第47報 報酬の話をしよう
翌朝。
冒険者ギルドの大広間へ入ると、いつもより視線が多かった。
受付へ向かっていた冒険者が足を止める。
依頼書を眺めていた男が、紙の上からこちらを窺う。
昨日、未象案件から血塗れで帰還した直後ならともかく、今日は服も洗ってある。
ネムハも、いつもの冒険者装備だ。
それでも、俺たちが歩くたびに囁き声がついてくる。
「おい、来たぞ」
「ゴードンの野郎をハメたらしいぞ」
「暗殺者もろとも未象のエサにしたって聞いたが……」
「こえええええ」
わけのわからない噂が広まっている。
だが俺は噂のために仕事をしているわけではない。
俺は受付台の前で足を止めた。
「報酬を受け取りに来た」
「おはようございます、リカルドさん」
受付嬢は、ひどく疲れた顔で答えた。
昨日までと違い、胸元には銀色の小さな徽章がついている。
「報酬については、ギルドマスターから直接説明があります」
「また執務室か」
「今回は私も同席します」
「なぜだ」
「私も知りません」
受付嬢は遠い目をした。
「今朝出勤したら権限が増えていました」
「よかったな」
「一体誰のせいなんでしょうか」
「さあな」
「もういっそ派手に祝ってください。心を込めて! でないと私は報われません!」
「おめでとう」
「嬉しい〜」
「顔が死んでるぞ」
「では回収してください」
「断る」
受付嬢は受付台を出ると、俺たちを階段へ案内した。
「ふーむ、なるほど、フーム」
そこで、ネムハが張り紙を真剣に見ていた。
「何をしている」
「超絶さん、副ギルドマスターの座が空いたそうです」
「そうか」
「であるならば……」
ネムハは、懐から筆を取り出す。
張り紙の上から大きく「副ブシドーマスター ネムハ」と書いた。
「これでついにあたしも副ブシドーマスターに……」
「副のほうが上なのか」
「なんか、副のほうが憧れませんか?」
「わからん」
受付嬢が張り紙をビリッと剥がし、新しいものを貼った。
「副ブシドーマスターーーーッ!」
「はい、ネムハちゃんも来ましょうね~」
「これがギルドの選択かーッ!」
受付嬢がネムハの襟首をつかんで引きずっていく。
そのままギルドマスター執務室へ入る。
エリフィアは、執務机の向こうで書類へ目を通していた。
顔を上げると、いつもの余裕ある笑みを浮かべる。
「おはよう、リカルド。ネムハ」
「報酬を受け取りに来た」
「挨拶の次がそれとは、相変わらずキミはつれないね」
俺とネムハは、机の前に並べられた椅子へ座った。
受付嬢はエリフィアの隣に座る。
「まさか先輩、副マスターマスターに……?」
「違いますし、何ですかそれは。私は受付。平職員です」
エリフィアが受付嬢を指す。
「その平職員の君が、自分には未象案件を受理する権限がない。機密情報を受付台へ置いていくのをやめさせてほしい、と懇願したから、権限を与えたんじゃないか」
「そういう意味じゃなかったんですが?」
「ゴードンがいなくなった今、未象案件の報告先が私だけでは面倒だからね」
「面倒という理由で、ただの受付嬢に機密権限を与えたんですか?」
「もちろん、それだけではないよ」
エリフィアは受付嬢へ目を向ける。
「昨日、キミは受付に持ち込まれた異常物を即座に隔離し、周囲の冒険者を黙らせ、提出物を記録し、ゴードンの不審な動きを私へ報告した」
「それは……仕事ですから」
「適切な判断を適切な時に行える優秀な部下へ、相応の権限と報酬を与える。それも私の仕事だよ」
「ギルドマスター……」
受付嬢の表情が、わずかに緩む。
「それに、私も毎回リカルド達のやることへの驚き役をするのは疲れる」
「そちらが本音ですね?」
「今後は存分に驚いてくれたまえ」
「権限の使用方法がおかしくありませんか?」
エリフィアは答えず、俺へ視線を戻した。
「さて。まず、ゴードンの件から報告しよう」
「いらん」
「じゃあ省略だ」
「省略しないでください!」
受付嬢がバン!と机を叩く。
「リカルドさん! ゴードン容疑者は、昨夜、あなたへの殺人教唆と、その証拠隠滅未遂、その他もろもろの余罪で拘束され、副ギルドマスターの職位をはく奪されました! いいですか? あなたへの、殺人教唆です!」
「そうか」
「そうか、じゃありません! 副ギルドマスターが殺人教唆なんて、当ギルドの大不祥事です!」
「つまり?」
「リカルドさんの一言で、私たち全員の首が飛びます」
「そうか。じゃあ首は飛ばない。それで、報酬はどうなる?」
「アーッ! もういっそ飛ばして! こんな人たちともうお仕事したくない! 草葉の陰から見守るだけでいい! ただの部外者に戻りたい!」
