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雨が流れる先

 街外れの寂しい墓地。

 雨の中、ひとりの少女が墓前に立っていた。


「――こんなところで、どうしたの?

 濡れてるじゃん。風邪、引いちゃうよ」


 アリアの問い掛けに、少女は俯いたままだった。

 最初は数十秒単位で、徐々に、数分単位で。

 何度も声を掛けたが、少女の耳にはアリアの声は聞こえていないようだった。

 ……念のため、少女の目の前で手をひらひらさせてみたり……ということも試してみたが、結果は同じだった。


「うーん……。

 それじゃ、傘だけ置いていくね?」


 少女が受け取ろうとしなかったので、アリアは彼女の足元にそっと置いた。

 少し離れて様子を見ても、相変わらず微動だにしない。

 ……とはいえ、アリアからすれば赤の他人である。

 寒気を覚えたあと、さっさと宿屋に戻ることにした。



 ――数日後、アリアはふと気になって、再び墓前を訪れた。

 最近は雨が続いており、生憎と今日も雨だ。

 そんな中、やはり少女は墓前に立っていた。ちなみに、アリアの傘は先日と同じ場所に落ちている。


「んー……。

 気になる、気になる……」


 アリアは再び、少女に近付いていった。

 さすがに数日間、ずっと立ち続けていたわけではないだろうが……。


「君、この前から――」


 そっと少女の肩に触れて声を掛けた瞬間、その身体は地面に崩れ落ちた。

 まるで、朽ちた岩に触れた瞬間、一気に形を保っていられなくなったように。


「え、えええっ!?」


 アリアは慌てて、倒れた少女の様子を確認した。

 額の温度は高く、息も荒れている。


「うーん、また看病かぁ……」


 とりあえずアリアは少女を背負い、地面に落ちた自分の傘を拾って、墓地を後にした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アリアは近くに、無人の廃墟を見つけた。

 ほどほどに広い一般の家ではあったが、一部の部屋が壊れている。

 建て替えもできず、墓地も近いから……と、捨てられたような感じだろうか。

 幸いにして、暖炉とベッドは残されている。

 多少朽ちてはいるものの、一晩、二晩を休むくらいなら問題はないだろう。


 薪が無かったので、アリアは近くの林で大小の枝を拾ってきた。

 加えて、倒木が1本だけあったので、それを切り分けて――


「ていっ」


 アリアが杖で、切り分けた木片に触れていく。

 木の焼けたにおいが少しすると共に、含まれていた水分が抜けていった。

 そうして集めた枝と、完成した薪を暖炉にくべ終わった頃……少女がようやく、目を覚ました。


「……んっ」

「あ、気が付いた?」


 アリアの言葉に、少女の反応は薄かった。

 少し気まずい時間を過ごしていると、少女が小さな声で聞いてくる。


「……ここは?」

「墓地の近くにあった、廃墟だよ。

 雨の中、君が倒れちゃってさ。とりあえず、休むために運ばせてもらったんだ」

「……そう、ですか」


 話はそれだけで終わってしまった。

 このまま放っておくと、そのうちまた墓前に戻りそうだったので……アリアはしばらく、見守ることにした。



「――お腹すいたなぁ。ねぇ、君。何か食べよっか?」

「身体が弱ってるだろうからね。スープくらいしか受け付けないかなー?」

「逆にいっそ、がっつり肉料理なんてどう? 若いし、いけるかも!?」


 ……と、アリアが食事を提案しても、スルーされてしまった。

 アリアはアリアでお腹が空いていたので、とりあえず控えめにお菓子を爆食いしていた。


「うーん。喋れない、ってことはないし、耳が悪い、ってこともないんだよね……。

 ――あ、ごめん。ちょっとあたし、食糧を買ってくるね?」


 アリアは少女にそう言ってから、部屋から出ていった。

 それを見届けてから、少女はゆっくりとベッドから起き上がる。

 そしてそのまま、出口の扉へ――


「ちょちょちょ、ちょっと待ったー!?

