第二十六章 霊媒師 誠と真-5
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橋本さんにユリの写真を削除してもらってから3日がたった。
今のところ変わった事はなにもない。
会社のまわりに怪しいヤツがウロついてるとか、変な電話がかかってくるとかなんにもだ。
ユリの写真がネット上に存在したのは1日と少しだけ。
橋本さんのツイッ〇ーのフォロワーは、橋本さんの旦那さんと息子さん、それとその奥さんの3人だけだと言っていた。
確かに、ちょっとやそっと呟いたって、見る人は少ないのかもしれねぇ。
エイミーが見つけたのだって偶然だ。
聞けば昨日は寝つきが悪く、布団の中で延々ネットを見ているうちに、あの写真に辿り着いたと言っていた。
はぁぁぁ……辿り着いてくれて良かったわ。
そうでなけりゃあ今頃も、ユリの写真はネット上に置かれたままだ。
フォロワーが少なくたって、置かれた場所は全世界。
考えただけで身の毛がよだつ。
「マコちゃん、どうしたの? さっきからずっと難しい顔で唸ってる」
ユリの声に我に返る。
いかんな、仕事中だってのに考えこんじまった。
「おぅ、悪いな、なんでもねぇよ。ユリの事を考えてたんだ」
これはウソじゃねぇ、マジで考えてた。
ただし、心配をかけたくねぇから内容は内緒だが。
「……! マ、マコちゃん、なに言ってるの? ヘンなコト言わないで、手のひらに汗かいちゃう」
焦った顔が真っ赤になって、ユリは服で手のひらを拭いている。
可愛いな、なんだこの小動物は。
「なんだぁ? なに照れてるんだ? 言ってるだろ? 俺の頭はいつだっておまえの事でいっぱいだ」
「マ、マ、マコちゃん……!(アワアワアワ)そゆこと、平気な顔で言うのは(アワアワアワアワ)」
んぷ!
耳まで真っ赤だ。
こんなコト、毎日毎日言ってるのによ。
ちっとも免疫つきゃしねぇ。
だからついつい、からかいたくなっちまう。
「そうだ、いつだって考えてる。たとえば……俺の大事なユリは腹を空かせてねぇかな? そろそろオヤツが食べたい頃かな? とかよ、」
「きゃー! だからそうゆコトはー……って、んん? オヤツ? んもー! またからかってー!」
椅子に座って足をバタバタさせるユリ。
怒った振りして結局最後は笑いだす、俺の大事な大事な嫁さんだ。
「ははっ! 悪かったよ。でもよ、そろそろ3時だ。マジでオヤツが食いてぇんじゃねぇか? 金渡すから買ってこいよ。ユリの好きな物と、それから日持ちするオヤツも。みんなが出社した時に食えるやつだ」
そう言うと ”はぁい” と元気に席を立ち、
「分かった、みんなの分も買ってくる。マコちゃんはなにがいい?」
と俺の顔を覗き込む、…………ああ、今さらだけどユリは小せぇな。
腕も足も細えしよ、身体は薄くて折れそうだ。
「……ああ……っと、いいや、やっぱ俺が買い物行ってくる。おまえは事務所で待ってろ」
「え? なんで? 寒いから? 大丈夫だよ、ちゃんとコート着ていくもん」
外は寒いからか、……それもある、だがそれだけじゃねぇんだ。
写真の事が気になって、心配になったんだ。
「いや、いつも行ってもらってるからよ。たまには俺が行こうかと思っただけだ。大丈夫、すぐに戻ってくるさ。……だがそうなると事務所にユリ1人になるな……よし、出掛けに生者よけの結界張ってくわ。ミューズが造ってくれてるヤツ、まだあるだろう?」
念には念を入れる、それに越したことはねぇからな。
いつもの棚のいつもの箱。
そこから、ミューズの負の感情が滴る程に沁みているヒトガタを出そうとしたら、ユリが慌てて言ったんだ。
「こんな事でヒトガタを使っちゃダメですよ! 今の水渦さん、昔みたいに負の感情が出せなくなって、人除けのヒトガタは残っているそれだけしかないの。大事に使わなくちゃ。私は1人でも大丈夫。だってすぐに戻ってくるでしょう? 心配しないで」
ああ、そういやそうだったな。
ミューズのヤツ、姉ちゃんと再会してからすっかり丸く、……いや、”すっかり” は言いすぎか。
相変わらず何でもズバズバ、遠慮もなしに自分の意見を言うからな。
