第42報 死体5つと生存者1人
俺は最初の暗殺者の胸元へ膝をついた。
死体は5つ。
生存者が1人。
いずれも、劇作家の白い指を胸へ差し込まれている。
「超絶さん」
「なんだ」
「あたしは何をすれば?」
「座っていろ」
「つまり座禅……ふっ、ブシドーマスターには他愛もないことよ」
ネムハはふらつきながら壁際まで移動し、長剣を抱えて腰を下ろした。
俺も万全ではない。
傷は塞がったが、消耗した体力や神経まで戻るわけではない。
身体の奥が重く、指先にもわずかな震えが残っている。
だが、作業に支障が出るほどではない。
俺は暗殺者の服を切り開いた。
白い指が入った胸部には、傷も内出血も残っていない。
必要な処置を済ませ、胸部から魂魄器官を取り出す。
器官の外見に、目立った異常はなかった。
変色も、傷も、形状の変化もない。
「何かわかりました?」
「見た目には何もない」
「ブラックリストになったんですよね?」
「劇作家が伝えてきた意味を、俺が正しく理解していればな」
肉体に損傷がない以上、処置されたのは魂魄だと考えるのが自然だ。
それを収めている魂魄器官を持ち帰れば、あとはギルドで調べられる。
俺は魂魄器官を保存容器へ収め、封印した。
続けて2人目。
3人目。
4人目。
いずれも外見上の変化はなかった。
「同じですね」
「ああ」
「本当に何かされてるんです?」
「それを調べるために持ち帰る」
5人目の魂魄器官も回収し、容器へ収める。
これで必要なものは揃った。
「あとはギルドの仕事だ」
「超絶さんは調べないんです?」
「契約に入っていない」
特任調査官として、現場で確認すべきものは確認した。
魂魄器官も回収した。
劇作家が何をしたのか。
配役除外を再現できるのか。
それを解析するのは、専門の人間に任せればいい。
俺は道具を拭い、鞄へ戻した。
「さて」
暗殺者たちの装備を一つずつ並べる。
短剣。
毒煙の容器。
複数種類の毒。
拘束具。
予備の武器。
最低限の食料と金。
身元を示す物は持っていない。
依頼書や連絡用の書状も見当たらなかった。
暗殺者たちの前に置かれていた黒い硬貨も回収し、それぞれ別の証拠袋へ収める。
いつの間にかネムハが隣に来ていた。
「これがシノビマスターの装備……」
「かなりの手練れだ」
「あたしがいて良かった。でなきゃあんたは今ごろこいつらの仲間入りだった」
「なんだそのセリフは。あとお前、真っ先に麻痺してただろ」
死体の所持品には、依頼人へ直接つながるものはなかった。
最後に、生き残った男の身体を調べる。
「やめろ……」
「もう、殺さないでくれ……」
「死にたくない……」
男は膝をついたまま、両手で頭を抱えている。
俺が近づいても、逃げようとはしなかった。
正確には、現在の俺が見えていない。
過去に経験した死の中で、まだ殺され続けている。
懐。
腰袋。
袖口。
ベルトの裏。
死体と同じく、身元や依頼人を示す物はない。
靴を持ち上げたところで、違和感があった。
左右で重さが違う。
「なんかありました?」
「片方だけ細工されている」
靴を脱がせ、底を指で押す。
巧妙に細工されているが、一部だけ縫い目が新しい。
刃を入れて靴底を剥がす。
内側から、小さな金属片が落ちた。
指先ほどの大きさ。
片面には複数の数字。
もう片面には、簡略化された記号が刻まれている。
「これはまさか、シノビの極意?!」
「連絡先か、報酬の受取場所だろう」
正確な意味まではわからない。
だが、暗殺者が靴底へ隠していた物だ。
今回の仕事と無関係とは考えにくい。
俺は金属片を証拠袋へ入れ、封をした。
それから男へ顔を向ける。
「尋問のお時間ですか?」
「今は無理だな」
男は頭を抱えてガタガタと震えている。
「名前は?」
「来る……また来る……」
「誰に雇われた」
「やめろ……」
「この金属片は何だ?」
「死にたくない……」
質問を理解している様子はない。
嘘をつく余裕も、口裏を合わせる余裕もなさそうだが、答えを引き出せなければ同じことだ。
「まあ尋問する必要はない」
「えっ、まさか、超絶さんは心を読めるから尋問は不要ということですか?!」
「違うが」
「ジャガイモ美味しいジャガイモ美味しいジャガイモ美味しい……」
「読心を防いでるつもりか」
俺は金属片と回収した装備を見せる。
「これだけ証拠があれば十分だ。あとはエリフィアがやってくれる」
「確かに。ギルドマスターの得意分野ですね」
「活き活きするのが目に浮かぶな」
「どの黒幕よりも黒い、それが我らのギルドマスター……」
「本人に聞かれても知らんぞ」
暗殺計画の首謀者探しは俺の仕事じゃない。
報告して、証拠は渡す。だがその後、誰を調べ、どう処分するかはギルドの仕事だ。
もっとも、金が入るなら別だが。
「この人は、どうします?」
「置いていく」
「死体も?」
「必要なものは回収した」
ネムハが、並んだ5つの死体と、うずくまっている暗殺者を見比べる。
「全部持って帰るのかと思ってました」
「誰が運ぶ」
「超絶さん」
「置いていく」
清掃の終わった死体を運ぶ契約はしていない。
死体ではない奴については、なおさら俺の仕事ではなかった。
「でも、超絶さんは黒幕に興味ないんですか?」
「ない」
誰が仕組んだのか。
どんな理由だったのか。
どんな言い訳をするのか。
どれも俺には関係ない。
俺を殺そうとした人間がいた。
失敗した。
それだけだ。
「なんでそんなに冷めてるんですか! 殺されかけたんですよ! もっとこう、末代まで呪って根絶やしにするとかないんですか!」
「物騒なことを言うな」
「あたしは許さんぞッ! 第二第三のあたしが根絶やしにしてやるんだからねッ!」
「第一の補佐官はどうするんだ」
「別に何もしません」
「そうか」
俺は証拠袋を鞄へ収めた。
暗殺を企てた人間の末路を見届ける趣味はない。
適切な処分が必要なら、エリフィアが行う。
だが、そうだな。
「丸薬を2つも使わされた対価は、支払ってもらわないとだな」
黒幕がわかったら、それだけはきっちり請求するとしよう。
俺は魂魄器官と証拠品の入った鞄を背負った。
ネムハも壁に手をつきながら立ち上がる。
「歩けるか?」
「愚問……あたしは超絶さんの〈剣〉ですよ?」
「剣なら担いでやるが」
「そんなに魔剣ネムハが気に入ったんですね。もぉ~超然さんたらぁ~。ちょっとだけですよぉ~」
「先に行くぞ」
「あたしを捨てないでぇ~!」
俺たちは通路の出口へ向かう。
背後からは、男の声がまだ聞こえていた。
「死にたくない……」
「もう、殺さないでくれ……」
振り返る必要はない。
死体は清掃した。
魂魄器官も回収した。
証拠も見つけた。
特任調査官として、現場でやるべきことは終わった。
残っているのは、清掃済みの死体が5つ。
死体ではない奴が1人。
どちらも、もう俺の担当ではなかった。