 君、まだ体調が悪いんだから!!」


 アリアが部屋の陰から出てきた。

 慌てて少女を、ベッドの方に押し戻す。


「……まだ、いらっしゃったんですね」

「ひとりの方が落ち着くかなー、って思ったんだけど……。

 やっぱり君は、出て行っちゃうよねぇ」


 少女は観念して、再びベッドに潜った。

 アリアの顔が見えないように、彼女に背中を向ける。


「うーん。別にあたしも、そこまで責任があるってわけでもないからね……。

 君がイヤなら、本当にもう行っちゃうよ?」


 アリアにとって、重ね重ね、少女はまったくの赤の他人である。

 これまでに会ったこともなければ、今後会うこともないだろう。

 ……しかし今回の言葉も、少女には届かなかった。


「まぁ、そうは言っても……完全には放っておけないからさ。

 君の家に連絡するから、住んでる場所だけ教えて?」


 ……その言葉にも、少女は反応しなかった。

 さすがにそろそろ……といったところで、少女が突然、嗚咽を漏らし始めた。


「――……わたし、もう……ひとりぼっちで……。

 この前、パパが殺されて……」

「……ああ。お父さんのお墓だったんだね」


 このやり取りで、事情が一気に分かってしまった。

 少女は最近、唯一の肉親である父を失ったのだろう。それも……殺されて、という最悪の事情で。

 ……それなら、アリアが見放してしまえば、この少女はどうなるのだろうか。

 親戚がいるのかもしれないが、それはアリアには分からない。

 孤児院に入るには……確認してみないと、細かいことは分からない。


「……つらかったね。

 あたしは教団所属のアリア。君の名前は?」

「わ、私は……、レスリー……」


 アリアはベッドに腰を下ろして、レスリーの背中を慰めるようにさすった。

 しばらくの間が空き、レスリーはどうにか声を出してくる。


「……神職者様に言うのは、問題だと思うんですが……」

「うん?」

「私は……私の、パパを殺したアイツを、殺してやりたい……」


 ……確かに、神職者に言う言葉ではない。

 しかし、アリアは静かに聞いていた。


「でも、アイツは……凄い魔法使いで!

 なんで、なんでオルビス様は……あんなやつに、あんな強い力を……?」

「そうだね、何でだろうね……?」

「……復讐したい。……復讐したい。でも、私には復讐する方法が無い……。

 力は無いけど、何でもするのに……。そうよ、アイツの屋敷に潜って、寝込みを襲うとか……!」


 レスリーは重々しい言葉のあとに、少しだけ我を取り戻した。


「――パパは、そうすれば……喜んでくれますか……?」

「喜ばないよ。でも、悲しみもしないよ」

「……パパは? もう、私を見ては……くれないんですか……?」

「うん。きっと、天国に行ってるからね」


 アリアは天国には行ったことがないが、オルビス教の教義ではそのようにされている。

 実際のところ、現世に魂が残るケースもあるにはあるが、さすがに親の死を悲しむ少女の前で、する話でもない。


「パパは、無念じゃなかったの……? 一方的に命を奪われて、無念じゃなかったの……?

 ……私は悔しい。だって、パパを奪ったんだもの。理由も分からないで、そんなこと……許せるはずが、ない……」


 レスリーは両手で顔を押さえて、泣いていた。

 その表情はアリアには見えなかったが、指の間から零れる涙だけは見えていた。


「――ああ、気が狂いそう……。

 ……私は……、私は……、私は……、私は……? 私は……、私は……、私は……?

 神職者様、私は――」

「君は、復讐をしたいの?」


 アリアの問い掛けに、レスリーは言葉をしばらく止めてから、静かに、悔しそうに頷いた。


「私は、復讐したい……。アイツを、殺してやりたい……。殺してやりたい……?

