第34報 死者が出る前に
ギルド1階の受付前は、まだざわめいていた。
副ギルドマスター室だった部屋の扉には、真新しい札が掛けられている。
特別未象対策室。
つい先ほどまでそこにあった役職名は、跡形もなく外されていた。
雑然としていた室内は、豪華絢爛な装飾品で彩られている。
その部屋の前で、ザイン・ルミナスは包帯姿のまま、無駄に背筋を伸ばしていた。
「これこそ、私の輝きにふさわしき新たなる舞台! 特別未象対策室、王都ルミナス家監修仕様です!」
執事たちが一斉に拍手する。
それからザインは、俺の肩に掛かったマントを満足げに眺めた。
「これで、そのマントに釣り合う部屋になりました。しかし、そのマントを着てダンジョンへ行かれては、せっかくの輝きが死臭にまみれてしまいますね」
「じゃあ宝箱が必要だな」
「……宝箱?」
「汚すとまずいんだろう。なら、専用の箱に防虫処理でもして放り込んでおけばいい」
「なるほど! さすがハダカデバネズミ。気が利く発言です。おい!」
ザインが指を鳴らした。
執事たちが一斉に動く。
どこに用意していたのか、木製のマネキンと、磨き上げられた透明な展示ケースが運び込まれた。
受付カウンター横の壁際に、あっという間に展示台が組み上がっていく。
作業が速い。
無駄に速い。
次にメイドが、俺からマントを脱がせる。
小声で「もう少し我慢を」と言われた。
もう少しで済めばいいが。
「どうぞ、旦那様」
「うむ」
ザインがメイドからマントを受け取ると、まるで聖遺物でも扱うようにマネキンへ掛けた。
家紋入りの留め具が正面に来るよう、丁寧に整えられる。
最後に透明なケースが被せられた。
「これでよし」
ザインは満足げにうなずいた。
執事たちが拍手する。
ぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱち。
拍手の中、ネムハが展示ケースの前に立ち、なぜか柏手をして深々と一礼した。
「我にブシドーの極意をお授けください……」
「知ってるわけないだろうが」
受付嬢が困った顔で展示ケースを見ている。
冒険者たちは、遠巻きにそれを眺めていた。
ギルドの受付横に、王都貴族の家紋入りマントが飾られる。
しかも、よく見ると俺の名前がデカデカと入っている。
全く意味がわからない。
エリフィアが指を差して笑っている顔が浮かぶ。
逆恨みでもいい。
絶対に死臭迷彩してやる。
だが、周囲の反応は違った。
昨日まで俺を死体清掃員と呼んでいた冒険者たちが、展示された家紋と、そこに刻まれた俺の名前を交互に見ている。
王都でも有数の貴族が、俺の身元と働きを公に保証した。
その事実は、俺が思っている以上に重いらしい。
「リカルドって、本当にルミナス家に認められたのか……」
「あのマントを飾るってことは、そういうことだろ」
「もう底辺の死体清掃員じゃないってことか?」
「本人の仕事は変わってないだろ」
「けど、前と同じ扱いはできねえよな……」
そこでザインが声を張る。
「見るのです! 下々の者よ!」
相変わらず大げさな身振りだ。
「特別未象対策室、そしてこのマントの輝きさえあれば、未象など数日で根絶やしとなるでしょう!」
その瞬間、執事たちがさらに大きく拍手した。
ぱちぱちぱち、と乾いた音が、妙に揃ってギルドの広間に響く。
「リカルド氏!」
ザインがこちらへ大股で歩いてくる。
顔色は悪い。
それでも、声だけは無駄に艶があった。
「貴方には改めて、私と共にこの新たなる舞台の隅に立つ権利を与えましょう。ハダカデバネズミとして、私の輝きをほんのわずかにでも引き立てる希少な存在ですからね!」
「……ありがたく頂戴する」
ネムハは、いつの間にか執事たちの列に混ざって拍手していた。
そして、彼らの前に出て深々とお辞儀する。
どこからか指揮棒を取り出した。
「では、プログラム3番、超絶有能さんの超絶有能さを称える歌を斉唱します!」
「やめろ」
「超絶~有能~♪」
「「超絶~♪ 有能~♪」」
「続けて歌うな」
なぜか普通に執事たちが歌いだす。
しかも、やたらうまい。
プロの歌声だ。
逆にやめてほしい。
「ハダカでマントの渋オジ~♪」
「「ハダカでマントの渋オジ~♪」」
「ただの変態だろ」
「はっ……えっちなのはお断りです!」
「「はっ……えっちなのはお断りです!」」
「もはや歌ですらない」
そこでザインが加わる。
「では次に、栄華を極めしこのザイン・ルミナスとルミナス家を称え、『ルミナス家賛歌~第23唄~』を披露するとしましょう」
「室長殿」
「ルミナース♪ 心のルミナース♪」
「「ルミナース♪ 心のルミナース♪」」
「23も作ったから歌詞がネタ切れになってるぞ」
そこへ、なぜかネムハも加わる。
「ハダカでマントのルミナース♪」
「「ハダカでマントのルミナース♪」」
「改変するな」
「ふむ、第52唄として採用です!」
「採用するな」
バンッ!
