第6報 魂魄器官
俺は、ダンジョンで起きたことをありのままに語った。
ただし、死者の記憶を見たことだけは伏せておく。
仮に名付けるなら、死の追体験。
俺自身にも、まだ理解できていない能力だ。
公になれば、どんな面倒事に巻き込まれるかわからない。
いずれエリフィアには伝えるかもしれない。
だが、今ではない。
俺が話し終えると、彼女は深く息を吐いた。
「……子供の絵本でも、もう少しマシな作り話を書くね」
「おい、聞いてたのかよ」
「証言に矛盾がないか確認したまでだよ」
「ついでにゴードンの弱みを握りたかったんだろ」
「相変わらず鋭いね。キミの言う『しつけ』のためにね」
エリフィアはクスクスと笑った。
この女は昔からそうだ。
飄々としているようで、常に冷静。
二手、三手先を読み、自分の利益を最大化するために動く。
利用価値があれば、俺のような日陰者でも利用する。
俺はそれで情報と金を得る。
上も下もない。
利害の一致による共謀。
俺には、そんな関係がむしろ心地よかった。
「では、今回の報酬を」
エリフィアは、テーブルの上へ金貨の詰まった袋を置いた。
どさり、と鈍い音がする。
「……多いな」
いつもの報酬の倍はある。
ありがたい話だが、契約と違う。
「どういうことだ」
「キミ、自分のやったことがわかっていないんだね」
エリフィアは呆れたように息を吐いた。
「回収担当が騒いでいたよ。A級冒険者2人分の魂魄器官が、どちらも傷ひとつない。魂魄装備も一式回収されている」
「壊したら金にならないだろ」
「普通は、壊したくなくても壊れるんだよ」
エリフィアが机を指で軽く叩く。
「アレンは死後硬直した両腕が首へ絡みつき、カイルは胸を何本もの矢で貫かれていた。その状態から、2人分を短時間で無傷のまま抜き取る。専門の回収班でも、そう簡単にはできない」
「手順どおりにやっただけだ」
「その手順を、あの状況で間違えずに実行できることを、世間では腕がいいと言うんだよ」
エリフィアは金貨袋を俺の方へ押した。
「そのうえ、聖女様を生きたまま連れ帰った。魂魄装備、魂魄器官、異常の情報、生存者。これだけ持ち帰って倍額で済ませている私は、かなり良心的だよ」
「俺は契約内容に従って仕事をしただけだ」
「そこだ」
エリフィアが、また机を指で叩く。
「金に意地汚い顔をしているくせに、妙なところで誠実なんだよな、キミは。そのうえ仕事はできるし、無駄に渋い。ギルド内に隠れファンが多いのも、まあ、わからなくはない」
「……初耳だな」
「ちなみに私は隠れていないファンだよ」
クックッと笑うエリフィアを無視し、金貨袋を手に取る。
重い。
その重さだけで、少し呼吸が楽になった。
「ありがたく受け取っておく。じゃあな」
「おや、お金だけ受け取ってさよならか。悲しい関係だよ」
俺は深いため息をついた。
この言い方。
まだ何かあるらしい。
もう一度、椅子へ座る。
「何か情報があるのか」
「キミは本当に鋭くて助かるよ」
エリフィアはそう言って目を閉じた。
重要な話をする時の癖だ。
「回収された魂魄器官は、アレンもカイルも無傷だった」
「今、聞いた」
「だが、それを使っても魂魄装備との紐付けを解除できなかった」
「……何?」
持ち主が死亡しても、魂魄装備との紐付けは残る。
だが、壊れていない魂魄器官があれば、通常は解除できる。
そのために、俺たちは魂魄器官を回収する。
「魂魄器官か、装備が壊れていたんじゃないのか」
「どちらも問題はない。神殿の鑑定でも確認済みだよ」
「なら、解除できないはずがない」
「ああ。解除できないはずがないんだ」
エリフィアの声から、いつもの軽さが消えた。
「だから神殿は、さらに詳しく調べた。そして、アレンとカイルの魂魄そのものが変形していることを確認した」
「……魂魄が、変形?」
思わず聞き返した。
魂魄は、肉体とは違う。
確かに、魂魄は変形するし傷もつく。
だが、それが「その人のものである」という情報は変わらない。
正気を失っても、肉体が原形を留めないほど壊れても、死んだあとでさえ、その者の魂魄は「その人物の形」を保ち続ける。
だからこそ、魂魄装備は持ち主を識別できる。
だからこそ、魂魄器官を使って紐付けを解除できる。
魂魄が変形するということは、その前提そのものが崩れたということだ。
「ありえない」
「神官たちも、同じことを言ったそうだよ」
エリフィアは笑わなかった。
「鑑定の誤りを疑って、術者を変えて3度調べた。それでも結果は同じだった。アレンとカイルの魂魄は、本来の形から歪められている」
「記録は?」
「少なくとも、このギルドにも神殿にも前例はない」
魂魄は変わらない。
それは学説でも、信仰でもない。
魂魄装備を扱うすべての人間が、当然のものとして受け入れている事実だ。
その事実が、破られた。
「肉体だけじゃない、か」
「ああ」
エリフィアは、俺をまっすぐに見た。
「キミが遭遇した何かは、人間の肉体を異様な形に変えて殺しただけじゃない。魂魄そのものを、別の形へ作り変えた」
尋問室の空気が、わずかに冷えた気がした。
「このダンジョンで、これまでの常識では説明できない何かが起きている。そしてキミは、その何かに接触し、生還した唯一の人間だ」
「今後も面倒事があるってことか」
「その分、お金も稼げると思ってくれよ」
「なら、悪くないな」
ダンジョンで異常事態が起きようが、俺には関係がない。
重要なのは、それで稼げるかどうかだ。
そして、貴重な目撃者は、俺だけではない。
「ディーナはどうしている」
「聖女様は、まだ昏睡しているよ。キミの話が本当なら、目を覚ましたとしても無事かどうかは――」
「あいつは無事だ」
俺はエリフィアの言葉を遮った。
願望ではない。
あの目は、メリルの目とは違った。
俺を見ていた。
俺の名を呼んだ。
まだ、こちら側にいた。
「嫉妬するね」
「よく言うぜ」
「ああ、嫉妬といえば、妹さんのところへ早く行ってあげたまえ」
そうだ。
妹が待っている。
そのために、俺は金を稼いでいるのだ。
「お前が引き留めたんだろ」
「解放したのもまた私さ」
エリフィアは、ひらひらと手を振った。
俺は金貨袋を掴み、尋問室の扉を開ける。
ギルドの喧騒が、耳へ飛び込んできた。
ゴードンの憎々しげな視線も、エリフィアが抱く危機感も、今の俺にはどうでもよかった。
頭にあるのは、ただ1つ。
妹の顔だけだ。
稼いだ金で薬を買う。
そして、妹のもとへ帰る。
それが、今の俺のすべてだった。




