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第45報 まだ間に合う

 扉が閉まった。


 足音が遠ざかるまで、ゴードンは動かなかった。


 机の上には、暗殺者たちの装備が並んでいる。


 短剣と毒煙の容器。

 5人分の魂魄器官。

 そして、靴底から見つかった金属片。


「……なぜだ」


 震える声が、誰もいない執務室へ落ちる。


 確実に死ぬはずだった。


 腕利きの暗殺者を6人も雇ったのだ。


 人払いした倉庫で、ゴードン自身が直接会った。

 前金を渡し、リカルドとネムハを殺せと命じた。


 奴らは冒険者や商人だけでなく、護衛に囲まれた要人まで始末してきたと豪語していた。


 それが6人全員で待ち伏せたのだ。


 死体漁りと、頭のおかしい剣士。

 失敗するはずがなかった。


 にもかかわらず、2人は生きて戻った。


 しかも、暗殺者を5人殺し、1人を生かしたまま。


「化け物どもめ……!」


 ゴードンは拳を机へ振り下ろした。


 衝撃で金属片が跳ねる。


 それを見た瞬間、胸の奥が冷えた。


 見間違えるはずがない。


 ゴードン自身が、暗殺者の代表へ渡した物だ。


 依頼を完遂したあと、残額と引き換えるための証票。

 表面の数字は依頼番号。

 裏面の記号は、報酬の受け渡し場所を示している。


 暗殺者たちは、ゴードンの顔を知っている。

 声も知っている。

 誰を殺すよう命じられたのかも知っている。


 依頼を終えれば、残金を渡して王都から立ち去らせるつもりだった。

 奴らが捕らえられ、生きたまま証人になる可能性など考えてもいなかった。


 だが、この金属片を調べられれば、残金の受け渡し場所を特定される。


 そして、生き残った暗殺者。


 今は話せないというだけだ。

 正気を取り戻せば、何を口にするかわからない。


「いや……待て」


 ゴードンは椅子へ腰を下ろした。


 落ち着け。


 まだ露見したわけではない。


 リカルドは何も知らなかった。

 誰が自分を狙ったのか、調べるつもりさえない。


 あの男の関心は、金だけだ。


 ネムハも同じ。

 暗殺者を返り討ちにしたと得意になっているだけで、依頼人へ疑いを向けてはいなかった。


 生き残った暗殺者は、質問すら理解できない。


 証拠品も、すべて自分の手元にある。


 ゴードンの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


「そうだ。まだ何も終わってはいない」


 失敗したのは、暗殺者どもだ。


 自分ではない。


 予定外の未象が介入したため、計画が狂っただけだ。

 リカルドたちが生還したのも、実力ではなく未象の影響に違いない。


 現場に残された暗殺者さえ処分すれば、証言する者はいなくなる。


 死体は5つ。

 口は利かない。


 金属片は、ここにある。

 装備も、魂魄器官も、自分が管理している。


 まだ間に合う。


 ゴードンは机上の呼び鈴を鳴らした。


 しばらくして、職員が入ってくる。


「お呼びでしょうか」

「第7階層へ回収班を出せ」

「回収班ですか?」

「死体が5つと、生存者が1人残されている。特任調査官が任務を放棄し、現場へ置き去りにした」

「生存者の状態は?」

「未象による重度の精神汚染を受けている」


 ゴードンは書類を引き寄せた。


「通常の回収班では危険だ。警備部から人員を選べ」

「承知しました。すぐに責任者へ──」

「待て」


 職員が足を止める。


「人選は私が行う」

「副ギルドマスター自ら、ですか?」

「未象案件だ。情報を広めるわけにはいかん」


 ゴードンは警備部の名簿を開いた。


 自分の推薦で昇進した者。

 金を貸している者。

 不祥事を握っている者。


 命令へ疑問を挟まず、余計な報告もしない人間だけを選ぶ。


「この6名だ」

「ずいぶん偏った人選に見えますが」

「何か不満があるのか?」

「いえ」


 職員は名簿を受け取った。


「生存者は拘束されているそうだ。だが、未象の影響でどのような変化が起きるかわからん」

「では、封印具も用意します」

「必要ない」


 ゴードンは命令書へ筆を走らせる。


「回収に危険が伴う場合、現場責任者の判断で処分を許可する」

「処分……ですか?」

「未象に汚染された人間を、ギルドへ持ち込むつもりか?」


 職員が口を閉じる。


「ギルドの安全を最優先しろ。これは副ギルドマスター命令だ」

「承知しました」


 命令書へ印を押す。


 これでいい。


 暗殺者は、何度も殺された記憶に呑まれている。

 錯乱して暴れたと報告すれば、処分する理由になる。


