第二十六章 霊媒師 誠と真-8
親父にユリから連絡があったかどうか。
それだけを聞くはずが、思わぬ展開へと繋がった。
親父は家族で、だから当然、ユリがいなくなった事は伝えるつもりではいた、……けど、俺は自分が思う以上に動揺してて、親父に説教を食らっちまった。
クソッ……情けねぇ!
____誠、大丈夫だ。まずは落ち着きなさい。動揺なんてお前らしくないぞ。メンタルは強い方じゃないか。ユリちゃんが心配なのは分かる、だがここからは一切動揺するな。誠が動揺し冷静さを見失えば、守れるものも守れなくなる。
チッ……!
もっともすぎて何も言い返せねぇや。
確かにその通りだ。
俺がテンパッてどうする、俺はユリの旦那でよ、ユリは俺の守るべき嫁さんだ。
ユリを守れるのは俺しかいねぇ。
その俺が動揺してたら守れるものも守れねぇ。
ありがとよ、目が覚めたわ。
ここから先は動揺しねぇ。
たとえ何があってもだ。
ただな、1つだけ言わせてくれ。
俺、母ちゃんに聞いて知ってるからな。
母ちゃんが何かやらかすたんびによ、親父はアワアワテンパッて、動揺しすぎでキョドってた、そういうの、ホントは全部知ってっかんな、……よし、軽口が出る程度には落ち着いた。
大丈夫、ユリはきっと見つかるさ。
もしかしたら、ただ単に迷子になってるだけかもしれねぇ。
そうだ、きっとそうだ、そうであってくれ。
……
…………
………………
デパートでは。
店内放送の甲斐もなく、ユリが姿を現す事はなかった。
落胆したが気持ちを切り替え交番に行き、いなくなって1時間、”はぐれただけでは……?” と戸惑い顔の警察官にユリの写真を見せつけて、巡回時でかまわないから気にしてくれと頼み込み、早々に外に出た。
さっきまでいた〇〇デパートはすぐそこにある。
ここら辺から探してよ、徐々に範囲を広げて行こう。
まずはどっちに行こうかと、辺りをキョロキョロ見渡してると、
「誠さん? 誠さんですよね!?」
後ろから野太い声に呼び止められた。
「ん、誰だ、……あっ! おまえ聡か!」
振り向けば知る顔だった。
赤いジャージがはち切れそうな筋肉質のイカツイ男、折田聡だ。
俺よりも10も若くて親父にスゲェ懐いてる。
自宅にも何度か来た事があり面識がある。
プロレスラーデビュー2年目、確かコイツは✕✕ジム所属じゃないか?
親父が訪問していたジムだ。
という事は、
「もしかして、おまえもユリを探してくれてるのか?」
聞けば答えは肯定だった。
「そうです、大和さんから頼まれたんです。”うちの嫁を探してくれ” って。聞きましたよ。娘さん、〇〇デパートから急にいなくなったんですよね。大和さん、すごい心配しちゃって……だから俺ら、今日の練習は中止にしてジム総出で探し回ってるんだ」
聡は言いながら、俺に向かってスマホの画面を見せてきた。
そこにはユリが天使のドレスではにかむ姿が写っていた。
親父が転送したんだろうな……みんなは写真を手掛かりにして探してくれてる。
「聡、……いや、他のみんなもだが、大事な練習時間を削っちまって悪いな。でもスゲェありがてぇよ、心から感謝する」
ちゃんとお礼はするからな。
無事にユリが見つかって、落ち着いたらよ、必ず恩に報いるからよ。
今はこうして頭を下げる事しか出来ねぇが絶対だ。
「おうぁっ! や、止めてくださいよ! 頭なんか下げなくて良いです! だって、大和さんは俺らの憧れなんだ! その大和さんに頼まれたら、人探しだろうがなんだろうが喜んでやりますよ! それにタダじゃないですし! 大和さんの太っ腹に、ハッキリ言って俺ら目の色変えてますから!」
タダじゃない? それは報酬を出すって事か?
なんだよ、そういう事なら俺が出す。
テンパッてそこまで頭が回らなかったが、みんなの時間と労力の対価、報酬は当然だ。
だがそれを言うと聡はえらくテンパッた。
「え? 金? 冗談でしょ!? そんなモン貰える訳ないじゃないですか! 違いますよ! 大和さんの太っ腹は金じゃないっす! ご褒美は2つ。まず協力してくれた全ジム、各1日ずつ回って練習を見てくれるって! それだけだってスゴイのに、娘さんを見つけ出したらなんと! 1週間大和さんを独占出来るんだ! 朝から晩までマンツーマンで鍛えてくれる! 専属トレーナーになってくれるんだって! しかもですよ! 助手として誠さんも入ってくれるって言ってたんだ! 俺、絶対に見つけますから! 大和さんと誠さんに鍛えてもらいますからっ!! という事で俺もう行きます! 見つけたらすぐに連絡します! それじゃ!」
