10…前だけ向いて、ハシロウカ。
栗色の髪がそよ風に揺れ、細める瞳と小柄な体型は桜によく映える。たまに嬉しそうに頬を緩ませる彼女は聖マリア像を思い出すほどだった。しかし、隣の少女は真逆で重くてどんよりとしたものを放っていた。
やっとログインした主人公に施設を教える中、私は絶望していた。
主人公が来るのはとても嬉しいことだ。シナリオも分かるし、行動パターンも承知している。これで鬼畜ゲーからおさらばだ!と思えるほど喜ばしい事だ。だが、問題はそこからだ。
確か主人公が来てからは笑えない日常が待ってる。私に被害は及ばない筈だと思うがトリップした私に何の変哲もないまま日常が終わるわけがない。きっとなにかしらあるはずだ。トリップされた理由が。
「と考えてもねぇ…」
「どうかしたんですか?」
「おぇ!?」
女子らしくない反応に、不安そうに覗く主人公の可愛さアピールに思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、変な目で見られそうなのでそっとしておく。
にしても可愛いなぁ。いや、主人公は美少女なのは当たり前なんだけどさ。ほら、間近で見ると圧倒されるような女子力だけど何故か嫌いになれないみたいな。
「なんでもないよ。にしても…昨日とは違うんだね」
昨日はあんなにマセおっさんとは親しそうに話していたのに、少し予防線が張られてる気がする。
会ったばかりだからそれは当たり前なんだけどさ。でもマセおっさんと一緒に居たし、ある程度会話を交わしたはずなんだけど。やっぱりそう簡単には上手くいくわけないか…。
「そうかな?」
「えぇ」
そういうとキョトンとした目で私を見る。え?私言っちゃいけなかった??それとも天然発動してるのかな?
少女はそんな私を他所に指をさしてじっと見つめる。その意図がよく分からないでいると可笑しそうに笑って私の手を握った。
「ごめん!宜しくね渚ちゃん!」
とびきりの笑顔で言われた私は嬉しくて顔が赤くなった。
こんな可愛い子に『ちゃん』付けで言われるなんて!!!久々だなぁ。大学の時は『さん』やあだ名だったしね。いいね、年齢的にアウトだと思うけど。
顔が赤くなった私を面白そうに笑う主人公。不意に頬を突かれたら慌てて転びそうになってしまった。なんか遊ばれてるような気がするんだけど…違うよね?
「こちらこそ宜しくね」
思わず苦笑する私に、少女の笑みと共に桜の花びらが風に舞う。桃色の花びらはとても綺麗で吸い込まれそうになった。手を伸ばして花びらを掴めば本物の感触がした。といってもそれは当たり前のようなことで、当たり前のようなことでは無くて、なんとなく違和感を感じる。理由は不明だが。
花に意識を飛ばしてればいきなり少女に腕を掴まれる。なんだろうと思えばそのまま引っ張られ走り続ける現在進行形。
「え…ちょ…」
「追いかけっこしよう?」
「は?」
現状に追いついていけない脳みそでは彼女の言葉が意味不明で理解できなかった。
その前に主人公ってそういう性格だっけ?確かに明るい子だった筈だけど空回りするほど明るかったけ…まぁいいや。
だって彼女との距離が詰められるならそんなのどうだっていい。この遊びもきっとそうなのだろう。
腕を離され、目の前から消えかける少女に私は苦笑して鈍りきった身体に喝入れて走り出す。
風景が揺れてぶれていくのを感じながら一点だけを集中する。彼女は元々運動が好きな方なので随分足が速い。これは時間の問題かな、なんて思ってる内に時間は休み時間の終わりを告げようとしている。約20分までに彼女を捕まえるのは少々骨が折れる。まぁ、こうしちゃいけないんだけどさ。
「渚ちゃーん!遅いよー!」
物影からひょっこりと顔を出して遅い私に不満を零す。
遠いせいかギリギリ見れる範囲なんだけど…ちょっと危ないかもね。身体的な意味で。
「はいはい、行きますよーー!」
手を軽く振るとスピードを加速させる。次の授業には頭が回らないかもしれないけど。彼女を捕まえなきゃ意味がないよね。
◆
「次の授業遅れますよ」
柵に腕を置いて、追いかけっこをしている少女を尻目に男は声の方を向く。
あぁ、そういえばそうだったなと思えば、忠告した男子は扉を開けたまま「早くして下さいね」と釘を刺して出ていく。その言葉に苦笑を漏らすと一枚の桜の花びらが風に舞って腕に落ちた。
つまらなそうに摘み上げて放すとひらひらと地面に落ちていく。それを勢いに任せて足で踏み潰せばぐしゃりと音が聞こえた。足を離せば可哀想にちぎれた花びらと――なにか。
ぼろぼろになった花びらをもう一回踏み潰してぐりぐりと踵で回すと男の口角が少し上がる。
「おっといけない。もう少しでまた『遊ぶ』ところだったよ。」
小さく呟いた言葉と笑う口元はなにに対してなのかは不明だが、悪趣味な趣味を持っているようで、涼しげな顔から見える狂気は恐ろしいものだ。
ぐちゃぐちゃになった玩具に興味を無くした男は扉へ向かうと足が引っかかり思わず吊りそうになるのを蹴落とし、扉を背に歩きだしたのだった。
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