 回収班の者たちには、報奨を与えればいい。

 口止めも難しくない。


「出発はいつにしますか?」

「今すぐだ」

「すでに日が落ち始めています。第7階層まで向かうなら、明朝の方が──」

「今すぐだと言っている!」


 ゴードンの怒声に、職員の肩が跳ねた。


「失礼しました。直ちに準備させます」

「現場へ到着するまで、誰にも内容を話すな」

「はい」

「特に、ギルドマスターの耳には入れるな。未確認情報で余計な混乱を招きたくない」

「……承知しました」


 職員が退室する。


 扉が閉まると、ゴードンは椅子へ深く身体を沈めた。


 これで生存者は消える。


 あとは金属片を処分し、暗殺者と接触した場所に痕跡が残っていないか確かめればいい。


 残額も、もう支払う必要はない。

 依頼を果たしていないのだから当然だ。


 むしろ、こちらが損害を請求したいくらいだった。


「役立たずどもめ」


 腕利きを気取りながら、死体漁り1人すら殺せない。


 それどころか、証拠を持ち帰らせた。


 だが、それも今日までだ。


 リカルドは、自分を疑っていない。

 暗殺者を調べる気もない。

 2日後、いくらかの報酬を渡せば、それで満足するだろう。


 あの男は金さえ与えれば動く。


 扱いやすい人間だ。


 ゴードンは金属片を握りしめた。


 まだ間に合う。


 すべてを消せば、何も起きなかったことになる。


 ***


「リカルドが帰ってきた?」


 エリフィアは書類から顔を上げた。


 執務机の前には、受付嬢が立っている。


「はい。ネムハさんも一緒です」

「無事なのかい?」

「無事……だと思います。血塗れで、顔色もかなり悪かったですが、外傷はありませんでした」

「なるほど」


 エリフィアはペンを置いた。


「それで、何があった?」

「私は未象案件を扱う権限がありません」

「うん」

「ですので、詳細は聞いていません」

「賢明だね」

「ですが、本人たちが受付の前で勝手に話しました」

「それは災難だったね」


 受付嬢が深くため息をつく。


「未象から、報酬として黒い硬貨を8枚渡されたそうです」

「未象から?」

「リカルドさんの身体には、別の何かを埋め込まれたとも」

「それはまた」


 エリフィアの口元が、わずかに上がった。


「ずいぶんと面白いものを持ち帰ったじゃないか」

「面白がっている場合ですか?」

「心配はしているよ。面白いだけで」

「順番が逆です」


 受付嬢は手元の控えを差し出した。


「それと、現地で6人の暗殺者に襲われたそうです」

「へえ」

「5人を返り討ちにして魂魄器官を回収。残る1人は生存していますが、現場に放置してきたと」

「いかにもリカルドらしいね」

「それで、副ギルドマスターへ報告するよう案内しました」


 エリフィアが、差し出された控えを受け取る。


 提出物の一覧。


 黒い硬貨。

 魂魄器官。

 暗殺者の装備。

 出所不明の金属片。


 その下には、ゴードンの受領印が押されていた。


「ゴードンが受け取ったのかい?」

「はい。先ほど、リカルドさんたちが副ギルドマスター室から出てきました」

「それで?」

「ゴードン副ギルドマスターは、すでに回収班の編成を始めています」

「ずいぶんと仕事が早いじゃないか」


 エリフィアは椅子へ背を預けた。


「未象案件の報告は、聞く暇がないと追い返したそうですが」

「なのに、現場の回収だけは急ぐのか」


 エリフィアが小さく笑う。


「誰を選んだ?」

「警備部の6名です。全員、副ギルドマスターと関係の深い者ばかりです」

「命令書は?」

「こちらに」


 受付嬢が、もう1枚の紙を差し出した。


 エリフィアは内容へ目を通す。


 死体5名、生存者1名の回収。

 情報秘匿。

 接触制限。


 そして最後に、


 ――危険が認められた場合、現場責任者の判断で対象の処分を許可する。


「相手が暗殺者なので、妥当と言えば妥当ですが……」

「まあ、ずいぶんと気が早い話ではあるね」


 エリフィアは命令書を机へ置いた。


「さて、どうしたものかな」


 エリフィアが思案中していると、廊下から、よく通る声が響いた。


「私にも報告を要求します」


 扉が勢いよく開く。


「特別未象対策室長であり、輝けるルミナス家の当主たるこの私にもね」


 ザイン・ルミナスが、眩しいほど白い外套を翻して立っていた。

 背後には、数人のメイドと執事が控えている。


 エリフィアの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


「もちろん、大歓迎さ」

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