ネムハが絶望的な顔になる。
「ギルド解体……? あたしの『ありがとう』集めは……? 新入職員の一発芸も、もう見れないの……?」
「それは無くなってもいいやつだ」
エリフィアが微笑ながら受付嬢を座らせる。
「その辺は問題ないさ。むしろ、内部の腐敗をあぶりだした功績になるくらいだよ。ギルドというのはそういうところさ」
エリフィアは、机の引き出しから数枚の書類を取り出した。
「では報酬の前に、今回の成果を確認しよう」
「昨日、報告書を出しただろ」
「キミ自身が、何をしたのか理解していないようだからね」
エリフィアは1枚目の書類を持ち上げた。
「さて、今回の未象は『劇作家』とでもしようか。キミたちは、この人知を超えた力を持つ存在の領域から帰還した」
「ああ」
「それだけでなく意思疎通した」
「向こうが映像を流し込んできただけだ」
「さらに報酬として正体不明の黒い硬貨を8枚受け取った」
「そういえば解析はまだか?『解体糸』の追加報酬もまだだが」
「研究部門が絶賛解析中だよ。ちなみにあの時から彼らは一度も家に帰っていない」
エリフィアは2枚目の書類へ目を落とす。
「そして、キミには、未象の次回作へ参加する〈優先権〉が埋め込まれた。そしてそれは、我々の検査では一切検知できない」
受付嬢が青ざめた顔で俺を見ていた。
昨日、身体へ何かを埋め込まれたことまでは聞いていたが、それが何なのかまでは知らなかったらしい。
エリフィアは3枚目の書類を持ち上げた。
「さらに、配役から除外されたと思わしき人物の魂魄器官を回収した。もしキミの仮説が正しければ、これは未象や、それ以上の存在から人間を守る方法につながるかもしれない」
受付嬢の顔から、血の気が引いていく。
「昨日、私……その魂魄器官を、普通の回収品として受け取ったんですけど」
「そうだね」
「人類の対未象戦略を変えるかもしれないものを、受付台に置かれたんですけど」
「だから権限を与えたわけだ」
「権限返したい……」
エリフィアは4枚目の書類へ移る。
「で、ここからが『補足』だが、その直前、キミたちは6人の暗殺者に襲撃された」
「ああ」
「5人を返り討ちにし、魂魄器官と装備を回収。残る1人は、証言可能な状態で生存させた」
「つまらないものでした」
「ネムハちゃんは黙ってて」
「承知の助~」
エリフィアが続ける。
「そしてキミは、依頼人を追跡することも、負傷した生存者を運ぶこともせず、必要な証拠だけを回収してギルドへ提出した」
「捜査も救助も俺の仕事じゃない」
「そうだね。実に正確な判断だ」
エリフィアは書類を机へ置いた。
「未象案件を生き延びる。未象から報酬を受け取る。未象に気に入られる。対抗策を持ち帰る。ついでに暗殺者を返り討ちにし、証拠も持ち帰る。その割に依頼人には興味なし」
「ああ」
「そして翌朝、何事もなかったようにギルドへ来て、最初に報酬の支払先を尋ねる」
「何か問題があるのか?」
エリフィアは、しばらく俺を見つめた。
やがて椅子へ深く背を預け、片手で額を覆う。
「……さすがに私でも、これは頭を抱えるよ」
深いため息が、執務室に響いた。
「私もキミが、並の成果を持ち帰るとは思っていなかった。だが、限度というものがある」
「俺は依頼をこなしただけだ」
「そのこなし方が想定を超えすぎてるんだよ」
「報酬は増えるのか?」
「キミのその一貫性は、もはや尊敬に値するよ」
エリフィアは机の下から、2つの革袋を取り出した。
どさり、と重い音が響く。
「現時点で確定している報酬だ。金貨5万枚だ」
受付嬢が小さく悲鳴を上げる。
俺はありがたく革袋を受け取る。
ふと、疑問が浮かんだ。
どうでもいいが、疑問は疑問だ。
「そういえば、補佐官の報酬はないのか?」
「それは──」
「あたしが説明しましょう!」
エリフィアが言いかけたところを、ネムハが遮った。
「あたしはギルドの正職員で固定給! どんな成果を上げても即日お賃金はありません!」
「大変だな」
「いえ、お賃金は増えませんが、ギルドでのお仕事は笑顔がいっぱい、ありがとうがいっぱいで最高です!」
「地獄しか感じないが」
こうネムハは言っているが、実際ギルドは仕事の内容に応じてボーナスが出るはずだ。
今回の件はさすがにボーナス対象だろう。
まあ、他人の金はどうでもいい。
金貨5万枚。
当面の生活費と、セラの薬代には十分だ。
〈賢者の丸薬〉の分も取り戻せた。
それで十分だ。
だが、エリフィアはまだ話を終えなかった。




