↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/48

第15報 未象のルール

 昇降機の扉が閉まり、ゆっくりと上昇していく。

 まだ、格子状の隙間から、こちらを不安げに見つめるメグと、気を失ったままのベスの姿が見えた。


「え、超絶さん、残るんですか!?」


 メグの隣で、ネムハが驚きの声を上げる。


「ああ。そっちは頼む」


 俺は、短く答えた。


 生存者を無事に地上へ送り届ける。

 救助。

 それが、彼女に与えた最後の指示だ。


「おまかせあれ!」


 ネムハは、ビシッと敬礼を決めた。


 その、あまりにも快活な返事に、俺は一瞬、違和感を覚えた。

 だが、すぐに思考を切り替える。


 感傷に浸っている暇はない。

 ここからが、本当の仕事だ。


 救助は終わった。

 次は、こいつのルールを把握する。

 このまま放置すれば、被害が広がりかねない。


 俺は、上昇していく昇降機に背を向け、ヤツが夢中になっているサンゴの髪飾りに近づいた。


 そして、その解体作業を、息を殺して観察し始める。


 糸が、どのようにサンゴの分岐点に絡みつくのか。

 どのように力を加えるのか。

 そして、どのように分離させていくのか。


 その全てを、目に焼き付ける。


 安全とは言い難い。

 未知の敵を前にして、安全を確信することなどない。


 それでも、時間はまだある。


 ドランの死の記憶。

 魔術師の脚。

 そして、このサンゴの髪飾り。


 コイツの解体時間は観察済みだ。

 おおよその見当がつく。


 その前に、昇降機は戻る。


 それに、髪飾り以外にも餌候補はある。

 最悪の場合、自爆覚悟の糸切断手段も、いくつかある。


 思考の中でリスクを1つ1つ検証していると、不意に、背後から、ほとんど音もなく、気配が近づいてきた。


「お待たせしました!」


 振り返ると、そこには、誇らしげな顔をしたネムハが立っていた。


「……何をしている」


 彼女は、昇降機が数メートル上昇したところで、その隙間から飛び降り、壁を蹴ってここへ戻ってきたという。


「昇降機が上がれば、あとは安全です! なので、私は私の仕事に戻ってきました! はい!」


 彼女は、悪びれる様子もなく、当然のように言い放つ。


「指示を無視するな、補佐官」

「お言葉ですが、超絶有能さん! 私はあなたの部下ではありません! 〈剣〉です! 〈剣〉が、持ち主の手を離れるわけにはいきません! イエッサー!」


 彼女は、ビシッと、本日2度目の敬礼を決める。


 だが、そこで急に不安な顔でつぶやいた。


「え……? どこが刀身で、どこが柄……?」

「自分で始めた比喩だろうが」


 ネムハは、頭を抱える俺に、ひょうひょうと話しかける。


「で、どうするんですか? 超絶有能さんのことですから、この未象(みしょう)をシュシュっと解決する算段があるんですよね!」


 シュシュっとに合わせてシャドーボクシングをするネムハ。


 俺は、ため息をついた。


 こいつは、俺を買いかぶりすぎている。

 だが、その信頼は、今は好都合だ。


「まず、時間はあるから安心しろ」

「よ、よ、よかったぁ〜」


 不安だったのかよ。


 信頼は撤回だ。


「……なるべくコイツのルールを把握してから帰る。このまま放置したらどう被害が拡大するかもわからんからな」

「はい! ではあたしは何を……」


 そこで、ネムハは急に青ざめる。


「どうした?」

「まさか、えっちな――」


 俺は大きな咳払いをして、声を遮った。


「ドランの遺体と、ベスの脚を回収しろ。その後、こいつのおもちゃ(・・・・)になりそうなものを、片っ端から集めてこい。木の枝、モンスターの死骸、鉱石、何でもいい。条件は、枝分かれしていることだ」

