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第40報 死んだ方法

「ブシドーマスターは、死を克服した……!」


 ネムハが弱々しく拳を突き上げる。

 首に受けた傷は、細い赤線へ変わっていた。


 俺の裂けた心臓も、すでに塞がっている。

 脇腹の傷も同じだ。

 千切れた肉が寄り合い、壊れた内臓が元の形へ戻っていく。


「超絶さん」

「なんだ」

「話が違います! 死んでない! 死んでませんよ?! 死ぬつもりだったのに! あたしを甘い言葉でかどかわかわしたのね?!」

「『かどわかした』だ。あと、かどわかしてない」


 だが、説明は必要だろう。


「少なくとも俺の心臓は確実に止まった。補佐官は首の血管を切られていた。間違いなく死んでいた」

「え、ということは、ここは死後の世界……?」

「違う」


 俺は懐から、空になった小さな薬入れを取り出した。

 〈賢者の丸薬〉が入っていたものだ。


「先に言っておく。これから話すことは誰にも言うな」

「ギルドマスターにも?」

「そうだ」

「セラらんにも?」

「一番言うな」

「実の妹さんが最高機密対象に」

「約束しろ」

「承知の助〜」

「軽いな」

「じゃあ契約しますか? 超絶さんが大好きな契約をなぁ!」

「……いや、いい」


 この薬の存在が広まれば、欲しがる人間が増える。

 〈賢者の石〉をはじめとする原料は、ただでさえ高額で手に入りにくい。

 入手の競争相手を、自分から増やす理由はなかった。


 だが、何も知らないネムハを一度殺したのも事実だ。

 説明する責任はある。


「これを使った」

「なんです?」

「〈賢者の丸薬〉。飲めば、だいたい治る」

「死んでも?」

「ああ。経験済みだ」

「あたしは優秀なので気づいたのですが、超絶さんってどうかしてるのでは?」

「お前に言われたくはない」


 ネムハは俺の胸と、自分の首を交互に見た。


「つまり、超絶さんはおクスリで無敵ということですか?」

「首が飛べば治らん。身体が潰れたり、燃え尽きたりしても無理だ」

「身体が残っていれば?」

「死んで時間が経てば手遅れになる」

「死者蘇生はムリってことですね」

「ああ。まあ、極端に強力な心臓マッサージだと思え」

「心臓マッサージで首の傷まで治ります?」

「だから極端に強力だと言った」


 それに、〈賢者の丸薬〉は貴重だ。

 原料となる〈賢者の石〉は高いし、本来はセラの治療に使うものでもある。

 それに加えて、ほかの原料は市場にほとんど出回らない。


 依頼で負った傷を治すために使うことはある。

 それも、傷だらけで帰ってセラを心配させないためだ。


「それに、そもそも貴重だ。乱用できない」

「あー」

「今回はとんだ大赤字だ」

「ウソ……そんなものをあたしのために……?!」

「よく考えたら、俺だけ生き返ってもよかったのか。もったいないことをしたな」

「鬼畜〜」


 ネムハが大げさに首を回す。

 傷は塞がっているが、失った血まですぐに戻るわけではない。

 足元はまだふらついていた。


「で、その心臓マッサージで生き返ったってことですね!」

「ああ」

「タイミングがシビアすぎでは……?」

「まあな」


 早く飲みすぎれば、致命傷を負ったそばから治療が始まっていた。

 それでは未象が、俺たちを死んだと認めない可能性がある。


 だから、死んだ直後に丸薬の効果が現れるよう、服用する時刻を合わせる必要があった。


「あの毒煙が放たれた時点で、その後の流れはわかっていた」

「どうしてです?」


 ネムハが、石床に横たわる5人の死体へ目を向ける。


「もしかして、さっき死体に触って何かしてたのと関係あります?」


 やはり気づいていたか。


 死体に触れるたびに動きを止め、血まで吐いていた。

 その直後から、俺は暗殺者たちの動きを先回りして殺している。


 完全に誤魔化すのは、さすがに無理だろう。


「俺の能力だ。死体に触れると──」

「よい! みなまで言うな!」


 ネムハが掌を突き出し、俺の言葉を遮った。


「我らブシドーは剣に活きる。お互いの過去は詮索せぬのが流儀……」

「俺はブシドーじゃないぞ」

「細かいことを気にしていては、ブシドーマスターにはなれませんよ」

「なるつもりもない」


 まあ、こいつがそう言うならそれでいい。

 わざわざ説明する理由もない。


「では、死体を調べて何がわかったかだけを簡潔に伝えてください」

「なんで突然、上司みたいな詰め方をしてきた。お前が麻痺する。俺が刺される。そのあと、お前が殺される。そこまではわかっていた」

「なるほど、あたしが殺されるのを見て血を吐くほどのダメージを……そんなにあたしのことを……」

「やはり俺だけ生き返ればよかったか」

「いやぁ〜、あたしを捨てないでぇ〜!」


 確かにタイミングはシビアだった。

 だが、暗殺者とは何度も対峙している。

 死の記憶には、未象が差し込んだ台本の断片も残っていた。


「ともかく、丸薬を効かせる時刻については、算段があった」


 ネムハはしばらく考えたあと、指を立てた。


「つまり、遅れて効く回復薬を、自分が死んだ直後に効き始めるように飲んだ、と。さらに死体から調べた暗殺者の行動を読んで、殺される時間まで合わせたってことですか?」

「そうだ」

「あたしは優秀だから気づいたのですが、超絶さんってどうかしてるのでは?」

「そうでもない」

「さっきより、どうかしてる要素が増えましたよ」


 石床には、5人の死体が残っている。

 最後の暗殺者は、膝をついたまま頭を抱えていた。


「やめろ……やめてくれ……死にたくない……」


 目は開いている。

 だが、俺たちを見てはいない。


 押し寄せる死の記憶の中で、現実を捉えられなくなっている。

 意識は残っている。

 時間を置けば、話を聞くことはできるだろう。


「それで、どうして死ねば未象が終わると思ったんです?」

「俺たちを殺せない状況になるたび、暗殺者たちは『失敗』と口にした」


 暗殺者を殺しても。

 捕らえても。

 戦闘不能にしても。


 俺たちの死に至らなければ、同じ6人を再び配置した。


「つまり、成功は俺たちの死だと考えた」


 本当は、死の記憶に混ざっていた台本の断片から、ほぼ確信していた。

 だが、それ以上はネムハに伝えないでおく。


「生き返ったあと、また始まる可能性は?」

「あった」

「やっぱり、どうかしてるのでは?」

「それはもう聞いた」


 未象が何を死と認めるのかは、わからなかった。


 心臓が止まればいいのか。

 魂魄が肉体から完全に離れなければ、死ではないのか。

 丸薬の効果が体内に残っていれば、生存と判断されるのか。


 それでも、ほかに手はなかった。


 少なくとも今回は、俺の心臓は完全に止まった。

 ネムハも首を切られ、生命活動を失った。


 それで未象は満足した。


「でも、こんなことして何がしたいんでしょうね」

「さあな」


 拍手は止んでいる。

 だが、紙をめくるような音だけが、まだ続いていた。


 ネムハには聞こえていないらしい。


「本人に聞いてみるのもよさそうだな」

「本人?」


 ネムハが振り返る。


 通路の壁が白く染まった。

 石が変色したのではない。

 そこだけが、何も描かれていない紙に置き換わっている。


 白い面の中央に黒い線が走った。

 線が縦に裂け、その隙間から異様に長い指が現れる。


「──ッ!」


 ネムハが石床の長剣を拾い、構えた。

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