第37報 何度も死んだ男たち
通路の奥から、足音が聞こえた。
1つ。
2つ。
やがて6つに増える。
現れたのは、同じ覆面、同じ装備を身につけた男たちだった。
また、あの6人だ。
先頭の男が俺たちを見る。
「対象の拘束に失敗。作戦Cへ移行する」
前の出来事を覚えているようには見えない。
「補佐官。5人を引きつけろ。殺すな。気絶もさせるな」
「無茶振り?」
「できるだろ」
「おまかせあれ!」
ネムハが前へ出る。
「来るがよい。シノビマスターども。このブシドーマスターが軽く捻ってやろう……」
「剣士を5人で抑えろ」
「え、本当に来るんだ……?」
「発言には責任を持てよ」
5人がネムハへ向かう。
残った男が、俺の正面へ回った。
左の眉尻に小さな傷。
前回捕らえた男だ。
男は短剣を逆手に構え、腰を落とす。
右肩がわずかに下がった。
喉だ。
俺は男が踏み込むより先に距離を詰めた。
「なっ……!」
短剣を持つ手首を押さえ、刃を外側へ逸らす。そのまま肘を逆へ曲げ、短剣を奪った。
男の空いた手が袖へ入る。
中には細い刃がある。
腕が出てくる前に、奪った短剣を胸へ突き入れた。
「がっ……」
刃は心臓へ届いた。
男が崩れる前に身体を支え、石床へ寝かせる。俺はその額へ手を置いた。
「超絶さん? 何を調べるんですか?」
「死因だ」
「え、自分で殺しておいて……?」
「そっちは任せたぞ」
ネムハの周囲で金属音が連続する。
俺は目を閉じた。
──ッ!
死の記憶が流れ込んでくる。
短剣を奪われる。
胸を刺される。
心臓が止まる。
今、俺が殺した記憶だ。
暗転。
石床へ後頭部を叩きつけられる。
意識が途切れる。
次に目を開けた時、目の前に俺の顔があった。
両腕を縛られている。
口の中を探られ、奥歯の毒を抜き取られる。
『誰に雇われた……いや、まずは、なぜ生き返った』
男には、その言葉の意味がわからない。
俺たちと会うのは、これが初めてだと思っている。
眼球が勝手に動いた。
右へ。
左へ。
上へ。
「──失敗」
自分の口から、知らない声が漏れる。
身体の輪郭が黒く滲んだ。
心臓は動いている。
呼吸も続いている。
それでも、皮膚が、骨が、意識が、黒くほどけていく。
生きたまま、自分が消えていく。
暗転。
奥歯の毒を噛み砕く。
強烈な苦味が広がり、全身に激痛が走る。心臓が痙攣し、止まった。
最初に自害した記憶だ。
この男は、今回を含めて3度死んでいる。
今回の死。
前回の消失。
最初の死。
本人は何も覚えていない。
だが、そのすべてが死の記憶には残っていた。
その奥に、男自身のものではない何かが混ざっていた。
──パチ。
手を叩く音。
白い何か。
その上を走る黒い線。
紙をめくるような音。
そこで記憶が途切れた。
俺は目を開ける。
脂汗が止まらない。
喉の奥から血が上がってきた。
口を閉じて飲み込む。
「超絶さん、顔色が死体っぽいですよ!」
「いつも通りだ」
「今日は特に新鮮な死体っぽいです!」
男の死体は消えていない。
胸から流れた血も、奪った短剣も、そのまま石床に残っている。
前回は「失敗」という声のあと、6人全員が消えた。
今は、まだ残る5人が動いている。
「何かわかったんですか?」
「こいつらはただの人間だ。だが、起きていることは人間の仕業じゃない」
「それってつまり……」
「ああ。未象だ」
本人の記憶は消されている。
死の記憶だけが積み重なっている。
死体に混ざっていた映像も、暗殺者自身のものではない。
「次だ」
「え?」
「もう1人、こっちへ寄越せ」
「お代わりですね!」
ネムハが暗殺者の短剣を弾き、その腕を掴んだ。身体を回転させ、男をこちらへ投げる。
「新鮮なシノビマスターです!」
「食材みたいに言うな」
飛んできた男が空中で体勢を整え、着地と同時に短剣を突き出す。
俺は半身になって避け、腕を掴んだ。肘を折り、解体ナイフで喉を切る。
血が噴き出した。
倒れる前に額へ触れる。
死の記憶へ潜った。
──ッ!
