第36報 同じ6人
どこか遠くで、乾いた音が1つ鳴った。
その正体を考える暇はなかった。
「剣士が動いてる。作戦Bだ」
先頭の男が低く告げる。
6人が一斉に散った。
5人がネムハへ向かい、残る1人が俺の正面へ回る。
「こっちに5人も来たんですけど?」
「よかったな」
「つまりあたしは超絶さんの5倍強い?!」
「さっさと片付けろ」
俺へ向かってきた男が、逆手に持った短剣を腰の横へ構えた。
踏み込む直前、右肩がわずかに落ちる。
重心が前へ移り、左の踵が浮く。
さっきの男と同じ動きだ。
だったら対処はしやすい。
短剣が喉へ伸びてくる。
俺は半歩だけ後ろへ下がった。
刃先が首の前を通り過ぎる。
男はすぐに短剣を引き、左足を軸に身体を回した。
読める。
次は腹だ。
俺は身体を横へずらした。
短剣が服の表面をかすめる。
次は目。
男はさらに踏み込み、空いた手を俺の目へ伸ばした。
俺はその指を掴み、外側へ捻った。
「ぐっ……!」
男の体勢が崩れる。
俺は短剣を持つ手首を下から叩き上げた。
刃が宙を舞い、石床へ落ちる。
男はすぐに距離を取ろうとした。
右足から、引く。
俺は、男がわずかに引いた足を踏みつけた。
逃げ場を失った男の顎へ、掌底を叩き込む。
男の頭が跳ね上がる。
それでも意識は飛ばない。
空いた手が、俺の脇腹へ伸びてきた。
袖の中、細い刃が隠されている。
俺は腕を外から押さえ、そのまま背中側へ捻り上げた。
「がっ……!」
肩が外れる音がした。
男の膝が落ちる。
後頭部を掴み、石床へ叩きつけた。
鈍い音が響いた。
男の身体から力が抜ける。
俺はその背中へ膝を置き、落ちていた捕縛糸で両腕を縛った。
顔を上げる。
ネムハの方も、すでに終わっていた。
5人の暗殺者が、湿った石床に転がっている。
1人は壁にもたれて白目を剥き、2人は折り重なって倒れ、残る2人はなぜか手をつないだ状態で仰向けになっていた。
全員、息はある。
ネムハは剣を肩に担ぎ、満足そうにうなずいている。
「つまるところ、5人ほど眠っていただきました」
「殺さなかったのか」
「シノビマスターは死ぬと消えてしまうので」
「シノビマスターかは知らんがよくやった。これで尋問もはかどる」
「え、そういう癖……?」
「違うが」
俺は捕らえた男へ視線を戻した。
ヤツは、自害した男と、あまりに動きが同じだった。
同じ技術を教え込まれた者なら、動きが似ることはある。
足運びも、短剣の扱いも、攻撃の順番も、訓練によって統一できる。
暗殺者として、徹底的に型を仕込まれているならあり得る。
だが。
踏み込む前に右肩が落ちる癖。
短剣を引く時に左の踵が浮く癖。
目を狙う直前だけ、一瞬息を止める癖。
訓練で揃えるようなものではない。
あまりに同じすぎる。
俺は男の頭を掴み、黒い覆面を剥ぎ取った。
「……何?」
薄い唇。
尖った鼻。
左の眉尻にある小さな傷。
さっき、奥歯の毒を噛んで自害した男だった。
ネムハが横から覗き込む。
「この人……さっき死んだ人ですよね?」
「ああ」
「双子?」
「同じ傷を持った双子を、同じ暗殺部隊へ入れる理由があるならな」
「ま、まさか……」
「何かわかったのか」
「六つ子だった?!」
「そうだといいな」
俺は男の顎を掴んだ。
まだ意識は戻っていない。
口を開かせると、奥歯の裏に黒い粒が埋め込まれていた。
自害用の毒だ。
俺は解体用の細い鉗子を取り出し、黒い粒を抜き取った。
腰袋に入れる。
「毒コレクター超絶?」
「あとで分析する」
男の頬を叩く。
「起きろ」
反応はない。
もう一度、今度は強く叩く。
男の瞼が動いた。
焦点の合わない目が俺を捉え、すぐに細くなる。
「また会ったな」
「……何を言っている」
「覚えていないのか」
「貴様らと会うのは、これが初めてだ」
声にも表情にも、嘘をついている様子はない。
俺は男の口元へ鉗子を見せた。
「自害用の毒は抜いた。両腕も縛った。今度は死んで逃げられない」
「……」
「誰に雇われた……いや、まずは、何をした? なぜ消えて、また戻ってきた?」
「何……?」
「わからないのか。それともシラをきっているのか?」
俺は男の外れた肩へ手を置いた。
「指から始めるか、残っている肩から始めるか。好きな方を選べ」
「死体清掃員、風情が……」
「ああ。人間がどこから壊れるかはよく知ってる」
男の頬がわずかに引きつった。
恐怖を抑える訓練は受けている。
だが、恐怖がないわけではない。
時間をかければ吐かせられる。
そう判断した瞬間だった。
男の身体が、不自然に止まった。
呼吸はしている。
脈もある。
それなのに、身体から意思だけが抜け落ちたように動かなくなった。
「超絶さん?」
男の眼球が動いた。
右へ。
左へ。
上へ。
白目を剥きながら、ぐるりと1周する。
俺を見ていない。
何か別のものを見ている。
そして、声が聞こえた。
「──失敗」
男の輪郭が滲んだ。
「待て」
俺は首筋へ指を当てた。
脈はある。
まだ生きている。
だが、身体が黒く透けていく。
俺は男の肩を掴んだ。
指先が肉の中へ沈み、そのまますり抜ける。
皮膚も。
骨も。
服も。
捕縛糸も。
すべてが黒い染みとなり、湿った石床へ溶けていった。
「超絶さん!」
ネムハの声に振り返る。
昏睡していた5人の輪郭も、同じように滲んでいた。
ネムハが一番近くにいた男の肩を掴む。
「起きてください! 尋問のお時間ですよーッ!」
反応はない。
男は規則正しく呼吸を続けている。
生きている。
それでも、その身体はネムハの手をすり抜けて消えていく。
1人。
2人。
3人。
6人全員が、黒い染みとなって石床へ沈んだ。
落ちていた短剣も、吹き矢も、捕縛糸も、跡形もなく消えた。
残ったのは、湿った石床だけだった。
「超絶さん」
「ああ」
ネムハが剣を構え、周囲を見回す。
前の6人は全員死んだ。
今度の6人は、全員生きていた。
だが、結果は同じだった。
自害でもない。
死体を処分する仕掛けでもない。
最後に男は、失敗と言った。
俺は誰もいなくなった通路の奥を見た。
「……誰が、失敗と決めた?」