 ……怖い。本当に、私はそんなことを考えているの? ……ああ、殺してやりたい……!」

「――復讐は何も生み出さない」


 レスリーの狂気の混ざった言葉に、アリアは無感情に言った。


「よく言われるその言葉は……あたしにも、意味は分かるよ。でもそれは、外から見ている人間の言葉。

 復讐をしたいならすれば良いし、それが嫌なら、やらなければ良い。

 ……結局のところ、選んだ本人は、どっちでも救われないからね」


 レスリーは沈黙している。

 アリアはそんな彼女を見てから、ベッドから腰を上げた。

 ……そして彼女に向けて、右手を差し出す。


「復讐を望むなら、あたしの手を取りなさい。

 それとも、振り払う? あたしがあなたに出来ることは、他にはもう無いから」

「……あなたは、一体……? 神職者様では、ないの……?」


 腫らした両目で、アリアを見上げるレスリー。

 身体が弱っていることもあり、彼女の意識も弱っていた。


「――私は……。私には……選べない。

 復讐したい……。でも、怖いの……。私には、選べない――」


 アリアは右手を下ろし、ふぅ、と一息ついた。

 しかし――


「でも、いずれは選べるときが来るかもしれない……!

 だから、だからこそ、今は、あなたの手を取っておきたいの……!」


 ……アリアは一度、天井を見上げてからレスリーに向き直った。

 レスリーの額に指を触れて、静かに詠唱を始める。


「――ならば祝福を与えよう。

 汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」


 レスリーは、ただでさえぼんやりしていた頭が、さらにぼんやりとしていくのを感じた。

 意識は朦朧として、今が現実なのか夢なのか、それすらも分からなくなってしまう。


「――神の祝福はここに在り。

 望みと共に、その魂から発芽せよ――」


 レスリーは額に一瞬の冷たさを感じたあと、身体の中でうごめくものを感じた。


「君が手に入れたギフト――異能は、『魔物化』だね。

 ……使い方は分かるでしょう? これが、君の望んだ力だよ」

「この力……。……魔物化? これが、私の力……。

 ふふふ……っ。今なら、どうやれば魔物になれるのか。どんな魔物になら、なれるのか。……身体が、理解しています……」


 アリアはレスリーをベッドに残して、部屋を去っていく。


「これならアイツを殺せる……。

 ……殺せる、の? ……殺しても良い、の? ……私は、殺せるの? ……私は、殺したいよ?」


「――せめて、神のご加護があらんことを」


 アリアは静かに扉を閉めて、雨の中に出ていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――数日後。

 アリアは宿屋の食堂で、昼食をとりながら考え事をしていた。

 今までに祝福した人間は何人もいたが、この街では……。

 この前の酒場の爆発事故もそうだし、レスリーの父親のことだって――


「……何だか、ちょっと違和感」



 そんな折、他の客の大きな声が聞こえてきた。


「おい! 東の墓地は知ってるか!? あの近くに巨大な魔物が現れたらしいぞ!!」

「あんなところに!? 一体、どんな魔物なんだ!?」

「それが――」


 アリアは食堂を飛び出して、先日の廃墟に向かった。

 そこには、巨大な魔物が建物に覆い被さる形で立っている。

 大きさは3階建ての建物ほどだろうか。とても巨大に見える。

 しかし、これは――


「……サナギ、か」


 レスリーが変化を遂げた魔物は、巨大で凶悪な、最上位に君臨する虫型の魔物だった。

 強さはかなりのもので、それこそ国として対応しなければいけないクラスの……。

 しかし、今は蛹である。この状態は最も無防備で、最も弱いタイミングなのだ。


「――君は、自分の復讐の是非を、他人に委ねたんだね」


 街の自警団の人々が、蛹を取り囲んでいく。


「羽化までに殺されれば、復讐は行わない。

 羽化までに殺されなければ、復讐を行う……」


 街の自警団の人々が、大量の油を蛹に掛けて、火のついた松明を投げつける。


「君のその選択は尊重するし、理解もするけど――」


 アリアは目を細めてから、くるりと身を翻した。彼女の後ろでは、巨大な蛹が燃え始めている。

 強烈な異臭が、晴れた空に散っていった。

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