第28報 人間剣舞、遅延する爆風
「いくぞ、補佐官」
「魔剣ネムハは全てを断つ……」
俺はネムハの手首を掴んだまま、グイッと右方向へ引っ張った。
筋肉と腱に直接、右へ、という物理的な方向を与える。
ブンッ。
ネムハの体が素直に反応した。
引っ張られた勢いを殺さず、そのまま遠心力に変えて長剣を振るう。
単純な横薙ぎ。
だが、A級冒険者の筋力と俺の体重が乗った一撃。
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
ネムハがそう言い終わった瞬間、飛びかかってきた蜘蛛型の影が両断された。
だが、俺からすると動きが硬い。
まだ彼女の意識が、自分で動こうとして邪魔をしている。
「思考を捨てろ。俺の指先の動きだけを感じろ」
「くそっ! あのとき人間としてのあたしを捨てたはずなのに! ……ヘナァ」
ネムハの力が抜ける。
他人に見せられない顔になってるのは、この際無視だ。
「次は左だ」
俺は手首を返し、今度は逆方向へ負荷をかける。
ネムハは体幹を捻り、バックハンド気味に剣を走らせた。
遅れて飛びかかってきた蜘蛛型の影が両断される。
「安心しろ、残像じゃ……」
「いや斬ってるだろうが」
ともあれ、意思の疎通は完了した。
俺の思考と、彼女の反射神経が直結する。
「少し難易度を上げるぞ」
俺の思考が加速する。
敵は空間を跳躍し、結果を先取りして襲ってくる。
だが、動きは単調。
対処は簡単だ。
右、45度。
5秒後に到達。
俺はステップを踏みながら、ネムハの手首を複雑に操作する。
引いて、捻って、押し込む。
「血が足りぬっ!」
物騒なことを言いながら、ネムハが舞う。
上体を反らして爪を回避し、その反動を利用して踏み込み、見えない敵の未来位置へ刺突を放つ。
俺は敵を斬っていない。
数秒後、奴らが現れる場所に、斬撃の結果を置いているだけだ。
一連の動作に淀みはない。
ズドンッ!!
一拍遅れて、そこに現れた蜘蛛型の影が内側から破裂する。
「ふはははは! この妖刀ネムハを扱いきるとはさすが超絶じゃ!」
「設定が変わってるぞ」
ザインが、目を見開いて叫んだ。
「さ、さすが私の従者! 王都の騎士を遥かに超える素晴らしい動きです!」
いつからあんたの従者になった。
そのとき、蜘蛛型の影たちの動きが止まった。
じり、と後ずさりをしだす。
それを見て、ザインがさらに叫ぶ。
「やったぞ! ヤツらめ、諦めたぞ!」
俺は構わずに、ネムハの手首を限界まで内側に捻り込み、バネのようにタメを作る。
「回るぞ」
「おまちかねっ!」
バッ!!
解放された筋肉のねじれが、爆発的な回転力を生む。
ネムハの体は独楽のように高速回転する。
「3、2、1……ここだ」
直後。
蜘蛛型の影たちが、移動の結果として、俺たちの周囲に出現した。
点ではなく、面での同時飽和攻撃。
奴らは一斉に跳躍し、俺たちの逃げ場を完全に塞ぐつもりだったのだろう。
だが、出現したその座標には――既に断絶の嵐が展開されていた。
ズババババババババッ!!
