第10報 死ぬ覚悟では足りない
「――エリフィア、第5階層だ。すぐに向かう」
エリフィアは、俺の言葉に、一瞬で血相を変えた。
俺の言葉の真意を、即座に理解したのだろう。
「補佐官、準備はいいか」
俺の問いかけに、ネムハは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐにその意味を察した。
「おまかせあれ!」
エリフィアは、すぐさま近くにいたギルド職員に指示を飛ばす。
「第5階層、D-4区画の魔力定量を見直せ! 生命反応モニターもだ! 急げ!」
ネムハの登場で緩んでいた広間が、再び緊張に包まれる。
ゴードンが「何を騒いでいる」と不審そうな顔を向けるが、エリフィアはそれを無視した。
やがて、血相を変えた職員が、エリフィアの元へ駆け寄ってきた。
「ギルドマスター! D-4区画の魔力定量に、異常な瞬断がみられます! また、同区画にいたC級パーティ〈鉄の斧〉の生命反応は、3名中、い、いま、1名ロストしました! 残る2名も反応が不安定です! 戦闘や罠らしき魔力反応はありません!」
その報告に、広間がどよめく。
C級のパーティが、本来E級相当の第5階層で忽然とロストする。
その異常事態に、誰もが言葉を失う。
「――なんだと!?」
その中で、ひときわ大きな声が響いた。
最大手クラン〈鋼鉄の獅子〉の団長。
あの老戦士が、椅子を蹴立てるようにして立ち上がった。
その顔は、怒りと焦燥に染まっている。
「〈鉄の斧〉は、我がクランの若手の中でも、最も有望なパーティだ! それが、なぜ……! こうしてはおれん!」
老戦士は、腰の戦斧に手をかける。
救助に向かうつもりだろう。
だが、その前に、俺が立ちはだかった。
「やめておけ」
俺の、冷たく、感情の乗らない声が、広間に響く。
老戦士は、俺を睨みつけた。
「どけ、小僧。もはや任務などと言っている場合ではない」
「あんたが行っても、犬死にするだけだ」
「なんだと……! 貴様の幼馴染どもと同じにするなよ! 未象だろうが何だろうが、この戦斧で叩き斬ってくれるわ!」
激昂する老戦士。
彼の言う通り、その実力は、アレンたちA級パーティをゆうに超えている。
この街の、正真正銘の最強の一角だ。
だが、俺は、そんな彼を、冷たい瞳で見据えた。
「あんたは確かに、アレンよりも強いだろう。だが、それだけだ。アレは、そういう類いのもんじゃない」
俺の言葉に、老戦士が息を呑む。
「強さ」という、冒険者の絶対的な価値基準が、そこでは通用しない。
死地から生き延びた俺の言葉は、その事実を、簡潔に、しかし残酷に突きつけていた。
「ここで黙って見ておれというのか! 死ぬ覚悟など、冒険者になった時にしておる!」
「その覚悟は、〈鋼鉄の獅子〉の団長としての覚悟か?」
老戦士が目を見開く。
〈鋼鉄の獅子〉は、手練れの冒険者が集まる最大手クランだ。
すでに単なる冒険者の集まりを超えて、街の治安維持や防衛の中心となる集団になっている。
そのトップが死ぬということが、どういうことなのか。
わからないはずがない。
「ワシは……だが……」
「あんたに死なれると、俺も困る」
本心だ。
この街の秩序が崩れれば、妹との平穏な日常も脅かされることになる。
「だが、それでも行くというなら止めはしない。死体は、拾ってやるよ」
〈鋼鉄の獅子〉のメンバーが騒ぎ出す。
「てめぇ、団長を馬鹿にしてんのか!」
「ぶちのめしてやる!」
「待て」
団長が、クランメンバーを止めた。
「リカルド殿の言うとおりだ」
「団長?!」
「ワシに足りなかったのは、死ぬ覚悟ではない。〈鋼鉄の獅子〉の団長として、この街に残る覚悟だ」
彼は、腰の戦斧から手を離すと、俺の肩を強く掴んだ。
「……頼む。あいつらを、助けてやってくれ」
その声と手は、震えていた。
「依頼はこなすさ。だから、あんたはあんたの仕事をしてくれ」
エリフィアが、俺たちに告げる。
「リカルド、ネムハ。君たちの初任務だ。今すぐ、第5階層へ向かえ。目的は調査ではない。救助だ」
ネムハが、真面目な顔で力強く頷く。
気の抜けたパートナーかと思ったが、切り替えはできるようだ。
俺は、背嚢を背負い直した。
老戦士の、そして、この場にいる全ての者たちの期待が、重くのしかかる。
(そう、これは、俺の仕事だ)
英雄は、英雄らしく、光の当たる場所で、その役割を全うすればいい。
死体と、理不尽な死の匂いが染みついた薄暗い場所は、俺のような日陰者の仕事場だ。
「行くぞ、補佐官」
「超絶有能さん!」
「なんだ」
「我々のチーム名は『超絶死ぬ気』と『デスゲイズ・オメガ』どちらがいいでしょうか?」
「あとにしろ」
「承知の助〜」
俺とネムハは、ざわめきが残る大広間を背に、ダンジョンへと続く昇降機へと足を速めた。
歪なバディの、最初の仕事。
それは、あまりにも突然に、そして、最悪の形で幕を開けた。




