第16報 未象を捕まえる
「未象『解体糸』を、捕獲する」
ネムハはそれを聞いて、大げさかつ感慨深げにうなずいたあと、ジトっとした目で俺を見てくる。
「あたしの髪飾りを犠牲にしたかいがありました……」
「それは……すまなかった」
まさか根に持っていたとは。
大切なものだったのか。
回収して、修理に回すか。
「それで、どうしますか?」
「要するに、集中状態の本体を捕らえればいいわけだ。これを使う」
俺は、背嚢から、1つの空の薬瓶を取り出した。
ただの瓶ではない。
〈魔力封じの瓶〉。
呪物化した魂魄器官や、暴走しかけた魔道具を回収するために、特殊回収員が携行する封印容器だ。
蓋を閉め、術式が噛み合った瞬間に、内部と外部の魔力を遮断する。
そして、その中に、取っておきを入れる。
「見れば見るほど分岐だらけだな」
ネムハが持ってきたムカデ型モンスターだ。
脚からさらに脚が生えているようなこの異形は、これまでのどの餌よりも奴の興味を惹くだろう。
「これをどこで拾ったんだ?」
「3階まで行ってきました。あそこ虫だらけなんで!」
「……行動が早いな」
「死ぬ気でがんばりました!」
あの短時間で3階まで行って、これを拾って戻ってきたのか。
補佐官としては、いろいろおかしい。
だが、今は助かる。
そして。
「こいつの特性も餌にぴったりだ」
そう言って、俺はムカデ型モンスターの脚をちぎる。
ネムハが驚いて叫んだ。
「む、ムカざぶろうーっ!」
「いつ名前をつけた。だが見ろ」
ちぎった脚をムカデに近づけると、ムカデはあっという間にそれを捕食し、また脚が生えた。
「む、ムカざぶろうーっ?!」
「リアクションが同じだぞ」
ムカざぶろうこと、エンドレスピード。
古くに不老不死の妙薬になると乱獲され、その数を激減させたレアモンスターだ。
あの大量の虫型モンスターの中に、よくもまあ、こんな当たりを混ぜてきたものだ。
いずれにせよ、お手柄だ。
「補佐官」
「はい!」
「俺の合図と同時に、この蓋を閉めろ。学習される前にだ。コンマ1秒でも遅れたら、終わりだと思え」
俺は、〈魔力封じの瓶〉の、特殊な蓋を彼女に渡す。
ネムハは、ゴクリと喉を鳴らした。
「こ……」
「こ?」
「効果音はどうしましょう……?」
「……シュポでいい」
ネムハは、ぱっと笑顔になった。
「わかりました! シュポっと解決です!」
素振りを始めるネムハに一抹の不安を抱えながら、俺はゆっくりと、未象『解体糸』が弄んでいるサンプルの1つへと歩き始めた。
ヤツは、ネムハが投げた、角の生えたモンスターの頭蓋骨を熱心に解体している。
その周囲には、目には見えないが、確かに集中状態の本体がいるはずだ。
俺はまず、薬瓶の蓋を開けたまま、その頭蓋骨のすぐ隣に、静かに置いた。
瓶の中には、ムカデ型モンスター、ムカざぶろうが蠢いている。
その、おびただしい数の脚。
脚からさらに分岐する、細かい体節。
それは、これまでのどのサンプルよりも、複雑で、グロテスクで、そして、美しい分岐構造を持っていた。
案の定、ヤツはすぐに反応した。
頭蓋骨を解体していた糸の動きが、ぴたり、と止まる。
そして、全ての糸が、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、一斉に、俺が置いた薬瓶の方へと向きを変えた。
(……食いついた)
だが、まだだ。
こいつを、完全に、瓶の中へと誘い込まなければならない。
ヤツの糸が、薬瓶の入り口を、ためらうように、探るように、行き来する。
瓶の内部と外部は、蓋を閉めるまでは繋がっている。
だが、術式が噛み合えば、そこで終わりだ。
じりじりと、時間が過ぎる。
俺の額に、冷たい汗が伝う。
早くしろ。
早く、中に入れ。
その時、ヤツの糸の1本が、ついに、瓶の内壁に触れた。
そして、次の瞬間。
まるで、極上の獲物を見つけた捕食者のように、全ての糸が、我先にと、瓶の中のムカざぶろうへと殺到していく。
集中状態の本体が、その意識と能力の全てを、瓶の中へと集中させていくのが、肌で感じられた。
(……今だ!)
俺は、ネムハに向かって、無言で、しかし、力強く頷いた。
「――シュポっ!」
ネムハの、どこか気の抜ける掛け声。
だが、動きは完璧だった。
彼女は、俺から受け取った特殊な蓋を、寸分の狂いもなく、薬瓶の口へと滑り込ませた。
カキンッ!
蓋が閉まると同時に、蓋と瓶本体に刻まれた封印術式が起動し、青白い光を放つ。
内部の空間が、完全に、世界から切り離された。
その瞬間、俺たちを囲んでいた、あの無数の、見えない糸の気配が、嘘のように霧散した。
煙に浮かんでいた糸の線が、力を失ったように消えていく。
通路を埋め尽くしていた、圧倒的なプレッシャーが消え失せる。
ただの、静かなダンジョンに戻った。
瓶の中では、捕らえられた糸が、何が起きたかもわかっていないかのように、ムカざぶろうをのんびりと解体している。
だが、その糸は、決して瓶の外へは出てこられない。
「……終わったな」
俺は、額の汗をぬぐう。
ネムハが、興奮した様子で、瓶を覗き込む。
「やりましたね、超絶さん! これが……けったいな糸の標本!」
「『解体糸』だ」
「ありがとう、さようなら、ムカデガロン……」
「ムカざぶろうだろうが」
俺は立ち上がると、ネムハから薬瓶を受け取った。
救助対象は生存。
死体は回収。
未象は捕獲。
初任務としては、十分だろう。
「帰るぞ。エリフィアに、面倒な土産を渡しにな」
俺たちは、回収した遺体と、捕獲した未象『解体糸』を手に、今度こそ本当に、昇降機でゆっくりとギルドへ向かった。




