13・乱れ散る
雪景色の向こうに町が見えてきた頃、有紗は深々と被ったフードに髪を隠した。
この辺りの町に黒髪の人間はいないわけではないが、淡い色合いを持つ人間が多い中では際立って見える。
その服装も何とかしなければ、とウィオルは思う。
貸している外套は彼女には大きすぎて、裾を引きずっている。
港町まではまだ遠い。
装備は買い揃えた方がよかろう。
町に着いた二人はまず食料を調達した。持ち運べるのは馬に積めるだけなので、次の町でも補給が必要だ。
次にウィオルは物珍しげに町並みを眺めている有紗を服屋に引っ張っていった。
袖を引かれるままに歩いていた有紗は、連れていかれる先が服屋だと分かると、何故か抵抗した。
「要らない。間に合ってるから」
「あっても困らないだろ」
抵抗したが、最終的に服屋に引き摺っていく。
間に合っていると彼女が表現したその外套の下の服装は、服屋の店員を絶句させ、そのやる気に火をつけた。
あれもこれもと服を選ばれ、試着室に追い込まれる。
……荷物になるのでそんなには持っていけないが、着回せる程度の手持ちは出来た。
「ウィオルさん」
新しい服を身を包み、これだけは脱がなかった外套で顔を隠した有紗が複雑な顔をする。
何かを口にしようとして、口ごもる。
「話があるの」
その時、彼女の話を聞けなかったことは、或いは必然だったのかもしれない。
目に見えぬ追っ手の存在を忘れていたわけではなかったが、初めて実感したのはその時だったように思う。
俄に騒がしくなった町を振り返る。
遠くで、町の人に声を掛けている白い神官服が見えた。
ウィオルは眉をひそめる。白色の神官服は国都の神官のみに許されたものではなかっただろうか。
それも一人や二人ではない。何人もの神官たちは次々に道行く人に声を掛けていた。
隣でひゅっ、と息を呑む音が聞こえた。
見やると、フードの下の顔を真っ青にした有紗が食い入るように神官たちを見つめていた。
その異様な様に思わず瞬いたウィオルの視界の向こうで神官たちが、騒ぎにつられて店を出てきた服屋の店員に声を掛けるのが見えた。先程ウィオルたちが買い物した店である。
絵のようなものを見せられて、店員が首を傾げる。
何かを探すように上げたその視線が、ばっちりと合う。
その瞬間、何故かはわからないが不味いと思った。本能的なものかもしれない。
同じく顔を上げた神官に、こちらを指差した店員が何事か話している。
神官たちの視線がこちらを捉えた。
刹那、身を翻した有紗が駆け出した。
とっさに反応できず、数秒遅れてウィオルも追い掛ける。
背後で神官たちも走り出したのがわかった。
そんなことは気にせず、追い付いたウィオルは有紗の腕を取った。
走る有紗はそれを振り払った。
「来ないで! ダメ!」
「こっちだ」
悲鳴にも似た絶叫を受け流し、ウィオルは有紗の腕を引いて走る方向を修正する。
彼女の抵抗が、走る速度を遅くすると踏んだウィオルは、冷静に彼女を肩に担ぎ上げた。
丸太担ぎで「舌を噛むなよ」とだけ忠告して走り出す。
伊達に訓練はしていない。
走る先は、木に繋いで待たせてあった馬のところだ。
当然、人の足だけで逃げ切れるとは思っていない。
非常時に慣れた思考は、状況が把握できないときでも冷静に判断を下す。
幸いにも無事に町外れまで辿り着いたウィオルは、有紗を馬の背中に放り投げ、馬を繋ぐ綱を叩き切った。
躊躇なく走らせた馬は、町を背にるみる遠ざかっていく。これで時間が稼げるだろう。
ふぅと息をついたウィオルは、腕の中で呆然とする彼女に気がついた。
小刻みに震える有紗は、大声を張ろうとして力が抜けたように、掠れた声を絞り出す。
「これで、貴方も逃げられない」
顔を覚えられてしまった、と彼女が呻く。
確かにその通りだろう。あの神官たちは恐らく彼女の追っ手で、逃亡に手を貸したウィオルはさしずめ共謀者といったところか。
「約束しただろ」
ウィオルの行動理由はそれだけだ。
約束したことを後悔はしないと決めた。
リサ、と呼ぶと有紗は顔を歪めた。わなわなと震える唇はそれ以上の言葉を紡ぐことはなく。
涙を溢し声をあげて泣く彼女を、ただしっかりと抱き込んで走った。




