第14報 分岐
メグが糸に捕捉されたのを認め、俺は即座に煙幕弾を放つ。
彼女の全身に、いつの間にか、透明な糸が、無数に絡みついていた。
「……!」
絶望の顔で、メグの体が、ゆっくりと宙に吊り上げられていく。
解体が、始まる。
「補佐官!」
俺が叫ぶより早く、ネムハは動いていた。
彼女は腰の長剣を抜き、メグの全身に絡みついた、光る糸を斬りつけようとする。
だが。
ガキンッ!
これまでとはまったく違う、硬い金属音が通路に響き渡った。
糸が、刃に絡みつき、噛み込んだ。
ネムハの剣は、糸を斬るどころか、その場で完全に動きを止めていた。
「んぐっ……剣が、離れない!?」
俺は背嚢から、指向性の小型爆薬を取り出した。
メグの話では、爆裂魔法が効くはずだ。
だが、おそらくこれも。
俺は、爆薬を、糸が集中している箇所へと投げつけた。
「伏せろ!」
轟音と共に、爆風が通路を吹き抜ける。
だが、メグを吊り上げていた糸は、その衝撃がなかったかのように、びくともしない。
(学習するのかっ……!)
俺は舌打ちした。
さっきまで糸は、斬れた。
爆裂魔法でも、一瞬だけ自由を取り戻せた。
だが、今は違う。
「剣による切断」、および「爆発」を、この未象は学習した。
そして、今度は、それに耐えるように、糸の性質を変化させた。
「ちっ……!」
同じ破壊方法は、2度と通用しない。
この糸は、リアルタイムで、俺たちの対処法に適応し、進化している。
(徒手空拳はおそらく無意味。他の方法は……)
俺の持つ糸の切断手段を、一瞬でリストアップする。
その間にも、メグの腕が、肩から、音もなく外れようとしていた。
(いや、違う。そうじゃない)
俺は、高速で、これまでの情報を脳内で統合する。
死の追体験で見た、あの映像。
木。
川。
血管。
乾いた根。
白い線。
どこにも繋がらない地図。
バラバラにされ、再配置される、人体のパーツ。
その時、俺の視界の隅に、あるものが映った。
通路の壁際、瓦礫の影で、1匹のミミズ型のモンスターが、静かに身を潜めていた。
こいつは、あの糸の犠牲になっていない。
俺たちよりも先にこの部屋にいたのにだ。
なぜだ。
なぜ、奴は襲われない。
俺たちとの違いは、なんだ。
(……そうか)
ミミズ。
一本の線。
ネムハに這い寄ってきたウジ虫も同じだ。
あれも、一本の線だった。
だが、人間の体は違う。
腕がある。
脚がある。
指がある。
枝分かれしている。
地下茎。
枝。
血管。
川。
根。
俺が死の記憶で見たものも、すべて同じだった。
――分岐。
その言葉に、俺の脳裏で、全ての情報が1つの答えへと収束した。
メグの腕。
ベスの脚。
ドランの身体。
死臭に這い寄るウジ虫。
この階層にしては不自然なほどに散らばった木の枝。
こいつは、分岐に執着しているんだ。
「補佐官!」
「はい!」
「借りるぞ!」
「は?! えっ?! ちょまっ!?」
俺は、ネムハの付けていた髪飾りを引きちぎる。
それはサンゴだった。
精巧な、幾重にも枝分かれした、自然が生み出した完璧な分岐構造。
「ほらよ!」
俺は髪飾りを、メグが吊り下げられている場所とはまったく別の方向へと、なるべく糸を通過するように力いっぱい投げつけた。
カラン、と。
サンゴの髪飾りが硬い床に落ちて、乾いた音を立てる。
一瞬の、静寂。
メグを吊り上げ、その腕を解体しようとしていた糸の動きが、ぴたり、と止まった。
まるで、目の前の獲物と、新たに現れた、より複雑で魅力的なおもちゃとを、天秤にかけているかのように。
そして、次の瞬間。
メグを拘束していた全ての糸が、まるで興味を失ったかのように、スルスルと解けていった。
解放されたメグが、ドサリと落下する。
「大丈夫か!」
俺はメグを抱え、ネムハは置き去りにしていたベスを担ぎ直す。
「補佐官! 分岐してるものを、ありったけ投げろ! 装備でも、道具でも、何でもいい!」
ネムハは、すぐに俺の意図を理解した。
彼女は、さまざまな分岐構造を持つものを、次々と部屋のあちこちへと投げ放つ。
糸は、そのたびに、興味を惹かれたように、その動きを止める。
その隙をついて、俺たちは、今度こそ、上階へ戻るための昇降機へと全力で走り抜けた。
そして――。
「入れ!」
「えっ!」
「補佐官! 上に着いたらすぐに昇降機を寄越せ!」
俺は3人を昇降機に押し込み、そのまま起動させる。
昇降機が音を立てて、ゆっくりと上階へと移動していく。
メグが驚愕した表情で叫ぶ。
「な、何してるのっ!! 死ぬ気!?」
「いや――」
俺は、少しずつ解体されていくネムハの髪飾りをチラリと見て、独り言のように呟いた。
「仕事が、残ってる」
次の仕事だ。




