「……ユリ、そこにいるんだろう? 神社も聡が見つけてくれたんだ。ごめんな、本当は俺が真っ先に見つけるべきなのによ、」
「………………」
「なぁユリ、ここ、開けてもいいか? 話がしたいんだ。それに中は寒いだろう? 風邪ひいちまう。真っ暗だしよ、ユリは暗いの嫌いだもんな」
まただ、話しかけても返事がねぇ。
だが、増える物音と共に鼻をすする音もしだした。
寒いのか、……それとも、泣いているのか。
「ユリ、なぁ、どうしたんだよ。俺が何かしたのか?」
ユリは俺にとって一番大事な女だ。
優しくて、可愛くて、思いやりがあって、明るくいつも笑っているけど気は小せぇ。
人見知りで緊張しやすく、服屋に1人で入れねぇから毎回俺がついていく。
そのくせ、困っている人を見ると、手に汗を掻きながら助けに行くんだ。
まったくよ、昼間のドレスじゃねぇが、まるで本物の天使さまだ。
こんなに良い女は他にはいねぇ、大事で大事で仕方がねぇ。
だがしかし、俺はガサツで言葉が荒く、デリカシーに欠けるとよく言われる。
だから……だからよ、もしかしたら、俺がなにかやらかしてユリを傷つけたのかもしれねぇ。
返事のないまま沈黙が流れた。
扉……開けちまおうか……いや待て駄目だ。
もしも野郎が相手なら、”いつまでヘソを曲げてんだ” と、とっくに扉を開けただろう、いや、昔の俺なら女でも開けてたか。
待ってるなんてまどろっこしいが、ユリは別だ。
乱暴な事はしたくねぇし、なにより気持ちを尊重してぇ。
それから少しして、返事の代わりに聞こえてきたのは、
「クシュンッ!」
小さなくしゃみの音だった。
「ユリ、寒いんだろう。当たり前だ、1月の夜だもんな。ちょっと待ってろ、(ゴソゴソ)………………ユリ、扉を少しだけ開けるぞ。大丈夫だ、無理に入ったりしねぇから。ユリが出てきて俺と話して良いと思うまで、ずっと待っててやる。その代わりこれを着とけ」
俺はその場で上着を脱いで、薄く開けた扉の向こうにそれを置く。
その時、社の中に月の光が斜めに差し込み、座り込むユリの姿が浮かんで見えた。
目が合ったその顔は、疲れが見えて青白い…………やっぱり冷えたんだ、そんなに縮こまってよ、もっと早く渡してやれば良かったな。
と、後悔しながら格子の扉を閉めようとした……その時。
「マ、マコちゃん! 駄目だよ……!」
俺を見たユリが珍しく大声を上げた。
そして、籠城がウソみてぇにドタドタうるさく足音させて、俺の傍まで近寄ってきて、
「も、もう……! なんでダウン脱いじゃうの、そんな事したらマコちゃんが寒くなっちゃう。私は大丈夫、だから今すぐ着てください。中はセーターも着てないのに、薄いシャツ1枚じゃあ風邪ひいちゃうよ、」
言いながら上着を拾い、”今すぐ着て” と怒ってる。
見上げる顔は膨れてて、口を尖らせ困った顔で文句を言って、目に涙をためている。
その顔を見た瞬間。
頭の中がグラリと揺れて、気づけばユリを抱きしめていた。
腕の中にユリがいる____
ホッとして、長い溜息が漏れた。
いなくなったユリ。
傍にいるのが当たり前だと思っていたユリ……当たり前じゃなかった。
今こうして抱きしめる事が出来るのは、奇跡に近い事なんだ。
事情はあとで聞く、
聞くから、ちゃんと聞かせてもらうから、
だからあと少しだけ、こうしていてくれ。