でもそうだ、今は ”意見” を言うんだよ。
昔みてぇな ”恨み辛み” のそれとは違う。
「そうか、まだまだあると思っていたが残り少ねぇのか。参ったな、それだと今使うワケにはいかねぇか。しかしまぁ……まさかこんな日が来るなんてよ。あのミューズがなぁ……」
本当に良かった。
アイツは根っからの悪人じゃねぇ。
ただ、人よりも辛い事が多すぎたんだ。
なに、生者除けのアイテムはなんとかするさ。
無い知恵絞って考えて、どうにかするのが社長の仕事だ。
「じゃあよ、今日のオヤツはガマン出来るか? その代わり、帰りにどこかに寄って行こう。ケーキでもなんでも好きなモン食わせてやるから。本当はな、3時のオヤツはユリの日課だ。リアルタイムで食わせてやりてぇんだけどよ、」
「も、もう! 人を食いしん坊みたいに言って! 大丈夫、子供じゃないんだからガマン出来ます。マコちゃんもお義父さんも、私が食べてばっかりだと思ってるんだから」
「チガウか? ユリは意外とよく食べるだろ。それによ、おまえはまだ19才だ。育ち盛り真っ最中だろうが」
「そ、育ち盛りは過ぎました! 身長だってこれ以上は伸びないよ」
「あぁ? そりゃあ分からねぇぞ? 俺の身長は195センチ。だが29才まで192センチだったんだ。30過ぎてから更に3センチ伸びた。ユリの年ならあと10センチは狙えると思うがな」
「え、いや、さすがに10センチは伸びないよぉ……でも、もし10センチ伸びても、まだマコちゃんの方が大きいね」
「ははっ! そりゃそうだ、俺よりデカイ女なんて滅多にいねぇからな。……っとに、ユリは小せぇよ。細くて華奢で力もねぇし心配になる、」
「えぇ……? そんなに細くない、普通くらいだよぉ……というか、ふはは、結婚してから3キロも太ったし。もう、マコちゃんとお義父さんを基準に考えたら、みーんな細くて小さいってコトになっちゃうよ。あ……もしかしてマコちゃん、それで心配になっちゃったの? だから代わりに買い物行くって言ったの?」
ユリはモゴモゴ笑いを堪え、”分かっちゃった” と得意顔。
いや、そのなんだ……ハズレてるけど、
「遠からずだ」
そういうコトにしておこう。
「やっぱりなぁ。んもー、マコちゃんはイロイロと心配しすぎだよぉ。あ、それはお義父さんも一緒だけど。まったく、ウチの家族は過保護が過ぎます。私は田舎育ちだから、これでもけっこう逞しいんだから。あー困った困った、困ったなぁ…………ってウソ。本当は……困ってない。マコちゃんとお義父さんと、2人にはとても大事にしてもらってて、幸せだなぁって思ってる。私ね、マコちゃんもお義父さんも大好き、……ん、あれ……おかしいな、なんで涙が出てくるんだろ、」
大きな目からボロッと涙が零れ出た。
”田舎育ちは逞しい” と言ってたクセして、相変わらずの泣き虫だ。
ユリを見てると気持ちが、感情が、細胞が、全力で ”この子を守れ” と訴えてくる。
愛しくてたまらねぇ。
ベソベソ泣いてる大事な妻を、今すぐこの手に抱きしめたい……ところだが、その前にやるコトがあるな。
大至急ティッシュをとって、涙と鼻水を拭いてやらねば。
「ほら、ティッシュだ。これでチーンしろ。まったくユリは、泣くと必ず鼻も垂らすよな」
これはマジだ。
ダクダクと垂れるワケじゃねぇけどよ、ジワジワ滲んで鼻の下を光らせる。
耳まで真っ赤にさせながら、それでも素直に鼻をかむユリ……っだよ、可愛いにも程があるわ。
ユリ、これから先何があっても俺がおまえを守ってやる。
心配性と言われようと、過保護過ぎと言われようと関係ねぇ。
目下、心配なのは写真の事で、しばらくは張り付いてガードする。
大丈夫かもしれねぇけどよ、それでもだ。
……
…………
………………
どちらかと言うと、俺の性格は死んだ母ちゃんに似ている。
楽天的でガサツで大胆。
頭で深く考えるより、自分の勘を信じるタイプだ。
そんな俺の心の奥。
遠い場所からほんの僅かに警鐘が鳴っている、俺の勘が気をつけろと言っている。
それがどうしても、どうしても気になってしまうんだ。
一体何に気をつけるのか、具体的には分からねえ。
思い過ごしなら良いんだがよ。




