第8報 金貨2万枚の死地
ギルドの大広間は、普段の喧騒が嘘のような、張り詰めた静寂に包まれていた。
集められたのは、この街で活動する有力な冒険者クランの代表者たち。
そして、ギルドの上層部。
誰もが、硬い表情で、中央の演台に立つギルドマスター、エリフィアの言葉を待っていた。
俺、リカルドは、その末席。
大広間の最も後ろ、壁際の影の中に、気配を殺して立っていた。
「……あれが、聖女様を連れて戻った死体清掃員か」
「魂魄装備まで回収したという話だ」
「A級が全滅した階層から、か?」
小さな声が、耳に入る。
場違いな『死体清掃員』の俺が、なぜこの場に呼び出されたのか。
理由は、聞かなくてもわかっていた。
エリフィアが、静かに口を開く。
「集まってもらったのは他でもない。先日発生した、A級パーティ〈ブレイジング・スターズ〉の壊滅事件について、ギルドとしての公式見解と、今後の対策を共有するためだ」
その言葉に、広間がざわつく。
エリフィアは、そのざわめきを手で制すると、淡々と事実だけを述べた。
パーティメンバー2名の死亡。
1名の精神崩壊と行方不明。
そして、聖女ディーナが昏睡状態にあること。
「……そして、これが、彼らの死因に関する、現時点での我々の見解だ」
エリフィアが合図すると、ギルド職員たちが、資料を各クランの代表者へと配っていく。
そこには、回収された魂魄の異常な変化と、彼らの常軌を逸した死に様が、簡潔に記されていた。
「死因は、不明。ただし、通常の戦闘によるものではない。我々は、この正体不明の脅威を、仮に未象と呼称する。ギルドは、この未象の調査のため、特任チームを結成し、原因の究明にあたる。これが、今回の緊急招集の主旨だ」
エリフィアは、そこで一度言葉を切り、広間を見渡した。
「この任務の報酬として、ギルドは参加者1名ごとに金貨1万枚、および、ギルドの秘蔵書庫へのアクセス権を約束する。参加したいクラン、あるいは、この任務に自信のある者は、前に出てほしい」
金貨1万枚。
秘蔵書庫へのアクセス権。
普段であれば、我先にと名乗りを上げる者が続出するであろう、破格の報酬。
だが、広間は、水を打ったように静まり返っていた。
最初に口を開いたのは、最大手クラン〈鋼鉄の獅子〉の団長、歴戦の老戦士だった。
「……エリフィア殿。ブレイジング・スターズが壊滅したのだぞ。生意気な小僧どもだったが、実力は確かだった。にもかかわらず、原因は不明、脅威の正体も不明。これでは、あまりにも危険すぎる。申し訳ないが、我々はこの依頼、受けることはできん」
その言葉を皮切りに、他のクランの代表者たちも、次々と口を開いた。
「我々もだ。これでは、ただ犬死にに行けと言っているようなものだ」
「せめて、もう少し情報がなければ……。この場では決められん」
英雄たちが、尻込みしている。
(まあ、そうなるな)
クランマスターは、所属冒険者を守る必要がある。
こんな未知で危険な案件を快諾したら、むしろクランマスター失格だ。
勇ましいだけでは、クランマスターはやれない。
広間は、気まずい沈黙と、互いの顔色をうかがうような視線で満たされていく。
その時だった。
副ギルドマスターのゴードンが、待ってましたとばかりに一歩前に出た。
「皆様、ご心配には及びません。この自殺行為同然の任務に、うってつけの適任者がおりますのでな」
ゴードンは、芝居がかった仕草で、広間の隅に立つ俺を指さした。
全ての視線が、一斉に俺へと突き刺さる。
英雄たちの視線に混じる、侮蔑、好奇、そして、厄介払いができたことへの安堵の色。
「唯一の生還者であり、事件の発端とも言えるあの男、特殊回収員のリカルド。彼に、責任を取って調査させてはいかがですかな? なにせ、案内役にするにも、これ以上の人材はいないでしょう」
