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第38報 死ねと言うなら

「この未象が求めている結末は、俺とお前の死だ」


 ネムハが、暗殺者の短剣を弾いた。


「なるほど」

「理解したのか?」

「まったく」

「だろうな」


 暗殺者が横薙ぎに振るった刃を、ネムハは首を傾けて避ける。


「つまり、死ねばいいんですね?」

「そうなる」

「承知の助〜」

「承知するな」

「え、死ねって言ったのはそっちですよね?」

「なぜ俺が責められる」


 暗殺者の蹴りを、ネムハが半歩下がってかわす。


 俺は石床に転がる5人の死体を見た。


 手はある。


 だが、正気の人間が選ぶような方法ではない。


 そもそも、うまくいく保証さえなかった。


「補佐官」

「はい!」

「俺を信じられるか」

「信じるとか信じないとかではなく、あたしは貴方の〈剣〉なので」

「……そうか」


 それで納得できるのか。


 できるのだろう。

 こいつは、そういう奴だ。


「補佐官、作戦は……」


 そのとき、暗殺者が腰の後ろへ手を回した。


 暗殺者が取り出した黒い球を、石床へ叩きつけた。


 硬い殻が割れる。


 シューッ、と音を立て、灰色の煙が噴き出した。


 独特の甘い匂い。


 毒煙だ。


 煙は一気に通路を満たし、俺たちを包み込んだ。


 俺は素早く懐へ手を入れ、薬を取り出した。


 口へ放り込み、そのまま飲み込む。


 続けて、もう1つを取り出した。


「補佐官、口を開けろ」

「え?」

「早くしろ」

「あーん」


 開いた口へ指で押し込む。


「飲め」

「んぐっ……」


 ネムハの喉が動いた。


 煙が濃くなる。


 暗殺者の姿が灰色の向こうへ霞んだ。


「煙幕など、このブシドーマスターには効かぬ、わ……」


 ネムハの長剣を握る指が緩んだ。


 カラン、と音を立て、剣が石床へ落ちる。


「あれ……?」


 ネムハの膝が折れた。


 床へ片手をつく。

 立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。


「超絶さん……」

「なんだ」

「薬、効いてませんけど……」

「そのうち効く」

「即効性じゃないんですか……」


 ネムハがその場へ倒れ込む。


 指先すら動かせないらしい。


 暗殺者が煙の中から現れた。


 まず剣士を無力化する。


 白い紙に書かれていた通りだ。


 次は俺。


 暗殺者が床を蹴る。


 低い姿勢。

 逆手に持った短剣。

 右肩がわずかに下がる。


 脇腹を狙っている。


 読める。


 刃が来る位置も、避ける方向もわかっている。


 暗殺者が踏み込んだ。


「超絶、さん」


 ネムハの声が響く。


 短剣が、俺の脇腹へ深く突き刺さった。


「――っ」


 冷たい刃が肉を裂き、腹の奥まで入り込む。


 暗殺者が短剣を捻った。


 臓器が引き裂かれる。


 口から血が溢れた。


「超絶、さん……?」


 ネムハの声から、初めて軽さが消えた。


 暗殺者が短剣を引き抜く。


 傷口から血が噴き出した。


 足元が揺れる。


 俺は膝をつき、そのまま石床へ倒れた。


「読めるって……言ったじゃないですか」


 ネムハが床を掻く。


 動かない腕を、それでも俺の方へ伸ばそうとしている。


 暗殺者は倒れた俺を見下ろした。


 靴先で身体を仰向けにする。


 俺の呼吸を確認し、短剣を持ち上げた。


 狙いは胸。


 刃が振り下ろされた。


 胸骨の隙間から、短剣が心臓へ入る。


 身体が大きく跳ねた。


 喉の奥から、空気とも血ともつかないものが漏れる。


 暗殺者が刃を抜いた。


 心臓が不規則に脈打つ。


 1度。


 もう1度。


 そして、止まった。


 音が遠ざかっていく。


 暗殺者が俺から離れ、ネムハのもとへ向かった。


「超絶さん……」


 ネムハは床に倒れたまま、俺を見ていた。


 暗殺者が背後へ回り、ネムハの髪を掴む。


 白い首筋が露わになった。


「本当に、死んじゃったんですか?」


 返事はできない。


 視界が暗くなっていく。


「困りました、ね」


 ネムハは弱々しく笑った。


「超絶さんが、死ねって言うから、死にますけど……」


 短剣が首筋へ当てられる。


「超絶さんが、死んだら、みんな悲しみますよ」


 ネムハは最後まで俺を見ていた。


「まあ、でもこれで……」


 刃が引かれた。


 白い首に赤い線が走る。


 血が噴き出した。


 ネムハの身体が痙攣する。


 俺へ伸ばしていた手が、石床へ落ちた。


 その瞳から光が消える。


 視界が、完全な闇に閉ざされる。


 ──パチ。


 どこかで、手を叩く音がした。


 ──パチ。

 ──パチ。


 1つだった音が、次第に増えていく。


 無数の拍手が、暗闇の向こうから降り注ぐ。


 そして。


「──終幕」


 知らない声が響いた。


 俺の意識は、そこで完全に途切れた。

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