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第31報 不死身の帰還

 冒険者ギルドの大広間は、朝から妙な熱気に包まれていた。


 依頼票を眺める者。

 硬いパンを齧る者。

 昨夜の武勇伝を盛って語る者。

 いつも通りの光景ではある。


 だが、その会話の端々に、同じ話題が何度も混じっていた。


「第9階層のやつ、聞いたか?」

「ああ。鏡の湖畔で、未象が出たんだろ?」

「しかも戻ってきた3人が、ギルドの中でいきなりぶっ倒れたって話だぜ」

「あの死体清掃員と、ギルド職員と、あと王都から来たエリートだろ?」

「エリートとギルド職員はともかく、あのリカルドが倒れるか?」

「血吐いてぶっ倒れたらしいぞ」

「死んだのか?」

「あいつが死ぬわけねぇだろ」

「まあ、治療院からしばらくは出てこねえな」


 その噂の主は、正面扉の前にいた。


 俺だ。


 別に盗み聞きするつもりはなかった。

 だが、朝のギルドでこれだけ好き勝手に名前を出されれば、嫌でも耳に入る。


 昨日、第9階層から戻った直後、俺とネムハとザインは、ギルドの床に倒れた。

 原因は、未象によって遅れていた損傷だ。

 現場で受けたはずの結果が、地上に戻ってからまとめて体に叩き込まれた。


 普通なら数日は寝込む。

 悪ければ、そのまま死ぬ。


 普通なら、だ。


 俺は扉を開け、いつも通りギルドに入った。


 大広間の空気が、ぴたりと止まる。


 誰かが木杯を落とした。

 乾いた音が、やけに大きく響いた。


 視線が一斉に集まる。

 驚愕。

 困惑。

 何かの見間違いではないかという期待。


 残念ながら、見間違いではない。


 俺はそれらを無視して、まっすぐ受付へ向かった。


「報酬を受け取りに来た」


 受付嬢は、俺の顔を見たまま固まっていた。


「……リ、リカルドさん?」

「なんだ」

「昨日、治療院に運ばれましたよね?」

「ああ」

「意識、ありませんでしたよね?」

「ああ」

「血を吐いてましたよね?」

「吐いてたな」

「なんで報酬を受け取りに来てるんですか!?」


 受付嬢の悲鳴に、大広間が一気にざわついた。


「おいおいおい、昨日倒れたよな!?」

「死体みたいな顔で運ばれてたぞ!」

「あれで翌朝、報酬だけ取りに来るのかよ!」

「金への執念が強すぎるだろ!」

「死体清掃員って不死身なのか!?」


 うるさい。


 仕事をした。

 報酬を受け取る。

 当たり前のことだ。


「治ったからだ」

「治ったって……」


 受付嬢は困り果てた顔をした。


「エリフィアを呼べ」

「ちょっと急用があるとかでいません。一応報酬は預かっています」


 奥から帳簿と、ずっしりと膨らんだ2つの革袋を取り出し、カウンターの上に置く。


 ずしり、と重い音がした。


「第9階層における未象調査の基本報酬、金貨1万枚。特1級危険区域への侵入手当、金貨5000枚」


 受付嬢は帳簿を確認し、最初の革袋を俺の前へ押し出した。


「ギルドからの支払いは、合計金貨1万5000枚です」


 解体糸の時よりは少ない。


 今回は未象を捕獲したわけでも、救助対象を複数連れ帰ったわけでもない。

 調査と危険度に対する報酬としては、妥当な額だ。


「それから、こちらはギルドからの報酬ではありません」


 受付嬢が、もう1つの革袋を置く。


「ルミナス家より、ザイン様の救命謝礼として金貨2万枚が届いています」

「2万枚?」


 周囲から、どよめきが上がった。


「ご、合計3万5000枚……?」

「一度の仕事でかよ……」

「王都の金持ちは桁が違うな……」


 俺は疑問を口にする。


「ザインの分は契約外だが?」

「ですから、ギルドの報酬ではなく、ルミナス家からの謝礼です。リカルドさんの判断と救助がなければ、ザイン様は生還できなかったとのことで」

「本人がそう言ったのか?」

「いえ。ザイン様付きの従者の方が、報告書と治療記録を確認して判断されたそうです。ただ、ご本人からの直筆メッセージもあります」

「いらん」

「読みますね」

「やめろ」

「『私の的確な指揮に最後まで応えた忠実な部下への褒賞です』と」

「返していいか」

「金貨2万枚をですか?」

「……受け取ろう」


 言い方は気に入らないが、金貨に罪はない。


 受付嬢は何とも言えない顔をしたあと、帳簿の別の欄へ視線を移し、小声になった。


「それと、回収された蜘蛛型個体の核についてですが、こちらは今回の支払いに含まれていません」

「いくらになる」

「前代未聞の回収物なので、査定には時間がかかります」

「前回の未象捕獲に比べたら、大したことないだろ」

「前代未聞に大小はありません!」


 受付嬢が、珍しく声を張り上げた。


「そもそも比較できる標本が存在しないんです! 素材なのか、魔物の器官なのか、未象の影響を受けた変異物なのかすら確定していません! 値段をつけるための基準がないんですよ!」

