第46報 間に合った
第7階層へ続く通路を、ゴードンは早足で進んでいた。
同行しているのは、警備部から選んだ6人。
全員、自分の推薦で現在の地位を得た者たちだ。
「急げ! 日が変わる前に回収を終えるぞ!」
「はっ!」
本来、副ギルドマスターが自ら回収現場へ赴く必要はない。
だが、部下だけには任せられなかった。
生き残った暗殺者が、いつ正気を取り戻すかわからない。
靴底から見つかった金属片を調べられれば、仲介人へたどり着かれる可能性もある。
何より、エリフィアに知られる前に片づける必要があった。
あの女は、些細な違和感を決して見逃さない。
笑顔でこちらの言い分を聞きながら、裏では事実を拾い、証拠を揃え、気づいたときには逃げ道をすべて塞いでいる。
厄介なのは、確信を得るまで何も知らないふりを続けられることだ。
敵に回せば、これほど恐ろしい女はいない。
副ギルドマスターという地位さえ、あの女の前では盾にならなかった。
だからこそ、疑われる前にすべて消さなければならない。
ゴードンは懐へ手を当てた。
そこには、暗殺者の靴底から見つかった金属片が入っている。
証拠品として受領した物だ。
執務室へ残しておくより、自分で管理した方が安全だった。
「もうすぐです」
先頭を歩く警備部員が声を落とす。
通路の先に、広い空間が見えた。
鼻を突く血の臭い。
石床に横たわる5つの死体。
その中央には、手足を拘束された男がうずくまり、「死にたくない……もう、殺さないでくれ……」と繰り返していた。
誰かが回収した形跡はない。
周囲にも、人の気配はなかった。
間に合った。
ゴードンは胸の奥に溜めていた息を吐いた。
「死体を確認しろ。現場に残された物も、すべて回収するんだ」
「生存者は?」
「重度の未象汚染を受けている。何が起きるかわからん」
ゴードンは回収班の責任者へ視線を送った。
事前に伝えておいた合図だ。
「抵抗するようなら、処分しろ」
「……承知しました」
責任者が剣を抜く。
暗殺者は反応しなかった。
頭を抱えたまま、同じ言葉を繰り返している。
剣が振り上げられる。
「その方には、触れないでいただけますか」
静かな女の声がした。
「誰だ!」
ゴードンが振り返る。
誰もいない。
だが、剣を振り上げた責任者の隣には、いつの間にか黒いメイド服の女が立っていた。
白い手袋に包まれた指が、男の手首を掴んでいる。
「なっ──」
「剣をお納めください」
メイドがわずかに指へ力を込める。
責任者の手が開き、剣が石床へ落ちた。
甲高い音が、空間に響く。
「貴様、何者だ!」
「ルミナス家に仕える者でございます」
ゴードンの背後で、武器を抜く音が重なった。
警備部員たちが一斉に構える。
「妙な真似をするな! こちらは冒険者ギルドの正式な回収班だ!」
「存じております」
「ならば、そこを退け!」
「お断りいたします」
メイドは穏やかに微笑んだまま動かない。
「我々は、特別未象対策室からの正式な要請により、現場の保全と生存者の保護を行っております」
「特別未象対策室だと?」
通路の陰から、新たな人影が姿を現す。
執事服の男が2人。
メイドが3人。
誰も武器を抜いていない。
それにもかかわらず、ゴードンの部下たちは動けなかった。
1人は退路を塞ぎ。
1人は死体の前に立ち。
残る者たちは、それぞれ警備部員の死角を押さえている。
囲まれたと気づいたときには、すでに包囲は完成していた。
「馬鹿な……」
ゴードンは周囲を見回した。
「我々は命令を受けて、すぐに出発したはずだ! なぜ貴様らが先にいる!」
「ルミナス家の方々は優秀でね」
聞き慣れた声が、奥の通路から響いた。
ゴードンの身体が固まる。
エリフィアだった。
その隣では、白い外套をまとったザインが、眩しいほど得意げな笑みを浮かべていた。
「当然です」
ザインが両腕を大きく広げる。
「輝けるルミナス家の者たちに、不可能という言葉はありません」
「副ギルドマスターの回収班が到着する前に、現場の確認、証拠の保全、生存者の状態確認まで終えてくれたよ」
「勝手な真似をするな!」
ゴードンが怒鳴った。
「この回収は副ギルドマスターである私が命じたものだ! ルミナス家の私兵が介入してよい案件ではない!」
「私兵とは心外ですね」
ザインが胸へ手を当てる。
「私は特別未象対策室長。これは正式な職務です。我が優秀なる部下──ハダカデバネズミが命懸けで持ち帰った未象案件を、室長たる私が引き継ぐのは当然です」
「それに、協力を要請したのは私だ」
エリフィアが続けた。
「冒険者ギルドのギルドマスターとしてね」
「な……」
ゴードンの口が止まる。
エリフィアは、拘束された暗殺者へ視線を移した。
「さて、彼に剣を抜く必要はなさそうだが」
「今はそう見えるだけだ! いつ未象の影響で暴れ出すかわからん!」
「だ、そうだ。どう見る?」
エリフィアに問われたメイドが淡々と答えた。
「対象は武器を保持しておらず、我々にも何ら反応も示しません。よって、危険度はEと判断します」