「オッケーです! 枝分かれ、ですね!」

「30分以内だ」

「死ぬ気でがんばります!」


 ネムハは、快活な返事と謎のクロスガッツポーズとともに、あっという間に闇の中へと消えていった。


 その間に、俺は糸の未象(みしょう)の観察を続ける。


 サンゴの髪飾りが、少しずつ、バラバラにされていく。


 隣にいくつかのアイテムを置いてみるが、反応はない。

 手で引き裂いた木の枝にも無反応。


 なるほど。


 こいつは、分岐の数と複雑さに、より強く惹かれる。

 そして、人工的な分岐には興味を示さない。


 しばらくして、ネムハが戻ってきた。


 背嚢にはドランと、ベスの一部が入っているようだ。

 そして、手に持った大きな袋には、おびただしい数の分岐サンプルが詰め込まれていた。


 枝分かれした植物の根。

 角の生えたモンスターの頭蓋骨。

 結晶が複雑に絡み合った鉱石。

 そして、大量の虫型モンスター。


「虫か。悪くない」

「これとかめっちゃくちゃ脚多いですよ!」


 そう言ってネムハは自信満々にムカデ型モンスターをつまみ上げ、さっと表情を変える。


「え……気持ち悪ぅ……」

「……改めて見ると意外とな」


 その後、俺とネムハは、昇降機が戻ってからもすぐには帰らず、検証を続けた。


 分岐サンプルを餌として与え続ければ、解体糸はそちらを優先する。

 少なくとも、今はそう見える。


 ネムハが集めてきた多種多様なサンプルを投げ込み、未象の反応を1つ1つ記録していく。


「いまこっち来ました!」

「移動制限は距離ではなく時間か?」


「俺の斬撃は通るのか」

「え、ショック……」


「微弱な魔力差があるな」

「持っててよかった探知機器!」


 また、ネムハへの聞き取りも並行して行う。


「剣で斬ったときはどう感じた?」

「なんか、キュッとしたとこがあったのでそこをズバーンとしました!」

「なるほど。わかりやすい参考になった」

「優しい嘘!」


 その結果、この『解体糸』と、俺が仮称した未象(みしょう)の、恐るべき、しかし極めて論理的なルールが明らかになった。


 ――――――――――――

 【未象:解体糸 観察記録】


 以下は、報告時点での観察内容である。

 実際に対峙する場合は、十分な距離、退路、複数の脱出手段、複数の分岐餌を確保したうえで行動すること。


 第一条:執着対象

  ・本未象は、天然の「枝分かれした形」の物体に対し、極めて強い執着を示す。生物・無機物を問わない。

  ・逆に、枝分かれのない単純な形状の物体、ミミズ、スライム、ただの球体などは、無視する傾向にある。


 第二条:優先順位

  ・執着の度合いは、分岐の「数」と「複雑さ」に比例する。

  ・より複雑な分岐を持つ物体が現れた場合、現在解体中の対象を放棄し、新たな対象へと興味を移す。


 第三条:存在と行動

  ・本未象の本体は、視認できない。

  ・普段は、巣、すなわち糸の迷宮全体に、その気配が薄く広く分散している。

  ・「解体」を行う時のみ、その気配と能力のほとんどが、対象のすぐそばに集中する。この「集中状態」こそが、本未象に干渉できる唯一の状態と推測される。この集中状態を便宜的に「本体」とする。


 第四条:解体プロセス

  ・解体は、対象に糸を絡ませ、痛みも出血もなく、パーツを「分離」させることで行われる。

  ・その際、解体の基点となる、他よりも魔力反応が強い複数の「基点糸」が設定される。この基点糸を全て断ち切られると、解体プロセスは中断される。


 第五条:学習と適応

  ・本未象は、「集中状態」において、外部からの干渉、剣による切断、爆発による衝撃などを「学習」する。

  ・一度学習した干渉に対しては、それを無効化するように変化する。これにより、同じ攻撃は2度と通用しない。

  ・「学習」の詳細な範囲や期間などは未確認。


 第六条:移動仮説

  ・「集中状態」の本体は、周囲の糸との物理的な接続を全て断ち切られると、その場から動けなくなる可能性がある。

  ・ただし、僅かな糸の繋がりさえあれば、そこを伝って移動し、再び巣全体に気配が分散してしまうと推測される。

 ――――――――――――


「さて、やることは決まったな」

「やることですか?」

「ああ、対処方法はわかった。だが、このままダンジョンをうろうろされても困る」


 俺は立ち上がる。


「未象『解体糸』を、捕獲する」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。