殺到した十数体の蜘蛛型の影は、自ら刃の渦へ飛び込み、一瞬で黒い霧に変わった。
「これが必殺の、45回転半オメガだーっ!」
「よかったな成功して」
俺がリードし、ネムハが舞う。
俺が脳となり、彼女が剣となる。
人間の使い方としては最悪だ。
だが、効果は出た。
包囲網が消滅する。
50いた蜘蛛型の影の群れは、一瞬にして半数以下にまで減っていた。
だが、状況は依然として最悪だ。
足場は完全に崩壊し、俺たちが立っている岩塊も、そろそろ停止領域へと沈む。
その時。
一瞬の空白が生まれた。
蜘蛛型の影たちが、次の攻撃を躊躇したのだ。
(……今だ)
俺は懐から1つの包みを取り出した。
鉱山採掘用の発破爆薬。
死体回収で崩落現場に入ることもある。
だから、採掘用の小型発破は常備している。
俺は導火線に火をつけた。
「なっ、何を……!」
ザインが目を見開く。
俺はためらうことなく、その爆薬を足元――奈落の底へ向かって放り投げた。
包みは闇の中へ吸い込まれていく。
「き、貴様、乱心したのですか!? あんなものでどうにかなるわけないでしょうが!」
「種まきだ」
俺はネムハを操作しながら、眼下の底を睨んだ。
黒い球体の周囲。
物理法則が死んだ空間。
そこに、キラリと光るものが浮いていた。
さきほど斬り捨てた、蜘蛛型の影モンスターの核だ。
赤黒く不気味に光るそれは、ゆっくりと未象の本体に向かって落ちている。
あれは未象本体ではない。
だが、それでも現象解析の一助となる希少な研究材料となるだろう。
つまり、報酬が弾むってわけだ。
「補佐官、飛ぶぞ。剣をしまえ」
「そろそろお別れのお時間ですね! 了解です!」
俺は岩盤の縁を蹴った。
だが、俺が選んだルートは上ではない。
あえて崩落の流れに乗り、下へと飛び降りる。
「え……まさか心中……? 剣と……? そういう趣味……?」
「あのなあ」
俺は、さらに深く沈んでいく巨大な一枚岩へ飛び移った。
「冒険者たるもの、未知を探求すべしだろ?」
「受けてたぁぁぁぁつ!」
落下途中。
ターゲットとの距離、あと5メートル。
俺はネムハをぶんまわす。
タイミングを計り、ネムハの手首の腱を圧迫した。
ギュッ。
その接触刺激に対し、A級冒険者の肉体は脊髄反射で反応する。
剣を振るうのと同じだ。
赤子が指を握り返すような、思考を介さない純粋な把握反射。
ガシッ。
ネムハの指が、意識するよりも早く、正確に結晶を鷲掴みにした。
「マジックハーンド! ……いや、ソード? ハンドソード?」
「よし、報酬確保」
だが、その寄り道の代償は大きかった。
ズズズズズ……ッ!
足場が加速する。
俺たちが乗っている一枚岩は、完全に重力に引かれ、下の停止領域へと落ちていく。
「お、終わった……! 落ちる……! 止まるぅぅぅ!」
ザインが絶望の悲鳴を上げる。
下には、あの黒い球体が口を開けて待っていた。
死だ。
あるいは、死ぬことすら許されない永遠の停滞。
だが、俺は冷静に心の中でカウントしていた。
(……3、2、1)
さっき投げた爆薬だ。
何もかもが停止する領域の手前で爆発するように投げた。
未象の影響で遅延した起爆時間が、今、ゼロになる。
「ゼロ」
カッ――!
世界が白く染まる。
俺たちの真下で、圧縮され、倍加された爆発エネルギーが一気に解放された。
ドオオオオオオオオオオオオオオッ!!
強烈なGが全身を襲う。
俺たちが乗っている一枚岩は、下からの爆風をまともに受け、巨大な砲弾となって射出された。
「ぎゃあああああああああッ!?」
「オメガーッ!!」
ザインの悲鳴とネムハの歓声が重なる。
俺たちは重力を振り切り、泥の濁流を飛び越え、クレーターの縁よりも高く舞い上がった。
眼下には、小さくなっていく黒い球体。
そして、獲物を逃して所在なく動き回る蜘蛛型の影たちの群れ。
宙を舞う岩盤の上で、俺は汗をぬぐった。
「悪いな。今日の仕事は終わりだ」
俺たちの体は放物線を描き、崩落の外縁へと落下していった。




