第13報 巣のど真ん中
「――俺たちは、とっくに、巣のど真ん中にいるんだからな」
俺が投げた煙幕弾が、通路の先で煙を広げる。
煙が、びっしりと張り巡らされた糸を可視化する。
「なるほどです」
ネムハは何ともなさそうだ。
だが、パーティ〈鉄の斧〉のヒーラーは、その光景を見て、今度こそ完全に希望を失った顔でへたり込んだ。
俺は、彼女に短く告げた。
「落ち着け。活路はある」
ヤツが魔術師の片足の解体を終えるまで、まだ時間はある。
少しでも遠くに逃げ、その間に情報を得る。
そのために、このヒーラーには立ち直ってもらわないとならない。
「俺はリカルド、こっちはネムハ。この手のモンスターの専門家だ。所属と名前は言えるか?」
正確には、専門は死体だ。
だが、怯えた生存者から情報を引き出すには、このくらい言ったほうがいい。
「て、〈鋼鉄の獅子〉所属パーティ、〈鉄の斧〉のメグ……」
「よし、いいぞ。メグ、歩けるか」
少し落ち着きを取り戻したメグを立たせ、周囲を警戒しながら昇降機に向かう。
「歩きながら状況を話せ。お前たちが、この階層に入ってから、何があった? どんな些細なことでもいい。思い出せる限りでいい」
メグは、怯えながらも、途切れ途切れに語り始めた。
「リーダーの、ドランが……野営地を出ようとした、その時でした。突然、金縛りにあったみたいに、動けなくなって……」
メグの顔が、恐怖に歪む。
「私とベスで、必死に彼を動かそうとしたんです。でも、まるで地面に根が生えたみたいに、びくともしなくて……。そうこうしているうちに、彼の腕が……脚が……。私が回復魔法をかけても、傷がないから、全く意味がなくて……。私たちは、怖くなって、逃げ出したんです……」
彼女の目から、涙がこぼれ落ちる。
仲間を見捨てた罪悪感が、彼女を苛んでいるのだろう。
「でも、すぐに私も捕まって……。もう駄目だと思った時、ベスが、がむしゃらに、あちこちへ爆裂魔法を撃ちまくったんです。そしたら、一瞬だけ、体の自由が戻って……。2人で、必死に逃げて……」
「だが、次に、ベスが捕まった」
俺の言葉に、メグは、嗚咽を漏らしながら小さく頷いた。
「私は……何もできなかった。ドランがやられた時の光景が、頭から離れなくて……体が、言うことを聞かなかったんです。目の前で、ベスが、声もなく、解体されていくのを……ただ、見ていることしか……」
俺は、静かに声をかけた。
「ああ。自分の身体が静かに分解されていく恐怖は、底知れない」
それは、俺自身の偽らざる実感だった。
死の追体験で、俺はその絶望を追体験した。
だが、彼女は、苛立ちと侮蔑が混じった目で俺を睨みつけた。
「……あなたに、わかるわけない! あれに、捕まったこともないくせに、知ったような口をきかないで!」
その言葉に、隣を歩いていたネムハが、ぴくりと反応した。
彼女は、普段のひょうひょうとした態度とは違う、真剣な眼差しでメグを見つめた。
「いいえ、違います」
ネムハは、きっぱりと言った。
「この人は、あなたと同じく、あれに、仲間を目の前で殺されながら……それでも、たった1人で生き延びたんです。あなたと同じ、いえ、それ以上の恐怖を、その身に刻みつけているはずです」
ネムハの言葉に、メグはハッとして、俺の顔を見た。
彼女が言っているのは、13階層の事件のことだ。
(まあ、俺はその仲間の死体を躊躇なく引き裂いたわけだが)
若干、バツが悪くなる。
だが、メグの目に、先ほどまでの敵意はなかった。
驚き。
同情。
そして、かすかな尊敬の色が浮かんでいた。
「……ごめんなさい。あなたも、辛かったのね……」
俺は、何も答えなかった。
だが、メグは、ふっと力なく笑った。
「……私を、励ましてくれたのね。あなた、優しいのね」
優しい、か。
俺が?
笑わせる。
俺は、妹の薬代のために、死体から金目の物を剥ぎ取る、ハイエナのような男だ。
俺は答える代わりに、これまでの情報を統合する。
捕らえられたら、一切動くことも、動かすこともできない。
だが、切断でも爆破でも、糸を断ち切れば助かる。
(糸だけなら、対処できる)
俺の思考を読んだかのように、ネムハが十字のガッツポーズを取る。
「ご安心を! お2人がつかまったら、私がシュシュっと解決してみせます! そして、私がつかまったら……」
そこで、ネムハは絶望的な顔になる。
「え……? 終わりの、始まり……?」
「俺はどうした」
ネムハは、きょとんとした顔でこちらを見る。
「戦闘力皆無の甲斐性なし?」
「よしわかった。任務が終わったら実地で模擬戦だ」
「受けてたぁぁぁつ!」
笑い声がする。
メグが、くすくすと笑っていた。
「こんな時に、緊張感がないのね。でも、むしろ頼もしいわ」
前方に、昇降機の乗り場が見えてきた。
「……あった! 出口よ!」
希望の光を見たメグが、安堵の声を上げる。
緊張の糸が、そこで切れたのだろう。
彼女は、俺たちの制止も聞かず、一気に昇降機の乗り場へと駆け出した。
「馬鹿! 待て!」
だが、遅かった。
昇降機の乗り場、その数歩手前で、メグの足が、何もない空間で、ピタリと止まった。




