第9報 超絶有能さんと補佐官
「ああ、言い忘れていたことがあった。君に紹介しないとならない人物がいたんだ」
「なんだと?」
奥から、1人の若い女性が、背筋を伸ばして歩み出てきた。
髪を1つに束ね、目立つ髪飾りをしている。
非の打ち所がないほど完璧に着こなしたギルドの制服の胸元には、正規職員であることを示すブローチが輝いていた。
彼女は俺の前まで来ると、完璧な敬礼をした。
「ネムハと申します! あなたが、あの超絶有能な死体清掃員――」
「ネムハ、特殊回収員だ」
「失礼しました! 超絶有能な特殊回収員、リカルドさんですね! お噂はかねがね伺っております! 今回の任務、ご一緒できてドチャクソ光栄です!」
俺は、エリフィアに視線を送る。
エリフィアは、含み笑いで返してきた。
「彼女は、私の秘蔵っ子だよ。冒険にまつわるさまざまな雑務はもちろん、剣の腕は、A級冒険者にも匹敵する」
言葉は、妙だ。
だが、立ち姿に隙はなかった。
腰の剣の位置も、足の置き方も、完全に実戦慣れした者のそれだ。
少なくとも、エリフィアが冗談だけで連れてきた人材ではない。
「そういうことでご安心ください! 現場での分析と判断は、専門家であらせられられら……」
「ネムハ、『あらせられる』だ」
「失礼しました! 専門家の超絶有能さんにお任せします! 私は、あなたの〈剣〉となり、モンスターの露払いから、荷物持ち、野営の準備まで、全ての雑務を完璧にこなします!」
そこで、ネムハはハッとした顔をする。
「ただし……」
ネムハは深刻な表情になって、大げさに両手でバッテンをつくった。
「えっちなのは、お断りです!」
エリフィアが吹き出す。
俺は頭を抱えた。
いや、確かに、俺の戦闘力に不安がないといえば嘘になる。
雑務までこなせるなら、パートナーとして言うことはない。
言うことはないのだが。
「……お前、この任務がどういうものか、わかってるのか?」
俺の問いに、ネムハは満面の笑みで頷いた。
「はい! 九死に一生、いえ、十死零生の極めて危険な任務と伺っております!」
「……」
「ですので……死ぬ気でがんばります!」
両腕を十字にした、妙なガッツポーズを取るネムハ。
それを見て、俺は心を鬼にした。
「必要ない」
「ガーン! そんなぁ〜! こんなに有能なバディが必要ないなんて、どんだけ超絶有能なんですかぁ〜!」
「エリフィア、そういうわけだ」
「あたしを見てぇ〜!」
今にも腹を抱えて笑い出しそうになっているエリフィアに、怒りの視線を送る。
「そう言わず連れて行ってあげてくれ。ギルドとしても何かしないと面子が立たないんだ。それに……」
そこで、エリフィアはわざとらしく思い出したように言う。
「この任務に、ネムハは真っ先に手を挙げたんだ。君より先にね」
「なに?」
こいつが、誰もが望まぬ死地に、自ら志願しただと?
無様に俺の足にすがりついているネムハを見る。
ネムハは、俺の視線にニッコリと笑顔で返した。
(なるほど、な)
俺はネムハを足から引き剥がす。
「わかった。協力して任務をこなすぞ」
「えっ、やったー! さすが超絶有能さん!」
そう言って、ネムハは俺に抱きついた。
次の瞬間、ハッとした顔で離れる。
そして、俺を睨みながら、こう言った。
「えっちなのは、お断りです!」
エリフィアがまた吹き出す。
俺は早速後悔した。
(だが、金のため、妹のためだ)
決まったことは仕方がない。
それに、エリフィアが推薦するのだ。
優秀なのは間違いない。
問題ない。
気持ちを切り替えろ。
エリフィアが仕切り直し、俺たち2人に最初の任務を告げようと口を開いた。
「君たちの最初の任務は、13階層の再調査ではない。まずは、肩慣らしと、互いの連携を確認してもらう。過去に、もっと浅い階層で未象らしき現象が報告されてい――」
その時だった。
俺は、広間の隅に設置された、巨大な〈ダンジョン魔力分布盤〉の異常に気づいた。
都市の地下に広がるダンジョンの構造を模した、水晶の立体地図。
踏破済みの階層には、冒険者たちが設置したセンサーによって、魔力循環を示す淡い青色の光が灯っている。
その、5階層を示すランプの1つが、ほんのわずかに、不規則な瞬きをしていた。
チカ、チカ、と。
他の誰も気づいていない。
目の前のエリフィアも、背後にいるクランの代表者たちも。
だが、俺にはわかった。
あれは、ただの魔道具の不良じゃない。
モンスターの大量発生の前には、魔力は赤く脈動する。
高位の悪魔が召喚されれば、黒い染みのように広がる。
だが、あの青い光の瞬きは、そのどちらでもない。
あれは、その区画の魔力が、戦闘による放出ではなく、まるで穴が空いたように、急激に、一方的に消失していることを示していた。
生命力が、戦闘を経ずに失われている兆候。
「――エリフィア、5階層だ。すぐに向かう」