言うだけ言って走り去る、聡の背中が雑踏に消えた。
報酬は俺の予想と違ったが、男達のやる気はハンパなさそうだった。
なんにせよありがてぇ。
俺は小さく両手で拝んで走ってよ、街の中をしらみつぶしにユリを探した。
探して探して見つからなくて、それでも範囲を広げていって、気づけば夜になっていた。
依然としてユリと電話は繋がらず、見つける事も出来なくて、焦りで汗が噴き出した頃。
聡から電話が来たんだ。
____誠さん!? K区の〇✕神社にすぐ来てください!! 俺、見つけたかもしれない!!
◆
交通機関を使うより、今いる場所なら走った方が早いと踏んで、走りに走って辿り着いたK区の神社。
そこは、塗装の剥げた古い鳥居と潰れそうな御社と、神主なんて当然いねぇ、古くて寂れた場所だった。
「誠さん! コッチコッチ!」
暗がりから聡の声がした。
神社の中には灯籠らしきはあるけども、どれもこれも中身は空っぽ、小さな灯かりの一つもないから視界が悪い……が、いた。
生い茂った植木の中に、赤いジャージが紛れてる。
「すまねぇ、待ったか?」
噴き出す汗を拭いながらそう言うと、聡は首を小さく振った。
「いや、十分早いですよ。ここまで走ってきたんですか?」
「そうだ、その方が早いと思ってな。……聡、本当にすまねぇ、深く感謝する。よくぞ、……よくぞユリを見つけてくれた、」
この中にユリがいる。
昼間に突然姿を消して、連絡も途絶えたままの数時間。
時間の経過と共に生きた心地がしなかった。
手掛かりもなく霊視も使えず、この広い街の中、俺だけで見つけるのは困難で、それをみんなが助けてくれた。
感謝をしてもしてもし足りねぇ。
「いや、見つけたのは偶然なんです。俺も仲間も街中必死に探したけど、それっぽい子が見つからなかった。途中で何度か仲間内で連絡し合って、このままじゃ見つからない、闇雲に探すんじゃダメだ、一度集まって作戦を立てようって事になったんです。それでジムに帰る途中____」
聡の話はこうだった。
ジムまでの帰り道。
繁華街を歩いていると、雑居ビルの隙間から揉めてるような男女の声が聞こえてきた。
チェッ! カップルの痴話喧嘩か?
と、都会ではよくある事だし流そうとしたけれど、それにしては様子がおかしい、なんだか妙に気にかかる。
そう思い、足を止めて耳を澄ませば……、
野郎の声はやけにチャラくてどうも複数いるようだ。
対し、女の方は1人なのか声が震えて泣き出しそう。
もしかして……痴話喧嘩じゃない?
それならナンパかはたまたキャッチか、それともホストの呼び込みか?
なんでもいいが女は怯えて嫌がっている。
これはヤバイ状況なのでは? と察した瞬間、聡は路地に飛び込んだ。
そして、”プロレスラーが素人相手でもお咎めを受けない範囲” で野郎共を追い払い、”大丈夫ですか?” とカッコよくキメ、女の顔を改めて見てみると……どうにもこうにも写真の子によく似てる。
高鳴る胸を押さえつつ、スマホを取り出し見比べて……やはり、見れば見るほど本人としか思えない。
もしかして……もしかしてもしかしてもしかして……!
”清水大和を一週間独占する権利” を引き当てたんじゃなかろうか!?
「俺もうドキドキしちゃって、最初はうまく話せなかったんです。えぇ? そりゃそうですよ! だって、大和さんは格闘界の伝説ですよ? カリスマですよ? アイドルですよ? 俺、昔から大好きだったんです。あの頃まだ子供だったけど、大和さんの引退試合も見に行ったし、レスラーになったのだって大和さんの影響だ。その大和さんを一週間独占出来るドリームチケットが目の前にぶら下がって、平常心でいられる訳がないですよ、」
興奮でテンパる聡。
中々うまく話せないでいると、ユリの方からこう言った。
____あ、あの、助けてくれてありがとうございました、
先に声を掛けられて、聡は慌てて ”いえいえそんな!” としどろもどろになった後、ようやく本来の目的にベクトルが向いた。
____あなたはもしかして清水ユリさんではないですか? ……ああ! やっぱり! 俺、折田聡って言います。怪しい者ではありません。一応プロのレスラーで、大和さんも誠さんも良く知ってます。俺、大和さんに頼まれてユリさんを探してたんです! ユリさんがいなくなって、2人共すごく心配しています。……見つかって良かった。夜にこんな繁華街、女の子1人でいたらマジ危ないですからね。でももう大丈夫、俺が責任持って送りますから。さぁ、一緒に帰りましょう!
昼間に突然いなくなったと聞いたけど、大方理由は夫婦喧嘩か何かだろう。
意地になって、戻るに戻れなくなったのかもしれない……と、聡は当然、ユリは一緒に帰るものだと思ってた。
意地を張っていたのなら、こうして俺に見つかったのはラッキーですよ、帰るには良いキッカケだ……とお気楽な事まで考えた。
だがしかし、
____マコちゃんとお義父さんのお友達の方……お、折田さん、私を探してくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすみませんでした、……でも、でも私、一緒には帰れません! ご、ごめんなさい!
言うが早いか、ユリは一目散に駆け逃げた。
置いてけぼりを食らった聡は呆気に取られて立ち尽くし、だが我に返ると遅れをとって走る背中を追いかけた。
その時はまだ、聡に焦りは生まれなかったという。
これでもプロの格闘家。
体力には自信があるしスタミナもある。
ロードワークはここ数年1日も休んだ事がない。
相手は普通の女の子だ、すぐ追いつくに決まってる……と思ったのに、意外にも足が速くて追いつけない。
追いつけない理由はそれだけじゃなかった。
街中では人が邪魔で、ガンガンぶつかり全力で走れないのも影響した。
その点、ユリは小柄で人の波をスイスイ泳ぐ。
追う背中がどんどん先に進むにつれて、聡の焦りが高まってきた。
それでも気合いでなんとか追うも、街を抜け住宅街で見失い、探してもどこにもいなくてパニックになりかけた時____
____小さな神社に入り込む、ユリの背中を再び見つけた。




