第二十六章 霊媒師 誠と真-6
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1月中旬、第三土曜日。
時刻はそろそろ昼飯時で、いつもなら腹の虫がグーグーと鳴り出す頃だ。
だが、今日はそれどころじゃねぇ……今、俺の目の前には天使がいる。
綺麗で、眩しくて、とてつもなく清らかな天使だ。
ユリ……だよな?
ここにいるのは俺の嫁……だよな?
よく笑いよく食べて、からかえば真っ赤になって照れてしまう。
暗い部屋じゃあ眠れなくって、寝ればギリギリ歯ぎしりをする……が、それだけじゃねぇ。
他のみんなはユリの事を綺麗と言うが俺から見たらただただ可愛く車に乗ればすぐにウトウト寝落ちはするしその寝姿は愛らしすぎる小動物だ、寝言もひどいし寝ながら何度も俺の名を呼びそのたび返事をするってのに爆睡してて起きやしねぇ、それからよ本人は年の差を気にしてるから一生懸命大人ぶろうと頑張ってるけど幼さがまだまだ残って3時のオヤツに目をキラキラさせてんだ、いつまでたっても泣き虫で涙と鼻水はいつでもセットでだがそれが良い、……とにかくだ。
俺の中のユリはと言えばこんな感じの可愛い嫁で、なのに、そのはずなのに、先週だってどんなドレスも似合ってて、まるでどこかの姫さんみてぇに見えたのに、今日のドレスはぜんぜん違う、……そう、まさに天使そのものなんだ。
「ご主人様、お義父様、いかがですか? こちらのドレスは昨日入荷したばかりの新作なんです。ドレス自体はシンプルなデザインですが、透明感のあるレースを重ねて羽のイメージにしてあります」
ユリのドレスを整えながら、サロンのスタッフが説明をしてくれた。
そうか、羽のイメージか。
どうりでユリが天使に見える訳だ。
スタッフの女、……いや、年はユリより少し上……? くらいに見えるから女の子だな。
そのスタッフの女の子は、オヤツを食べるユリみてぇな顔をしながら、今度はベールを整えだした。
「ドレスに合わせるのはマリアベールと言いまして、お顔回りにお花の刺繍がくるようにデザインされています。しかもご覧になってください! 刺繍はなんと百合の花、奥様のお名前と同じなんです! ベールの長さは5メートルのロングタイプで、こうして……床で大きく広げてあげると華やかさも増すんです。ああ……素敵……! 実はですね……(コソコソ)ココだけのお話ですが、私……こちらのドレスはぜひ奥様にお召しになって頂きたくて、皆様がいらっしゃるまでバックヤードに隠しておいたんです。絶対絶対お似合いになると思って! 実際にお召しになったら……はぁ……お綺麗でため息が出てしまいます。奥様、いかがですか? ご主人様もお義父様もいかがでしょうか?」
女の子がそう言うと、ユリは頬を赤らめながら「ど、どうかな?」と聞いてきた。
そんなユリに俺は倒れそうになった。
パンチもキックも食らってねぇが、照れたような上目遣いが(身長差でいつだって上目遣いになるが)ノックアウトさせるんだ。
俺はもちろん ”似合ってる、綺麗だ” と言おうと思って口を開きかけたのに、それより先に親父がよ、
「ユリちゃん…… ! ああ……とっても似合っているよ(涙ダバーーー!)」
デカイナリして号泣してよ、
「なんて綺麗なんだろう……まるで……まるで天から舞い降りた天使だ……!(涙ドァーーー!)」
オ、オイィィ!
マジかよ!
”天使” って俺が言おうと思ってたのに、先に言いやがったーーー!
唖然とする俺、親父はぜんっぜん気にもしねぇでこう言った。
「こんなに美しい女性を見るのは……人生で2人目だよ。1人目は朋ちゃ……いや、私の妻で誠の母親だ。彼女のドレス姿もそれはそれは美しかったんだ……ユリちゃんも同じくらい綺麗だよ(涙ダバダバダバ)。ああ……なんて清らかなんだろう、なんて尊いんだろう……ユリちゃんが家族になってくれて私も誠も幸せだ」
うぅ、なんだよ……!