喉を切られる。
血が流れ、身体から力が抜けていく。
今回の死。
暗転。
ネムハの剣の柄が顎へ入る。
意識を失い、石床へ倒れる。
目を覚まさないまま、身体が黒く崩れ始める。
心臓は動いている。
呼吸も続いている。
それでも自分の存在が削り取られ、消えていく。
前回の消失。
暗転。
最初の戦い。
俺の刃が急所へ入る。
血が抜け、身体が冷えていく。
最初の死。
この男にも、同じ順番で3つの終わりが残っていた。
さらに奥へ進む。
──パチ。
──パチ。
拍手。
白い平面。
その上に、黒い文字が1つ浮かんでいた。
配置。
長い白い指が、その文字の横をなぞる。
紙がめくられた。
意識が押し戻される。
「ぐっ……」
頭の奥に、焼けた針を差し込まれたような痛みが走った。
俺は石床へ片手をつく。
「超絶さん!」
「止まるな」
「でも、鼻血が」
「拭けば済む」
鼻から流れた血を袖で拭う。
2人目の死体も、その場に残っていた。
2つの死体の間を、血が細く流れている。
「次を寄越せ」
「それ、あと何人にやるつもりです?」
「わかるまでだ」
ネムハは一瞬だけ黙った。
「……わかりました」
暗殺者の1人がネムハの背後へ回る。
ネムハは振り返らず、剣の鞘を男の腹へ押し当てた。そのまま勢いを利用し、こちらへ投げ飛ばす。
「3人目です!」
「ああ」
男が起き上がる前に、首を折った。
額へ手を置く。
今回、俺に首を折られる。
前回、ネムハに打ち倒される。
意識を失ったまま、呼吸を続けながら消えていく。
最初の戦いで、俺に殺される。
やはり同じだった。
今回の死。
前回の消失。
最初の死。
その向こうに、白い紙が見える。
先ほどよりも文字が増えていた。
暗殺者、6名。
剣士。
死体清掃員。
並べられた言葉の上を、長い白い指が動く。
配役。
その文字が浮かび上がった。
──パチ。
拍手。
俺は記憶から弾き出された。
「ガハッ……!」
今度は血を飲み込めなかった。
石床へ赤いものが散る。
「超絶さん!」
ネムハがこちらを見た。
俺は膝を立てて立ち上がる。
視界が揺れていた。
頭の中には、3人が繰り返した死と消失が残っている。
心臓を刺された痛み。
生きたまま身体がほどける恐怖。
毒が回る苦しさ。
首を切られ、折られ、血が抜けていく感覚。
だが、まだ足りない。
ふらつく俺の様子を見て、暗殺者が一人こちらに向かってきた。
短剣での刺突。
と見せかけての飛びナイフ。
読める。
逆に突っ込んで脇腹へ解体ナイフを入れ、倒れたところで心臓を刺した。
額へ触れ、死の記憶へ潜る。
今回、俺に心臓を刺される。
前回、ネムハに昏倒させられる。
意識のないまま黒く崩れ、消えていく。
最初の戦いで、俺に殺される。
3つの終わりを抜けた先に、白い紙がある。
黒い文字。
暗殺者が現れる。
剣士が無力化される。
死体清掃員が囲まれる。
文字の隙間に、実際の光景が挟まっている。
毒針から放出された麻痺毒を吸い込み、倒れるネムハ。
暗殺者に囲まれる俺。
短剣が腹へ入る。
俺が倒れる。
その後ろで、動けないネムハが首を切られる。
だが、その先は見えない。
黒い染みが、肝心な部分を覆っている。
結末。
その文字だけが読めた。
俺は目を開ける。
息が上手く吸えない。
自分が刺されたわけではない。
それでも腹には、刃が残っているような感覚がある。
「あと1人だ」
「まだ続けるんですか?!」
「次で足りる」
ネムハが暗殺者の1人を蹴り飛ばした。
男は石床を転がったあと、すぐに立ち上がる。そのまま俺へ向かって短剣を突き出した。
避ける力は残っている。
短剣を外へ流し、男の喉へ手を入れた。
気管を潰す。
男が倒れる。
俺は額へ触れた。
死の記憶を開く。
今回、喉を潰されて窒息する。
前回、ネムハに意識を奪われる。
眠ったまま、自分の身体が消えていく。
最初の戦いで、俺に殺される。
この男が経験した3つの終わりが、一度に押し寄せた。
息が止まる。
身体が黒くほどける。
血が抜ける。
暗転。
死んでも。
生きたまま消されても。
何も知らない自分が、同じ場所へ戻される。
その痛みと恐怖の奥に、白い紙があった。
黒い文字が並んでいる。
配置。
配役。
開幕。
暗殺者、6名。
剣士。
死体清掃員。
紙をめくる白い指。
最後の頁。
結末。
黒い染みが、ゆっくりと薄くなった。
死体清掃員――死亡。
剣士――死亡。
その下に、太い線が引かれている。
指が頁の端を叩いた。
──パチ。
視界が暗転する。
俺は現実へ戻った。
「超絶さん!」
石床に倒れていた。
ネムハの声が遠い。
俺の周囲には、5人分の死体が残っている。
最後の暗殺者は、ネムハへ短剣を振るい続けていた。ネムハは反撃せず、攻撃を避けながらこちらを見ている。
「何かわかったんですか?!」
「ああ」
俺は口元の血を拭い、身体を起こした。
白い紙に書かれていた文字を思い出す。
暗殺者を倒しても終わらない。
捕らえても終わらない。
逃げることもできない。
終わらせる方法は、ただひとつ。
「補佐官、よく聞け」
「はい!」
ネムハが暗殺者の短剣を弾いた。
俺は5つの死体の間で立ち上がる。
「この未象が求めている結末は、俺とお前の死だ」




