第43報 大したことはなかった
冒険者ギルドの扉を開けた途端、広間の空気が変わった。
受付へ向かっていた冒険者が足を止める。
依頼書を眺めていた男が顔を上げる。
酒場の卓からも、次々と視線が集まった。
「……リカルドとネムハちゃんだ」
「未象案件だったよな? また無事に戻ったのか?」
「でも血塗れだぞ?」
ざわめきが広間を走る。
俺たちは視線を無視して、受付へ向かった。
受付嬢は俺たちを見てホッとため息をついた。
「リカルドさん、ネムハさん、無事で何よりです。戻りが遅いので心配しました」
次に、俺が背負っている鞄を見た。
俺が口を開くより早く、両手で耳を塞ぐ。
「帰還報告だ」
「無事で何よりですが、それは聞きません」
「まだ何も言っていない」
「私は未象案件を扱う権限がありません。機密情報をただの受付嬢に漏らすのは、もうやめてください」
「仕事をしろ」
「あーあーあー。何も聞こえません」
俺は受付台へ鞄を置いた。
「今回は大したことはなかった」
「……本当ですか?」
受付嬢が両耳を塞いだまま、ジト目でこちらを窺う。
「ああ。新しいことといえば、未象から直に物を渡されたくらいだな」
受付嬢が呆然とした表情で手を耳から離す。
そして叫ぶ。
「大したことおおありですけど?!」
「黒い硬貨だ。この素材、初めて見るだろ」
「わあ本当だ、こんなの初めて!って喜びませんからね?!」
「未象からの報酬らしい」
「は?! 報酬?! 未象から?!」
「超絶さんは、身体にも何か埋め込まれてました」
「今すぐ検査を受けてくださいね?!」
広間のざわめきが一気に膨れ上がった。
「未象から物を?」
「報酬って言ったぞ」
「身体に埋め込まれて帰ってきたのか?」
「あいつら、何をしてきたんだ……」
離れた卓にいた冒険者まで立ち上がり、こちらを見ている。
「皆さん」
受付嬢が満面の笑みを浮かべ、広間を見渡した。
「今のお話は、何も聞いていませんね?」
ざわめきが止まった。
冒険者たちは一斉に視線を逸らす。
空になった杯へ口をつける者。
依頼書を逆さまにして読み始める者。
突然、隣の人間と天気の話を始める者。
「大変よろしいです」
受付嬢は俺たちへ向き直った。
「今すぐこの得体の知れないモノをしまって、今回の依頼を発行した副ギルドマスターに直接報告に向かってください」
「わかった」
「そのあと、必ず検査室へ寄ってください」
「必要ない」
「身体に何か埋め込まれたんですよね?」
「支障はない」
「支障なくてもです!」
受付嬢は帰還証へ処理済みの印を押した。
「副ギルドマスター室へ行く前に、提出物の目録を作ります。鞄の中身を教えてください。あ、詳細は不要ですからね」
「硬貨が8枚。金属片が1つ。魂魄器官が5つ」
「えっ、魂魄器官ですか?」
「ああ、暗殺者に襲われたからな。そいつらのだ」
受付嬢が固まった。
そして叫ぶ。
「暗殺者?! リカルドさんが狙われたんですか?!」
「ああ、6人いた。だが返り討ちにした」
「返り討ち?!」
「そうだ。魂魄器官を回収したのは、未象が……」
「ストーップ! それは報告にあたります! 詳細は副ギルドマスターに話してください! 絶対にここでは話さないでください!」
ギルドがざわつきだす。
「今暗殺者6人って……」
「それを返り討ちにして、しかも魂魄器官まで回収したのか?!」
受付嬢が笑顔になる。
「みなさーん」
「いやあ、お酒はおいしいなあ」
「会話も弾んで、周囲の音がまるで聞こえていなかったぜ!」
受付嬢はこちらに向き直り、素早く目録を作成した。
複写された紙の片方を俺へ渡す。
「早く行ってください。トンでも案件ばかりでこちらの精神が持ちません」
「ああ」
「あ、受領印は忘れないでくださいね」
俺は目録を受け取り、鞄を背負い直した。
ネムハが大きくうなずく。
「では、超絶さん! 行きましょう!」
「補佐官は帰っていいぞ」
「これは……本当に帰ったら『本当に帰るやつがいるか』って怒られるやつだ……」
「本当に帰っていいぞ」
「いやぁ〜! あたしを捨てないでぇ〜! 死が2人を分かつまでぇ〜!」
俺たちは階段へ向かった。
***
副ギルドマスター室の扉を叩く。
「入れ!」
苛立った声が返ってきた。
扉を開けると、執務机に向かっていたゴードンが顔を上げた。
その顔から、瞬時に血の気が引く。
「……貴様ら」
手にしていた羽根ペンが止まり、書類の上に黒い染みを作った。
「帰還報告だ」
「なぜ生きている!」
ゴードンが立ち上がる。
直後、自分の発言に気づいたように口を閉じた。
「……予定時刻を過ぎても戻らなかった。すでに死んだものと思っていたぞ!」
「そうか」
「何だ、その態度は! 報告が遅れたことを何とも思わんのか!」
「未象に巻き込まれていた」
「言い訳をするな!」
ゴードンが机を拳で叩いた。
「貴様の報告など聞く時間はない! とっとと報告書を書いて提出しろ!」
「わかった。納品だけしていくぞ」
俺は鞄を開いた。
未象から渡された黒い硬貨を収めた袋。
5人分の魂魄器官を収めた回収袋。
それらを机の上へ置く。
「未象から渡された物と、調査用に回収した魂魄器官だ」
「ふん。そんな物は担当部署へ回して──」
ゴードンの言葉が止まった。
魂魄器官の回収袋を凝視している。
「待て。なぜ魂魄器官がある?」
「現地で6人の暗殺者に襲われた」
「……何?」
報告を聞く時間はないと言った男が、机へ身を乗り出した。