「メイドごときが戯言を! こちらは警備部の判断だ! 素人とは違う!」
そこでメイドが懐からバッジを取り出す。
それは、要人警護のプロと王国から認められたものに与えられるものだった。
「ルミナス家の使用人は全員、当ライセンスを保持しています」
「このライセンスの厳しさは知っているね、ゴードン。彼らは素人ではないよ。そっちの警備部の面々以上にね」
「くっ……」
ゴードンは歯を食いしばった。
エリフィアはゴードンへ歩み寄る。
その手には、1枚の命令書があった。
「ゴードン」
「……何だ」
「これは、キミが回収班へ出した命令書だね」
死体5名、生存者1名の回収。
情報の秘匿。
接触人数の制限。
そして最後に、危険が認められた場合には、現場責任者の判断で対象の処分を許可する、とある。
「正式な命令だ! 何が悪い!」
「いくつか気になる点があってね」
エリフィアは、命令書を指先で軽く叩いた。
「まず、未象案件でありながら、特別未象対策室へ連絡していない」
「緊急事態だった!」
「次に、回収班の人選をキミが独断で行っている」
「信頼できる人員を選んだだけだ!」
「全員、キミの推薦で昇進した者ばかりだね」
「偶然だ!」
「さらに、ギルドマスターである私への報告を禁じている」
「未確認情報で混乱を招かないためだ!」
「そして、拘束されている生存者を処分できる命令を、出発前から用意していた」
「危険があれば、と書いてあるだろうが!」
「そうだね」
エリフィアの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「だから、実際に危険があったのか確認しに来たんだ」
「ならば、もう確認しただろう! この男は未象に汚染されている! 直ちに処分すべきだ!」
「さきほども言ったように、危険度はEだ。未象の影響についても……」
エリフィアがもう一枚の紙をゴードンに突きつける。
「特任調査官のリカルド氏によってその危険性は極めて低いと評価されている」
「あんな男の言うことを信じるのか!」
「そうだね。少なくとも」
エリフィアが真顔になる。
「暗殺の依頼人である君よりはね」
ゴードンの顔から、血の気が失われる。
「な、何を……」
「報告書には、金属片のことも書かれていたよ。記載された暗号を調査したら、君と暗殺者との関係にたどり着いたよ」
「ば、バカな! そんなはずはない! まだ一日も経っていないのに、そこまで……!」
そこまで言って、ゴードンは口を閉じた。
「ああ、すまない。私の早とちりだった。調査は、これからだったね」
ゴードンの顔が歪んだ。
思わず金属片に触れようとする。
だが、そこには金属片はなかった。
「こちらをお探しですか?」
メイドのひとりが、金属片を持っていた。
「き、貴様! いつの間に!」
メイドは、うずくまる暗殺者の前へ金属片を差し出した。
「こちらに見覚えは?」
虚ろだった男の目が、金属片へ向く。
「……残りの、報酬……」
男がゆっくりと顔を上げた。
その視線が、ゴードンを捉える。
「お前……」
男の顔が恐怖と憎悪に歪んだ。
「お前……! お前が、俺たちに依頼しなければ……!」
「き、貴様! 何を言っている! おい! お前ら! こいつは錯乱している! 今すぐ処分しろ!」
警備部員たちは剣を構えた。
切っ先が、暗殺者へ向く。
ゴードンの顔に、安堵が浮かんだ。
次の瞬間。
6本の剣が、一斉にゴードンへ向けられた。
「な、何をしている!」
「副ギルドマスター――いえ、ゴードン容疑者」
回収班の責任者が、冷たい声で告げる。
「殺人教唆および証拠隠滅未遂の疑いにより、警備部が貴様を拘束する」
ゴードンは、冷徹な顔をしているゴードンの部下たちと、エリフィアの顔を見比べる。
「裏切るのか! 誰のおかげで今の地位にいると思っている!」
「別に彼らは裏切ってなどいないし、今の地位にいるのも君のおかげでもないよ」
「ま、まさか、最初から、こいつらには貴様の息がかかっていたということか! 私の手ごまだと錯覚させていたと!」
「仕事は準備が9割だからね」
そこでザインが前に歩み出る。
「ゴードン氏、貴方が私をギルドに呼んだことは、輝かしい功績と言えます。しかし、我が優秀なるハダカデバネズミの暗殺を目論むなど、その功績に泥を塗るも同然」
そこでザインが冷たく言い放つ。
「ただで済むとは思わないことですね」
「ち、違う! 私は知らない! 誰かに嵌められたんだ! そうだ! リカルド! あの死体清掃員がきっと黒蜥蜴だ!」
「やれやれ、見苦しいにもほどがあるね」
ゴードンは顔を歪ませたあとに懐からナイフを取り出し、金属片を持つメイドの首筋に当てた。
「い、今すぐ剣を下ろせ! こいつがどうなってもいいのか!」
メイドが小さくため息をつく。
「対象は興奮状態。危険度Cと判定」
その瞬間、メイドの肘がゴードンの腹にめり込んでいた。
「うぐっ」
「即時鎮圧しました」
あっという間にゴードンは拘束される。
「違う……私は……」
その顔は涙と涎にまみれ、もう叫ぶ気力も残っていなかった。




