第12報 不可視
「――誰か助けてぇぇぇぇっ!!」
甲高い悲鳴が、静寂を切り裂いた。
間違いない。
〈鉄の斧〉の、残りのメンバーの声だ。
「行くぞ!」
「はいっ!」
俺たちは、声のする方へと全力で走った。
角を曲がった先で、信じられない光景を目の当たりにする。
パーティの魔術師らしき女が、見えない何かによって宙に吊り上げられ、空中に固定されていた。
そして、その足が、股関節から、音もなく、綺麗に外れた。
「いやあああああっ!」
最後の1人、ヒーラーであろう女が、その光景を見て、腰を抜かしてへたり込んでいる。
「超絶さん、あれは……!」
「落ち着け。何か、見えないもので張り付けられている」
魔力感知不能。
不可視。
だが、俺の脳裏に、さっき視た死の記憶が蘇る。
対象は、まず動きを封じられる。
そのあと、ゆっくり解体される。
なら、何かが体を固定している。
見えないだけで、そこにある。
この第5階層に降り立った時から感じていた、僅かな違和感もある。
空気が、妙にまとわりつくような感覚。
(……おそらく)
俺は、背嚢から煙幕弾を取り出した。
ただの煙幕弾ではない。
モンスターの粘液を混ぜ込み、煙に強い付着性を持たせた、俺の特製品だ。
見えないトラップや、死体に付着した危険な液体などを見えるようにする、死体清掃員用の道具でもある。
「補佐官! 俺が合図したら、煙の中に見えるものを、ありったけ斬れ!」
「え? あ、おまかせあれ!」
俺は、煙幕弾のピンを抜き、宙に浮く魔術師の足元へと全力で投げつけた。
パンッ、という乾いた音と共に、濃い煙が周囲に立ち込める。
そして、俺たちの目に、見えないはずのものが映し出された。
糸だ。
実際には糸は見えない。
だが、煙の粒子が細い糸を形作っていた。
その糸は、魔術師の四肢や首に絡みつき、彼女を宙へと吊り上げ、そして、天井の闇へと無数に繋がっていた。
「糸……?」
「補佐官! やれ!」
俺の怒声に、ネムハはハッと我に返る。
「はいっ!」
腰の長剣を抜く。
一瞬で魔術師の元へと駆け寄る。
壁を蹴り、宙を舞う。
シュバ、シュバ、シュバッ、と空気を切り裂く音。
そして、剣閃。
魔術師に絡みついていた糸が、次々と断ち切られていく。
彼女の剣技は、エリフィアの言葉通り、A級冒険者に確かに匹敵する、洗練されたものだった。
拘束を解かれた魔術師が、片足を失った状態で落下する。
「ナイスなキャッチ!」
ネムハがそう言いながら、落下してきた魔術師をしっかりと受け止める。
だが、安堵する暇はなかった。
断ち切られたはずの糸が、まるで生きているかのように、再び俺たちに向かって伸びてくる。
しかし、その動きは、どこか鈍い。
俺がふと、先ほどまで魔術師が吊られていた空間に目をやる。
そこには、先ほど切り離された脚だけが、再び糸に絡め取られ、ゆっくりと解体され始めていた。
(……なるほど。こいつは、逃げた獲物より、目の前の獲物か)
ヤツは、残った脚を解体するのに夢中になっている。
今が、好機。
「補佐官! 撤退するぞ!」
「はい!」
ネムハが、片足を失った魔術師を抱える。
俺は、動けずにいるヒーラーを担いだ。
俺たちは、背後で続く不気味な解体作業に目もくれず、来た道を引き返し始めた。
助かった。
少なくとも、この場は。
***
部屋から離れると、ヒーラーの女は、安堵からか、その場に泣き崩れそうになった。
ネムハは、片足を失った魔術師を壁際にそっと降ろす。
「……おい」
俺は、そんな2人に一声かけ、静かに、もう1つの煙幕弾を取り出した。
ネムハが、訝しげな顔で俺を見る。
「超絶さん? もう、未象は……」
「ああ、追ってはこないだろうな。なにせ――」
俺は、煙幕弾のピンを抜き、今度は、俺たちがこれから進むべき通路の先へと、静かに転がした。
煙が、ゆっくりと広がっていく。
「――俺たちは、とっくに、巣のど真ん中にいるんだからな」
その言葉と同時に、煙の中に、絶望的な光景が浮かび上がった。
通路の、壁、床、天井。
その全てに、あの透明な糸が、びっしりと、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
俺たちが今まで歩いてきた道も、これから進むべき道も、すべてが、見えざる解体者の、巨大な罠の上だった。




