08…透明でむかつく彼
此処に来てから二週間が経とうとしている。そろそろ主人公がこの学園に転校してくる頃だ。
寮に戻って乾いた喉を潤す為に冷蔵庫からペットボトルを手に取り、水を喉に流し込む。お風呂上がりなのか髪先が濡れていて肌に纏わりついている毛先をタオルで軽く拭き取っておくと、しんなりしていた。
そういえば今日の先生はやけに浮きだっていたなぁ…。やっぱり自分のクラスに新しい人が来ると知らされたら誰もが期待するのか。そりゃあそうか先生ですもんね。当日に知らされてどんな人が来るのかドキドキする私達じゃなくて、勉強面で本人がどこまで大丈夫か、このクラスに慣れさせるためにどんな事をすればいいんだとか、そういう事だよね。
にしても…主人公がこの学校に来るとは。知っていた事だったとはいえ、彼女の運命がここで決まるなんて辛いものだ。
きっとゲームの世界よりもっと可愛いんだろうなぁー。なんか私も浮きだってきたな。
二週間も過ごしていればある程度の事は慣れてきた。勉強関連は復習程度で済んだが、施設が広いせいか迷子になる事が度々ある。交友関係もそうだ、私はコミ障ではないがフレンドリーに話せるほど能力は持っていない。寧ろ自爆装置能力と言って良いだろう私は空気が読めないのだ。人の触れてほしくない所を触れてしまったり、墓穴を掘ってしまう事もある。その為自分から話しかけるのは勇気があるものだ。――第一印象は大切だからね。
んでもって、くたくたに疲れた私にまたイベントが発生したんだ。確か喧嘩大好きな【錬城 昶】と出会ったんだっけ。ゲームだと声優さんの演技がリアル過ぎて怖かったね。力入れなくて結構ですから!鳥肌もんでしたよ!しかもそれが主人公の攻略対象とは…骨が折れます。主人公じゃないけど。
「なんかイベントがたくさんあったなぁー」
現時点で攻略対象に出会った人物は三人。マセおっさん、子犬、やんちゃぐらいだ。そして、今分かったのは子犬――昴君とは幼馴染という設定と言う事だ。なんで分かったのか言えば、知らない女子に昴君のメールアドレスを聞かれて、不思議に思っていると「幼馴染なんだから知ってるんじゃないの?」と指摘されてようやく設定が理解できた。なるほどだから昴君は私に親しく話しかけてたのか。…有難いな。利口な犬だなーホント…いつかお礼しないとだよね。マー●ルチョコでもあげようかな。
主人公ではマセおっさんが親戚の友達みたいな関係で頼れるおじさんだと思われてるんだよね。現に一週目では恋愛対象とは見られてなかったからね。お疲れ様です、でも二週目でのマセおっさんエンドは幸せでしたよ。ある意味。
大切なのはこれからだ。主人公という物語の重要役に私と言う現実世界から来た人物がそのまま物語が進むとは思えない。もしかして…ヤンデレに殺されるパターンとかはないですよね?あの、保険というか保障ないんですかね??え、理不尽すぎるんだけど。な、な、ないよね。そうだと誰か言って欲しいんだけど…。
という訳で自分の身を守るためにも、主人公と仲良くなろう!そしてあまり攻略対象とは会わないように…無理です。学校で出会う確率は高い、しかも名前を教えてしまったわけだし、けして名前教えてそれだけっていうのはないだろう。昴君は回避不能だし…あれ?いつからこの世界は逃げゲーと化したんだ?
考え過ぎて混乱した脳を掻いていると、ふわりとカーテンが舞った。窓ガラスは開けていないはずなのだが隙間風なのだろうか揺れている。不思議に思って近づいてみれば寒気がした。
え。何これ。ここってホラーでした?と思えば冷やりとした感触が腰から背中に向けて冷気のように伝わってくると、擦れた声が聞こえた。
「くくっ…何ビビってんだよ」
「うわぁあ!?」
知らない声がスピーカーのように部屋中に響き渡る。何処に居るのか念入りに探しても居なくて、嫌な思考が頭の中を過る。いやいやあるわけないでしょ、常識的に考えて。
もしかして…という思考回路を遮らせるように頭を振れば、低い笑い声が聞こえてきた。その声音は明らかに男で青年のような声だった。
「くくくっ…あはははっ!!もしかして幽霊とか馬鹿な考えなワケじゃねェよな?」
「な、ないに決まって…」
図星のせいか声が上ずるとまた笑われた。何回笑えば気が済むんですかこの男は。
何故此処に居ないのかを質問してみれば「気まぐれ」の一言で片づけられた。ってことは姿を現せる事は可能なのか。でもこんな特殊能力みたいな人居たっけ?それなら違う方のゲームだと思うんだけど。
「んで、アンタ誰さ」
「え?あの…話が見えてこないんですけど」
一方的な会話についていけなくて、戸惑っていれば「言葉も理解できねェとか…馬鹿か?アンタ」と侮辱され、最終手段の無視にいけば「あぁ。アホか。ごめんな馬鹿とか言って」と哀しそうに言うが絶対目は嗤ってる。これは完全に私を遊んでいる。私は人形じゃないんだけどね。
男の言動一つ一つが頭にきて、そろそろ勘忍の尾が切れそうな具合に空気が変わると、彼の冷たい声が私の耳元で響いた。
「じゃー…アンタは
何者なんだ?」
「…っ!?」
驚いて声の方向に向けば目が合ったような気がしたのか、一瞬声を出すのを忘れてしまった。
動揺とでも言ってもいい、私は何も言えなかったんだ。だって私は「狂愛―永久の檻―」(ここ)の世界の人物じゃないんだから。でもだからと言ってそれを知らない男に解き明かすのも嫌だった。
「ふふっ、変な質問ですね。人間に決まってるじゃないですか」
悟られないように笑顔で対応すれば、男は何も聞き返さず答えを受け止めた。――それが答えだと知らずに。
内心ほっとしていれば彼は用が無くなったのか声が遠く感じた。どうやら聞くだけ聞いて帰るらしい。
よし、帰れ!今すぐに!!そう願いながらベットに潜り込めば、気配も声も感じなくなった。なんだかあっさりして気味悪いが疲れた身体は深い眠りへと私を襲ったのだった。
眠っていると、頬に暖かい感触を感じた。
・
眠った彼女に男は笑う。透明だった姿を闇夜に隠して。
「じゃあな、アホ女」
三日月型の唇が不気味に嗤ったのだった。




