第21報 鋼鉄の獅子、頭を下げる
翌朝。
俺がギルドの重い扉を開けると、ロビーの空気が一瞬で凍りついた。
早朝のギルドは、依頼の受注やパーティ編成を行う冒険者たちでごった返している。その喧騒が、俺の姿を認めた途端、波が引くように静まり返ったのだ。
(……はぁ)
いつもなら、侮蔑の視線か、あるいは空気のように無視されるのが常だ。
昨日までなら、誰かがわざと肩をぶつけてきてもおかしくなかった。
だが今日は、誰も近づいてこない。
むしろ、俺が歩く前に、勝手に道が空いた。
畏敬、戸惑い、好奇心。
それらが入り混じった、居心地の悪い視線が俺に突き刺さっている。
その理由が、ロビーの中央に鎮座している一団にあることは明白だった。
「――来たか」
重厚な声とともに、1人の巨漢が立ち上がる。
この街最大手の武闘派クラン〈鋼鉄の獅子〉の団長、オルグレンだ。
その背後には、包帯姿も痛々しいメグとベス、そして数十名に及ぶクランの精鋭たちが、整列して控えている。
彼らは、俺の方へとゆっくり歩み寄ってくる。
周囲の冒険者たちが、慌てて道を開ける。
俺の目の前で、老戦士オルグレンが足を止めた。
その身長は2メートルを超えている。
見上げなければ顔が見えないほどの威圧感だ。
彼は、俺を無言で見下ろし――。
次の瞬間。
「――すまなかった!!」
フロア全体がビリビリと震えるような大音声と共に、老戦士はその巨体を折り曲げ、深々と頭を下げた。
「えっ!?」
「あ、あの〈鋼鉄の獅子〉の団長が……頭を下げた!?」
周囲から悲鳴のような驚きの声が上がる。
だが、老戦士は微動だにしない。
「貴公をただの掃除屋と見誤り、軽んじた非礼、詫びても詫びきれん」
オルグレンは、深く頭を下げたまま続けた。
「メグとベスに話を聞いた。あの場で、貴公がワシを止めてくれていなければ、ワシは確実に死んでいた。団長としての使命を果たせずに」
周囲のざわめきが、さらに大きくなる。
「いや、ワシの話はいい。それよりも、我がクランの未来である彼らを助けてくれたことだ……感謝する。この通りだ」
続いて、背後のメグとベスが、涙目で前に出る。
「リカルドさん……! 本当に、ありがとうございました! 私、あの時、ひどいことを言ったのに、それでも、あなたは助けてくれた」
「……脚は失いました。でも、命は残りました。あなたが戻ってきてくれたからです。このご恩は、一生忘れません」
2人が頭を下げると、背後に控えていた屈強な冒険者たちも、一斉に敬礼した。
「「「ありがとうございました!」」」
吼えるような声が、ギルドの大広間を震わせる。
壮観だった。
街のトップランカーたちが、最底辺職である死体清掃員に、敬礼している。
その事実は、周囲で見ている有象無象の冒険者たちの価値観を、根底から破壊するには十分すぎた。
「お、おい……あいつ、死体拾いだろ……?」
「違う。昨日から特任調査官だ」
「〈鋼鉄の獅子〉が頭を下げる死体拾いって何だよ」
「あいつ、本当に1人であの未象とかいうのを解決したのか?」
「すげぇ……マジかよ……」
「死体清掃員、普通にA級冒険者超えじゃねーかよ」
ざわめきが、称賛の熱を帯びて広がっていく。
(……参ったな)
俺は、内心で頭をかいた。
目立つのは好ましくない。
日常が崩れる。
だが、ここで無下にすれば、彼らの顔に泥を塗ることになる。
そうすると逆に目立つ。
俺は、できるだけ無表情を装って答えた。
「頭を上げてくれ。俺は依頼を受けただけだ。報酬もたっぷり貰った。ビジネスは成立している」
「金の問題ではない! 義の問題だ!」
オルグレンは顔を上げると、熱っぽい瞳で俺の肩を掴んだ。
「どうだ、リカルド殿。我が〈鋼鉄の獅子〉に来ないか? 貴公ほどの見識と胆力があれば、幹部待遇で迎え入れよう。もちろん、報酬も弾むぞ」
周囲が再びどよめく。
最大手クランからの、破格のヘッドハンティング。
だが、俺の答えは決まっていた。
「光栄だが、断る」
「なっ……何故だ!?」
「俺は組織には馴染まない。特に、あんたのところにはな」
〈鋼鉄の獅子〉。
その名の通り、勇猛果敢な戦士たちが集う最大手クラン。
「あんたのところは、前に出る連中の集まりだ。俺は、後ろで死体を拾う人間だ」
そこに俺のような人間の居場所などない。
オルグレンが何か言おうとしたそのとき、素っ頓狂な歌が聞こえてきた。
「シュシュッと~解決~♪ ムカざ~ぶろ~♪ いやムカ・ザ・グレート~♪」
ネムハだ。
「今日も定刻出社であります!」
彼女は無駄に元気な敬礼をしたあと、俺たちを見て、さっと表情を青ざめた。
「え……なにこれ……クーデター……?」
「どうしてそうなる」
「あたしのギルドは……? 未経験者歓迎のアットホームな職場は……?」
「たぶん地獄みたいな職場だぞ、それ」
相変わらずのズレた解釈に、思わず頭が痛くなった。
そこでオルグレンが、大きくため息をつく。
「……そういうことなら仕方あるまい」
オルグレンは、そこで何かをひらめいたかのようにうなずいた。
「技術顧問はどうだ。我らの至らぬ点の指導を頼みたい。何、空いた時間に来てくれればいい。報酬も十分出そう。これならば受けてくれるだろう?」
オルグレンがググイっと近づいてくる。
でかい。
「……契約内容次第だ」
「ヌハハ! 聞いたか。特務調査官殿が技術顧問になってくれるそうだ!」
「おい、まだ承諾は……」
「皆、感謝せよ!」
「「「ありがとうございました!」」」
耳が痛い。
ギルドが崩壊するかというくらいの大声だ。
まあ、オルグレンは不正を好まない、義理堅い傑物だ。
悪いようにはならないか。
そこで、なぜかネムハが、俊敏に〈鋼鉄の獅子〉の面々の前に飛び出た。
「では! 技術顧問であらせられる超絶有能さんを称える歌を斉唱! 超絶~有能~♪ シュシュッと解決~♪」
「なんだその歌は」
「「「超絶ーっ! 有能ーっ! シュシュッと解決ーっ!」」」
「続くなよ」
バカでかい歌声に、思わず頭を抱える。
チラリとオルグレンと目が合う。
彼はそこで、もう一度固く握手をしてきた。
「我々は貴公の味方だ! 協力できることがあれば何でも言ってくれ!」
「まず歌をやめさせろ」
「おい! もっと大声をご所望だ!」
「ムカ・ザ・グレート~♪」
「「「ムカ・ザ・グレートーっ!」」」
「ムカデの歌になってるぞ」
なんなんだこれは。
二重の意味で頭が痛い。
喧騒の中、俺はふと、頭上からの粘着質な視線を感じて2階の回廊を見上げた。
そこには、手すりを強く握りしめ、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨みつけている男がいた。
副ギルドマスター、ゴードンだ。
彼はこちらの視線に気づくと、忌々しげに何かを呟き、背後に控えていた部下に短い指示を出して、足早に去っていった。
その指示の内容までは聞こえない。
だが、あの表情が祝福でないことだけは確かだ。
(……やれやれ。ただで済むとは思えないな)