親父にぜんぶ持っていかれた……!
つーかよ、ちったぁ気ぃ遣え!
そういうセリフはフツー旦那の俺が言うんだからな!
舅がかっさらってどーすんだっ!
親父はマジ泣き、嬉しそうに両目を擦って笑ってる。
あーあー、女の子が慌ててるぞ(コッチも笑ってる)。
でもまぁ、そうなっちまう気持ちは分かるがな。
本当に似合ってる、ユリのために造られたドレスみてぇだ。
俺と親父、2人の意見は完全に一致。
推しはこのドレス一択だ。
だがユリはどうだなんだ?
他にもいろいろ見てみるか?
俺ら親子でそう聞くと、ユリは頬を赤くして、”ううん” と首を横に振り……
「マ、マコちゃん、お義父さん、……あ、あのね、私もこのドレスが良い、……このドレスを着てマコちゃんのお嫁さんになりたい」
輝くような天使の笑顔でそう言ったんだ。
ドレスが決まり、俺達はこれ以上ない幸せな気持ちだった。
ユリが着替える前に、俺と親父は何枚も写真を撮って、それで手続きをして、スタッフの女の子にお礼を言ってサロンをあとにした。
その頃時間は午後2時を回ってて、3人とも腹の虫がグーグー鳴って笑っちまって、イタリア料理の店に入ってたらふくパスタを食べたんだ。
なんかよ、夢みてぇだな。
俺が結婚した事も、嫁がユリである事も、親父も一緒に飯を食うのも、……幸せで幸せで、その時、普段の仕事の忙しさも、橋本さんがユリの写真をネットに上げた事も忘れちまって、家族でただただ笑い合っていたんだよ。
飯を食ったあと。
親父は近くの格闘ジムに顔を出すからと、そこで別れた。
俺とユリは、このまま都内をデートしようと手を繋いでブラブラ歩き、そのうちユリがモジモジしながら ”トイレに行きたい” 、そう言ったから、じゃあデパートで借りようかと2人で行って、俺はトイレの前で待っていたんだ。
…………俺は、俺はその時よ、トイレの前でずっと待ってりゃ良かったのによ、ふと目に入ったアクセサリー屋に行っちまったんだ。
ユリが好きなハートの形のネックレスが飾ってあって、こっそり買って驚かそうとしたんだよ。
ああ…………クソッ!
後悔してもしきれねぇ、なんで、……なんで、ネックレスは2人で見れば良かったのに、それなのに……!
アクセサリー屋でネックレスを買って戻った俺は、トイレからユリが出てくるのを待っていた、…………が、いつまで経っても出てこねぇ。
おかしいな……なにかあったのか?
まさか、中で倒れてたりしねぇよな、ドレス選びで疲れちまったか?
心配で心臓がズキズキ痛んで、いてもたってもいられなくて、俺はアクセサリー屋の店員にユリの写真を見せながら、妻が出てこない、こういう子が倒れてないか、トイレの中を見てきてくれと頼んだんだ。
店員はすぐに見に行ってくれた。
俺は背中に冷たい汗を掻きながら待っていた。
だが、戻ってきた店員は、
「トイレの中にそれらしき方はいませんでした、……というか、今は誰も使っていません」
言いながら、首を横に振るばかり。
……ウソだろ?
待てよ、待ってくれ、どういう事だ?
頭が追い付かねぇ、ユリは一体どこに行ったんだ……?
俺のユリは、さっきまで俺の隣で笑っていたユリは……どこへ行ったんだよ!!
……
…………
頭の中で警鐘が鳴りやまねぇ。
吐き気がする程大きな音だ。
予感はこれだったのか____
____ユリは忽然と俺の前から姿を消した。