突然、乾いた音がギルドの広間を叩いた。
拍手が止まる。
振り返ると、受付カウンターの端で、ゴードンが紙束を叩きつけていた。
顔は赤黒い。
こめかみには太い血管が浮いている。
それでも、口元だけは無理やり笑みの形を作っていた。
「ずいぶんと、楽しそうではないか」
誰も答えなかった。
ゴードンの視線は、展示ケースに収まったマントへ向いた。
次に、特別未象対策室の札へ。
最後に、俺へ向いた。
「特任調査官、リカルド」
さっきまで死体清掃員風情と吐き捨てていた口が、今度は正式な役職名を呼んだ。
正式な依頼を出す以上、ゴードンも制度には従わなければならないらしい。
ゴードンは、叩きつけた紙束を指で押さえた。
「ちょうどいい。仕事だ」
受付嬢が肩を跳ねさせた。
周囲の職員が顔を見合わせる。
ゴードンは、その反応を押し潰すように声を張った。
「第7階層にて、未象と思しき現象が確認された。通路を進んだはずの冒険者が、何度も同じ地点へ戻される。誰もいない背後から同行者の声が聞こえ、影が本人とは異なる方向へ伸びる」
ゴードンは依頼書を指で叩いた。
「これまでに3組が同様の現象を報告している。軽傷者も出ている」
「死者は」
「まだ出ていない」
「報酬は」
「未象調査の基本報酬として金貨1万枚。緊急出動加算として5000枚だ。捕獲、標本回収、救助などの成果があれば別途加算する」
「なら問題ない。今すぐ行く」
ゴードンの眉がわずかに動いた。
断ると思っていたらしい。
新しい部署の看板を掲げた直後に危険な仕事を押しつければ、俺が尻込みするとでも考えたのだろう。
残念ながら、仕事で金が出るなら受ける。
そして、この場よりはダンジョンの方がマシだ。
俺は受付嬢を見る。
「午後の〈賢者の霊薬〉の資料閲覧は延期だ。戻った後の最短日へ変更しておいてくれ」
「承知しました。立会人にも連絡しておきます」
周囲から、いくつもの視線が向けられていた。
興味。
不安。
期待。
そして、少しの悪意。
新しい部署ができれば、期待する者もいれば、失敗を待つ者もいる。
どこの職場も同じだ。
「補佐官」
俺はネムハを見る。
頭と頬と腕には、まだ包帯が残っている。
「お前は居残りだ」
「わかりました」
「素直だな」
「セラらんと仲良く、超絶有能さんの帰りを待ってます」
「待て、やっぱり来い」
「嫌です」
「お前は俺の〈剣〉なんだろ」
「家具でもあります」
クソ、まずい。
〈賢者の丸薬〉を使うか?
さすがに無駄遣いすぎる。
「やれやれ」
ザインが大げさにため息をついた。
「貴方は本当に、部下の扱いがなっていませんね」
「室長殿にだけは言われたくない」
「これほど優秀な人材を置いていくとは」
「連れて行こうとしてるんだが」
「ガハーッ! ガハーッ!」
「血を吐くな」
ザインがパチンと指を鳴らすと、メイドと執事がネムハの両脇を抱えた。
「動かないように願います」
「えっ、まさか引っ越し……?」
「まだ家具設定なのか」
白金色の魔法陣が、ネムハの足元に展開する。
ザインが短く息を吸った。
「〈ハイ・ヒール〉」
柔らかな光がネムハの全身を包んだ。
光は必要な場所だけに集まり、包帯の下へ染み込んでいく。
裂けていた皮膚が閉じる。
傷ついた筋肉が戻る。
ネムハの顔色が、目に見えて良くなった。
ザインは派手で、性格にも難がある。
だが、魔法の腕は本物だ。
光が消える。
ネムハは自分の腕を曲げ伸ばしし、その場で軽く跳んだ。
今度は吐血しなかった。
「治ってる……!」
続けて高速で屈伸し、身体を捻り、なぜか空中で3回転半して着地する。
「完全復活! 3回転半ネムハ、ここに爆誕ーッ!」
ザインが片手で胸を押さえながら前に出た。
「では、これで憂いは断ちました。この私、ザイン・ルミナスも同行しましょう! 我が時空を超えし究極の〈セイント・スーパーノヴァ〉で、未象を一網打尽に浄化して差し上げます!」
「旦那様」
静かな声が、ザインの背後から響いた。
ルミナス家のメイドが、一歩だけ前へ出る。
表情は動かない。
「お怪我が治っておりません」
「治癒自体は済んでいます。この固定具は、医師が念のために着けたものです」
「では、医師の指示を無視して同行なさると、奥様へ連絡いたします」
「……それでは止めておくとします」
早かった。
驚くほど早かった。
ザインは咳払いを1つし、何事もなかったかのように顎を上げた。
「リカルド氏。今回は貴方に譲りましょう。私の輝きの代理として、せいぜい泥臭く働きなさい」
「室長殿も養生を」
「ふん。貴方に心配されるほど、私は落ちぶれていません。ああ、そうだ。別の未象案件を片付けておくとしましょうか」
「旦那様、奥様に」
「……養生しましょう」
メイドは静かに一礼した。
ゴードンは、そのやり取りを苦々しく見ている。
俺は依頼書を改めて見る。
ネムハが隣から覗き込む。
「第7階層、帰還現象、姿なき声、影の異常……まさかこれは……」
「なんだ」
「シノビマスターの仕業ッ?!」
「そうだな」
「ブシドーとシノビの因縁の対決……絶対に負けられない戦いがここにある……」
俺はネムハを無視し、依頼書を懐へ入れた。
背後で、ゴードンの視線が刺さっていた。
だが、振り返るほどの価値はない。
死者は、まだ出ていない。
なら、出る前に片付ける。
それが今回の仕事だ。