その言葉には、「誰もやりたがらない厄介事を、都合のいい生贄に押し付ける」という、狡猾な意図が透けて見えた。
エリフィアは、ゴードンの悪意に気づいているだろうに、にっこりと微笑んだ。
「素晴らしい提案だね、ゴードン。私も、彼しかいないと思っていたところだよ」
ゴードンの口元が、一瞬だけ引きつった。
俺を生贄にするつもりだったのだろう。
だが、エリフィアはそれを、正式な人選として受け取った。
彼女は、俺に向かって声を張った。
「リカルド! 前へ!」
俺は、ため息を1つついて、影の中から、ゆっくりと歩き出した。
場違いな、薄汚れた作業着。
英雄たちの、きらびやかな装備。
そのコントラストが、嘲笑を誘う。
エリフィアは、そんな空気など意にも介さず、俺に告げた。
「君を、今回の未象調査における、特任調査官に任命したい。任務は、13階層で発生した現象を突き止めること。特任調査官には、関連資料の閲覧権、現場立入権、必要に応じた冒険者への協力要請権を付与する」
広間がざわついた。
死体清掃員に、調査権限。
壁際の嫌われ者が、いきなりギルドの正式な調査官になる。
気に食わない者も多いだろう。
だが、誰も前には出なかった。
「報酬は、先ほど提示した通り。どうだい? この、誰もが尻込みする英雄的な任務、君なら引き受けてくれるだろう?」
彼女の言葉には、俺への信頼と、ゴードンへの皮肉が込められていた。
俺は、表情1つ変えずに、集まった英雄たちをゆっくりと見渡した。
そして、エリフィアに向き直る。
「報酬を増やせ」
俺の一言に、広間が大きくどよめいた。
ゴードンが「貴様、何を!」と声を荒らげるが、エリフィアがそれを手で制す。
「額を提示してくれ」
「倍。金貨2万枚。それと、前金として〈賢者の霊薬〉に関するギルド保有情報を開示しろ」
広間がさらに大きくざわつく。
金貨2万枚。
たった1つの依頼で、個人の俺が受け取る額としては破格だった。
だが、本命はそちらではない。
〈賢者の霊薬〉。
魔素欠乏症を根本から治せる可能性があるとされる、幻の薬だ。
噂なら、いくらでも聞いた。
だが、確かな情報は一度も掴めていない。
誰も、異議を申し立てなかった。
さっきまで金貨1万枚でも前に出なかった者たちだ。
金貨2万枚に上がったところで、自分が行くとは言えない。
ゴードンも、自分が推薦した手前、抗議の声を上げられずにいた。
(誰もやりたがらない危険な仕事で高給を得る。いつものことだ)
これだけあれば、仕事の間隔も開けられる。
妹との日常も長く続く。
そして、〈賢者の霊薬〉の情報が手に入れば。
当のエリフィアは、驚いたように目を見開いたが、すぐに楽しそうに口の端を上げた。
「……いいだろう。金貨2万枚。ギルド保有情報の開示。特任調査官としての権限付与。その条件、ギルドマスターの名において約束する」
「契約成立だな」
俺はそこで契約書にサインをする。
これで俺は、死体清掃員兼、未象特任調査官となったわけだ。
契約が終わると、エリフィアは広間に集まった他のクランマスターたちに向かって、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「さて、これだけの特別報酬を出すんだ。ギルドの財政も厳しい。今後、諸君らに提示する他の依頼の報酬は、軒並み下げざるを得ないが……仕方がないね。これは、ギルドの存亡をかけた最重要任務なのだから」
その言葉に、クランマスターたちの顔が引きつる。
エリフィアの、鮮やかな牽制だった。
クランマスターたちが恨めしげに俺を見るが、知ったことではない。
「もういいか?」
「ああ、言い忘れていたことがあった。君に紹介しないとならない人物がいたんだ」
彼女がそう言うと、奥から、1人の若い女性が、背筋を伸ばして歩み出てきた。




