↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/48

第13報 巣のど真ん中

「――俺たちは、とっくに、巣のど真ん中(・・・・・・)にいるんだからな」


 俺が投げた煙幕弾が、通路の先で煙を広げる。

 煙が、びっしりと張り巡らされた糸を可視化する。


「なるほどです」


 ネムハは何ともなさそうだ。

 だが、パーティ〈鉄の斧〉のヒーラーは、その光景を見て、今度こそ完全に希望を失った顔でへたり込んだ。


 俺は、彼女に短く告げた。


「落ち着け。活路はある」


 ヤツが魔術師の片足(・・)の解体(・・)を終えるまで、まだ時間はある。

 少しでも遠くに逃げ、その間に情報を得る。

 そのために、このヒーラーには立ち直ってもらわないとならない。


「俺はリカルド、こっちはネムハ。この手のモンスターの専門家だ。所属と名前は言えるか?」


 正確には、専門は死体だ。

 だが、怯えた生存者から情報を引き出すには、このくらい言ったほうがいい。


「て、〈鋼鉄の獅子〉所属パーティ、〈鉄の斧〉のメグ……」

「よし、いいぞ。メグ、歩けるか」


 少し落ち着きを取り戻したメグを立たせ、周囲を警戒しながら昇降機に向かう。


「歩きながら状況を話せ。お前たちが、この階層に入ってから、何があった? どんな些細なことでもいい。思い出せる限りでいい」


 メグは、怯えながらも、途切れ途切れに語り始めた。


「リーダーの、ドランが……野営地を出ようとした、その時でした。突然、金縛りにあったみたいに、動けなくなって……」


 メグの顔が、恐怖に歪む。


「私とベスで、必死に彼を動かそうとしたんです。でも、まるで地面に根が生えたみたいに、びくともしなくて……。そうこうしているうちに、彼の腕が……脚が……。私が回復魔法をかけても、傷がないから、全く意味がなくて……。私たちは、怖くなって、逃げ出したんです……」


 彼女の目から、涙がこぼれ落ちる。

 仲間を見捨てた罪悪感が、彼女を苛んでいるのだろう。


「でも、すぐに私も捕まって……。もう駄目だと思った時、ベスが、がむしゃらに、あちこちへ爆裂魔法を撃ちまくったんです。そしたら、一瞬だけ、体の自由が戻って……。2人で、必死に逃げて……」

「だが、次に、ベスが捕まった」


 俺の言葉に、メグは、嗚咽を漏らしながら小さく頷いた。


「私は……何もできなかった。ドランがやられた時の光景が、頭から離れなくて……体が、言うことを聞かなかったんです。目の前で、ベスが、声もなく、解体されていくのを……ただ、見ていることしか……」


 俺は、静かに声をかけた。


「ああ。自分の身体が静かに分解されていく恐怖は、底知れない」


 それは、俺自身の偽らざる実感だった。

 死の追体験(デス・トレース)で、俺はその絶望を追体験した。

 だが、彼女は、苛立ちと侮蔑が混じった目で俺を睨みつけた。


「……あなたに、わかるわけない! あれに、捕まったこともないくせに、知ったような口をきかないで!」


 その言葉に、隣を歩いていたネムハが、ぴくりと反応した。

 彼女は、普段のひょうひょうとした態度とは違う、真剣な眼差しでメグを見つめた。


「いいえ、違います」


 ネムハは、きっぱりと言った。


「この人は、あなたと同じく、あれ(・・)に、仲間を目の前で殺されながら……それでも、たった1人で生き延びたんです。あなたと同じ、いえ、それ以上の恐怖を、その身に刻みつけているはずです」


 ネムハの言葉に、メグはハッとして、俺の顔を見た。

 彼女が言っているのは、13階層の事件のことだ。


(まあ、俺はその仲間の死体を躊躇なく引き裂いたわけだが)


 若干、バツが悪くなる。

 だが、メグの目に、先ほどまでの敵意はなかった。

 驚き。

 同情。

 そして、かすかな尊敬の色が浮かんでいた。


「……ごめんなさい。あなたも、辛かったのね……」


 俺は、何も答えなかった。

 だが、メグは、ふっと力なく笑った。


「……私を、励ましてくれたのね。あなた、優しいのね」


 優しい、か。

 俺が?


 笑わせる。

 俺は、妹の薬代のために、死体から金目の物を剥ぎ取る、ハイエナのような男だ。


 俺は答える代わりに、これまでの情報を統合する。

 捕らえられたら、一切動くことも、動かすこともできない。

 だが、切断でも爆破でも、糸を断ち切れば助かる。


(糸だけなら、対処できる)


 俺の思考を読んだかのように、ネムハが十字のガッツポーズを取る。


「ご安心を! お2人がつかまったら、私がシュシュっと解決してみせます! そして、私がつかまったら……」


 そこで、ネムハは絶望的な顔になる。


「え……? 終わりの、始まり……?」

「俺はどうした」


 ネムハは、きょとんとした顔でこちらを見る。


「戦闘力皆無の甲斐性なし?」

「よしわかった。任務が終わったら実地で模擬戦だ」

「受けてたぁぁぁつ!」


 笑い声がする。

 メグが、くすくすと笑っていた。


「こんな時に、緊張感がないのね。でも、むしろ頼もしいわ」


 前方に、昇降機の乗り場が見えてきた。


「……あった! 出口よ!」


 希望の光を見たメグが、安堵の声を上げる。

 緊張の糸が、そこで切れたのだろう。

 彼女は、俺たちの制止も聞かず、一気に昇降機の乗り場へと駆け出した。


「馬鹿! 待て!」


 だが、遅かった。

 昇降機の乗り場、その数歩手前で、メグの足が、何もない空間で、ピタリと止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。