「つまり、安いのか」

「おちょくってるんですか! 現時点では、金額で計れないほど貴重だということです!」


 命懸けで寄り道しただけの価値はあったらしい。


「というか、なんでこんな超重要機密案件を、ただの受付嬢にやらせてるんですか!」

「俺に言うな」

「言います! リカルドさん、ギルドマスターに何とか言ってください! あの人と対等にやり取りできるのはリカルドさんだけでしょ!」


 受付嬢は大げさにため息をついたあと、スッと業務モードになった。


「研究機関による調査と評価が終わり次第、改めて報酬についてご連絡します」

「早めに頼む」

「それは私の仕事ではありません」

「セクショナリズムはよくないぞ」

「リカルドさんに言われたくありません」


 ジト目でこちらを見る受付嬢から2つの革袋を手に取り、中身を軽く確認した。


 ギルドから金貨1万5000枚。

 ルミナス家から金貨2万枚。


 合計、金貨3万5000枚。


 蜘蛛型の核については、さらに後から報酬が決まる。


 悪くない。


 背後から、またざわめきが広がった。


「な、なんて量だ」

「俺も死体清掃員になろうかな……」

「お前は清掃される側だ」

「ちげえねぇ」

「けど普通、翌日に受け取りに来るか?」


 普通かどうかはどうでもいい。

 俺にとっては必要なことだ。


 セラの薬代。

 食費。

 家賃。

 装備の補修費。

 情報料。

 緊急用の薬材。


 日常には金がかかる。

 金があれば、日常が過ごせる。


 俺は革袋を内袋にしまった。


 冒険者たちの騒ぎは収まらない。


「つうか、リカルドの野郎がまたなんかヤベえものを持って帰ってきたみたいだぞ」

「あまりに貴重で金額で計れないとかなんとか……」

「鏡の湖畔に行けば手に入るんだろ?」

「いや俺たちには無理だろ」

「でも夢を追うのが冒険者だろ?」


 それを聞いた受付嬢が、冒険者たちにニコリと笑いかけた。


「皆さん」


 その笑顔は、妙に怖かった。


「その話は、聞き間違いです。よろしいですね?」

「え、いやでも、受付嬢が大声で叫んでたんじゃ」

「そうだぜ、別に聞き耳立ててたわけじゃねぇんだが……」


 受付嬢の笑顔が、さらに深くなる。


「よろしい、ですね?」

「お、おう」

「俺は何も聞いてない」

「貴重な品なんてなかった」

「リカルドは報酬なんて受け取ってない」

「それは受け取ってるだろ」


 そういえば、もう1つ確認しておくことがある。


「〈賢者の霊薬〉の資料閲覧だが、どうなってる」

「閲覧準備が整っています。立ち会いもあるので、前日までに予約をお願いします」

「明日、予約しておいてくれ」


 受付嬢が書類を準備した、その時だった。


 正面扉が、再び開いた。


 妙に明るい鼻歌が聞こえてくる。


「ケンケンケン、剣になる〜♪ 自由を奪われモノになる〜♪ 魔剣ネムハ、ズバッと見参!」


 ネムハだった。


 頭に包帯。

 頬にも包帯。

 腕にも包帯。

 片足にも包帯。


 見るからに治療院から出てきてはいけない姿である。

 だが、本人は小鳥でも追いかけるような足取りでギルドに入ってきた。


 大広間が、再び静まり返る。


 ネムハは受付前の俺を見ると、バッと敬礼をした。


「これは我が生涯の主こと超絶有能さん! おはようございます!」


 ギルドがざわつく。


「お、おい、生涯の主って……」

「さっきの歌ってまさか……」

「あの包帯……」

「リカルドの野郎、金にモノを言わせてあんな可愛い娘を……」


 ネムハのせいで誤解が進んでいる。

 だが俺は理解されるために仕事をやってるわけじゃない。

 放っておく。


「大丈夫か?」

「はい! この通り元気であります!」


 ネムハはぴょんと跳んで、いつもの妙なクロスガッツポーズを取った。


 そして着地と同時に盛大に吐血した。


「ガハーッ!」

「大丈夫じゃなさそうだが」


 受付嬢が、無の表情でネムハを見る。


「ネムハさん、昨日、治療院に運ばれましたよね?」

「はいであります!」

「最低でも1週間は安静と言われていましたよね?」

「言われましたであります!」

「どうしてここにいるんですか!?」

「え? だって、這ってでも来て冒険者の『ありがとう』を集めるのがギルドですよね……?」

「地獄みたいな職場だな」


 それを聞いて、受付嬢が深いため息をつく。


「地獄は言いすぎですが、胃が痛くなるのは本当です。絶対安静のはずの患者が平然と出てくるし」

「だから俺は治った」

「あたしは治ってません!」

「私みたいなペーペーに機密案件を預けて、ギルドマスターはどこかへ行ってしまうし」

「まあ、あいつは昔からそういうところがあるからな」


 ネムハも大きくうなずく。


「たしかに、人になんか色々押し付けて、ヘラヘラ面白がる悪癖があることは否定できません!」

「そうですよ! このあいだも……」


 そこで受付嬢が口を押さえて無言になる。


「どうした?」

「あの……うしろ……」

「ん?」


 後ろを振り返る。


「やあ。元気そうで何よりだね」


 ギルドマスター、エリフィアだった。


「2人とも絶対安静と聞いていたが、なるほど、元気そうで本当に何よりだ」


 いつものように整った服装ではない。

 まるで走り回っていたかのようにあちこち乱れ、やや汗ばんでいた。


「ああ、ちなみにこっちは、大事な患者が2人も脱走したと聞いて、あちこち奔走していたのだけどね」


 そして、笑顔だった。

 かなりの笑顔。


「超絶さん、あたし、優秀だから気づいてしまったのですが」

「なんだ、補佐官」

「もしかして、ギルドマスターはか〜な〜り〜怒っているのでは?」

「奇遇だな。俺もそう思う」


 俺達はエリフィアの執務室に連行された。

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