暴走、妄想、また妄想
アリアは教会で用事を済ませると、礼拝堂で熱心に祈りを捧げる男を見つけた。
それ自体は特に問題のない、ありふれたものだったが、どこか鬼気迫るものを感じた。
ふむ……と軽く口にして、その男の側に行ってみる。
「――あ!!」
「えっ!?」
どう話し掛けようかと考えていると、男は突然アリアの方を見て、大きな声を出した。
明らかに、アリアに何かを期待している眼差しだった。
「神職者様、聞いてください!!」
「えぇっと……、はい……?」
話し掛けようとしていたにも関わらず、突然話し掛けられてしまった。
アリアはタイミングを完全に逃して、引き気味で返事をする。
「俺、トラヴィスっていいます。実はすごく悩んでいることがありまして……。
それで、昨日からずっと祈りを捧げていたんです!!」
「そ、それはご苦労な――いえ、熱心なことで」
「でも、オルビス様は俺の願いを叶えてくれないんです!!」
「……はぁ。信仰というのは、基本的にはお悩み解決箱ではありませんからね。
日々を真面目に暮らして、自らを高めてください」
「そういう模範的な答えはどうでもいいんです!!」
「えぇ……」
アリアは困ってしまった。
これは熱心な信徒ではなく、ただの迷惑な信徒だ。
そもそもこの教団の教義すら、まともに読んだことがなさそうだ。
「俺には、憧れの人がいるんです。
でも、その人にはどうやってもなれません。なれるわけもありません。
いくら努力しても、まったく届かないんです。それって、とても悲しいじゃないですか!!」
「うーん。あなたはあなた、その人はその人、ですからね」
「そういう模範的な答えはどうでもいいんです!!」
「えぇ……」
……汎用性が高いなぁ。
アリアはトラヴィスの言葉を聞いて、そう思った。
しかし、自分が使うには程度が低いな……とも思ったので、脳内のゴミ箱にさっさと捨てることにした。
「はぁ~……、俺はどうしたらいいんだ。
もし悩みを解決してくれる人がいたら、教会にたくさんの寄付金を払っても良いのに!!」
「ああ、それならここのシスターを呼びましょうか」
近くを通りかかったシスターに、アリアは声を掛けた。
しかし一礼だけして、慌ててその場を離れてしまう。
「ここのシスターにはもう、全員に相談済みです!
でもみんな、模範的な答えしか返ってきませんでした!」
「それならつまり、ここではそういう答えしか返ってこないわけで……。
他のところに行った方が良いんじゃないですか?」
「そんな! 解決したら、寄付金を払っても良いのに!!」
「はぁ……」
今日は比較的いい一日だったが、トラヴィスのせいで、一気に台無しになったような気がする。
さてどうしたものか、とアリアは考え始めた。
「――ちょっと! どこに行くんですか!!」
アリアが頭を空っぽにしながら立ち去ろうとすると、トラヴィスから再び大きな声を掛けられた。
彼はアリアの服を掴もうとしていたが、何やら手のひらを、広げたり、閉じたりしている。
「……はぁ。
分かりましたよ、力になりますよ」
アリアはトラヴィスを連れて、教会の外の、小さな庭に場所を移した。
人影は少なく、誰もこちらを見てはいないようだ。
「それでは、あたしが祝福をしますので、まぁ、良い感じで、良い感じにしてください」
「そうすれば、俺の願いは叶いますか!?」
「さぁ……?」
アリアの祝福を受けたところで、良い結果になる場合もあるし、良くない結果になる場合もある。
そもそもそれは、本人次第だ。本人が頑張れば、上手くいく……場合もあるし、いかない場合もある。
当たるも八卦、当たらぬも八卦……。
「――ならば祝福を与えよう。
汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」
アリアはトラヴィスの額に、突き刺して捻じるように触れた。
トラヴィスは期待を胸に、頬を赤らめながら期待の表情を浮かべている。
「――神の祝福はここに在り。
望みと共に、その魂から発芽せよ――」
トラヴィスは額に一瞬の熱さを感じたあと、右目が熱くなるのを感じた。
今までに感じたことのない、凄まじい熱量が渦巻いていく。
「あなたが手に入れたギフト――異能は、『憑依』――
……って、えぇ!? 何でこんな力が!?」
「え……? 憑依……? そんな能力が、俺に……?」
トラヴィスは自分の両手を交互に見たあと、改めて右目を押さえた。
「――分かる、分かるぞ!
他人の身体を奪う方法が、今の俺には分かるッ!!」
アリアの問いに、トラヴィスはゆっくりとアリアに笑いかけて――
……そして、突然ダッシュを決めた。
「ちょ、ちょっと!? どこに行くの!!?」
「へいへいへーい!! 今行くよ、エイミーちゃあん♪」
……アリアの顔が引きつった。
いつもより面倒な相手だとは思っていたが、それ以上に、どうしようもなく面倒な相手なのだと確信した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はっはっはーっ!
ついにエイミーちゃんになれたぞ!!」
アリアがトラヴィスを追い掛けていくと、そんなことを言う少女がガッツポーズを取っていた。
少女の前では、トラヴィスの身体が地面に倒れている。
「『憧れの人』って、そういう意味だったの!?
そりゃ、女の子にはなれないよねー!!?」
「ふふふ、これからは俺がエイミーちゃんだ! むふふ、いろいろと楽しみだぜ……!
……ああ、神職者さん。俺の元の身体は、もう自由にしてくれ!」
「そんなことしたら、その子はずっと憑依されたままでしょう!?」
憑依の異能は、元の身体の眼を媒介とするため、憑依先の人間から別の人間へは憑依することが出来ない。
また、元の身体が死んだ場合は、ずっと憑依したままになる……という特徴がある。
つまり、トラヴィスの身体が生命活動を停止した場合、エイミーという少女は、ずっとトラヴィスに身体を奪われたままになるのだ。
「んんっ。あー、おほん。
……私はエイミー。そんなことは知らないわ!!」
アリアの背筋に寒気が走った。
そもそもアリアは、憑依という異能が嫌いだった。生命や身体だけではなく、尊厳や存在すらも奪ってしまうからだ。
もしもアリアが憑依の力を手にしても、彼女は一生使うことはないだろう。
「とりあえず、追い掛けないと!!」
気が付くと、元トラヴィス……エイミーは、一目散に逃げ出していた。
しかし、思ったよりも距離は離されていない。
アリアは本気の走りで追い掛けることにする。
「……ぜぇっ、ぜぇっ」
エイミーに容易く追い付くと、彼女は息を切らしていた。
体つきを見るに、特に鍛えている様子もない。冒険者などの類ではないのだろう。
「まぁ、憑依したらその人の体力になっちゃうからね」
「くそっ、まさかの誤算……!
憑依さえすれば、全てが上手くいくと思ったのに……!!」
「それじゃ、そろそろ元の身体に戻ろうか?
あんまりあたしを困らせると、痛い目に遭っちゃうよ?」
「ぬうぅ……。せっかく手に入れた異能の力……!
――っていうか、何で俺の身体を持ってきてるんだよ!?」
彼女は、アリアの足元に倒れている身体を見て驚いた。
そこにはトラヴィスの身体が無様に転がされていたのだ。
「目を離すと、また悪さをしちゃうでしょう?
だから、目が届くように運んできたのよ!」
アリアがそう言うと、エイミーは一気に脱力して、そのまま倒れた。
足元で、トラヴィスの身体が少し動いたのを感じる。
どうやら元の身体に、素直に戻ったようだ。
しかし次の瞬間――
「――しゃぁっ!!」
すぐ近くで、別の女性の声が聞こえてきた。
それとは逆に、足元のトラヴィスの気配がまた無くなっている。
「えぇ!? 別の身体に憑依したの!?」
「あー、もう! お前、察しが良すぎだろォ!!」
「……っていうか、何でいちいち若い女性に憑依するのよ!!」
「男に憑依してもつまらないだろうがッ!!
ふはは、今度の身体は軽いぜ。……名前は、ヘレナっていうのか。
……うふふ、私はヘレナよ♪」
アリアの身体中に、寒気が走った。
何だかもう、いろいろと許すことができない。
「この異能は危険――……だけど、ルールは侵していない。
でも――……キモいから、個人的に制裁します!」
アリアは杖を手で1回転させ、びしっと変態に突き出した。
直後、元トラヴィス……ヘレナとの距離を一瞬で詰めて、まわし蹴りを放つ。
ヘレナはガードをしようとしたが、腕がピクリを動いた時点で、大きく吹き飛ばされてしまった。
「――ちょ、ちょっと待て!!
教団の人間が、私刑なんてしていいのか!!?」
「いいんですよぉーっ!!!?」
アリアは軽いパンチを何度か当ててから、最後は顎を掠めるように攻撃を加えた。
「ぬおぉっ!! 何でこいつ、こんなに強いんだ――
……って、アゴぉ……ッ!?」
ヘレナが倒れると、その少しあとにトラヴィスの身体が起き上がった。
「――くそ! 元の身体に戻っちまった……。
そうだ、こうなったら……お前の身体に憑依してやるッ!!」
トラヴィスは、熱くなった自身の右目でアリアを見た。
……見た、のだ。
それまでは、そうして目線が合えば、憑依は完了していた。
しかし、今は……『見た』だけになっていた。
「……あれ?
異能が発動しない……? ……あれ、何で? 発動って、どうやるんだっけ……?」
トラヴィスは一気に混乱した。
自分の手に入れた理想の力が、何故か発動しなかったのである。
「――ふふふっ。
あなた、あたしに憑依しようとしたねぇ……?」
「ひ、ひぃ!?」
アリアはトラヴィスに、ゆっくりと近付いた。
憑依しようとしているトラヴィスの右目を、真正面から見据えて、ゆっくりと近付いていく。
「こ、来ないで!? 何で!? 何で俺の異能が効かないんだ!?」
「無駄だよ~? あたしには、そういうのは効かないからね~?」
「うわあああっ!? ゆ、許して!? ねぇ、許して!?
こんな能力、もう要らないから! 来ないで!? 殺さないで!!?」
「ゆるしませーん♪」
――ぷちっ
目の前のイクラにフォークを突き立てると、そんな感触がした。
いつもなら食欲をそそる、心地よい抵抗。それなのに、今日のアリアは微妙な表情を浮かべている。
「はぁ……。
この感触、半年くらいしたら忘れられる……、かなぁ……」
最悪、イクラを食べる度に思い出してしまうかもしれない。
そんなことを考えると、アリアの気分は落ち込むばかりだった。




