――そして、1年後
――アリアたちがオルビスを倒してから、1年が経った。
世界中で、大きな変化はまだ見られないが――それでもどこか、以前よりも小さな問題は起きているような。
……ガルドは滞在先の村の宿屋で、窓の外を見ながら考えていた。
そんな彼を見て、大聖堂に所属することになった、聖女のフィオナが声を掛ける。
「何か、気になることでもあるの?」
「……いえ。
気配がおかしい……といいますか、どうにも静かすぎて」
フィオナも外を見ようとするが、ガルドの太い腕によって阻止された。
彼らは今、大聖堂の仕事として――
元々住んでいた森の、近くの村にやって来ているのだ。
フィオナはガルドに、身体強化の魔法を掛けた。
ガルドはそれを確認してから、廊下に待機している神職者に声を――
……掛けようとしたが、誰もいなかった。
2階から1階に下りて、宿屋の従業員を探すも……同様に、誰もいなかった。
「誰もいない……? みんな、どうしたのかしら」
「いよいよもって、怪しいですね。
この宿屋自体、何か仕掛けられているのかもしれません」
「……はぁ。今日はゆっくり休めると思ったのに、残念ね」
フィオナはそう言うと、ガルドに軽くウィンクをした。
「状況を確認して、もし危険があるようでしたら……移動しましょう」
「ええ。それではガルド、護衛をお願いね」
「承知しました」
ガルドとフィオナは、荷物をまとめてから宿屋を出ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋を出ると、ふたりは既に――30人ほどから包囲されていた。
もう少し時間が遅ければ、宿屋の中に雪崩れ込まれていたかもしれない。
「お前たちは……何者だ?」
ガルドの言葉に、首謀者らしき老人が挨拶をする。
「聖女殿、久し振りですな。我はヴェルガ真教、司祭長のオスクロと申す者」
「あ……。四戒司祭の内のひとり……の?」
ガルドは、老人の名前に聞き覚えがあった。
かつて、フィオナを誘拐したヴェルガ教――多元主義派の、幹部のひとり。
レイラが大金星を上げて倒していたはずだが、その残党として生き延びて――
……そして新たな信仰を立ち上げた、というところだろうか。
「フィオナ様に近寄るな!
宿屋に手をまわしたのは……お前たちの仕業か?」
「おう、おう。そうとも。
今まさに、我らは聖女殿の力が必要なのだ。一緒に来て頂いてもよろしいかな?」
「私はもう、生命を与える異能は持っていませんよ?」
「残念なことではあるが、それは既に調査済みでな。
しかし今は、『大聖堂の聖女』という肩書きに用事があるのだ」
オスクロが右腕を上げると、オスクロの配下たちは包囲網を狭め始めた。
その動きに対して、ガルドは異能――『狂戦士化』を使い、自身の身体を肥大化させる。
しかしそんなガルドの腕を、突然現れた闇の鞭が絡みついた。
「……ぐぉッ!?」
「ファファファ。お主の勇猛は聞き及んでおるよ。
ゆえに、我が相手を務めよう。ほれ、手が空いている者は聖女殿を捕まえるが良い」
「「「はっ!」」」
オスクロの配下が襲ってくるが、ガルドは闇の鞭に掴まれながら――
……少しずつ、彼らを殴り倒していく。
ガルドの攻撃は凄まじく、少しでも掠れば、大きなダメージを与えることができるのだ。
「ふむ、ふむ。お主も欲しいのう。
しかし、言うことは聞きそうに無い――いや、聖女殿を確保すれば大丈夫か?」
「ほざけ!!」
しかし、ガルドは闇の鞭によって押さえつけられ、オスクロの配下たちはフィオナの方に向かっていく。
オスクロの攻撃を何とか捌きながら、ガルドがフィオナの方を見てみると――
「――ぎゃっ!?」
敵のひとりが、フィオナによって綺麗に投げ飛ばされていた。
「ふふっ。アリアさん直伝の投げ技――ですよ♪」
「フィオナ様、お逃げください!!」
「そうは言うけど……これでは、ね」
包囲網を突破するにも隙間が無く、戦うにしても敵の数は20人を超える。
こんな人数、フィオナひとりで倒せるわけがない。
――ガルドは自分の右腕を見た。
闇の鞭が絡まっているが、無理をすればフィオナを守れるかもしれない。
既に深く食い込んでいる部分があるため、深手は負ってしまうだろうが……フィオナを失うわけにはいかない。
かつて、右腕を犠牲に困難に立ち向かっていた少女だっていたのだ。
それなら、自分だって――
「ダメですよー。その傷、危険でーす」
不意に、上の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
慌てて顔を上げてみると、宿屋の屋根の上に――見覚えのある姿を見つけた。
「アリアさん!?」
「ガルドさん、お久し振りです。
オリバー様から依頼を受けて、飛んできましたよー」
アリアは飴玉を出して、それを右手の親指で――オスクロに撃ち放った。
「ぐおっ!?」
「指弾か!? そんなこともできるのか――
いや、それよりもフィオナ様!?」
ガルドがフィオナの方を振り向くと、そこではザインが交戦中だった。
「へっへっへっ!
旦那は大人しく、怪我の治療でもしてな!」
「おぉ、ザインまで……。すまん!」
しかし、フィオナはザインの後ろで守られている。
怪我の治療をするとは言っても――
……そう思った矢先、アリアがどこからともなく、薬瓶を出してきた。
「ガルドさんには昔、治癒薬を承諾する前に使われたことがありますからね。
ふふふ、あのときのお返しです。いきますよー」
「いや、あのときは――ぐおおおおぉっ!!!!?」
アリアは治癒薬を、どばっと掛けた。
痛みは一気にくるが、治りが一番早い方法でもある。
そんなふたりを前に、オスクロは額を押さえながら、よろよろと立ち上がった。
「すまない、アリアさん。
オレとあいつでは相性が悪いらしい。手伝ってもらえないか?」
「良いですよ――と言いたいところですが、あたしはパスですね。
まぁまぁ、あたしたちは向こうの手伝いをしていましょう」
「え? いや、そうするとあいつはどうするんだ……?」
ガルドが混乱する中、オスクロとの間に割って入ったのは――メルヴィナだった。
「ここは私に任せて」
「お嬢さん!?」
メルヴィナは真っすぐにオスクロを見据えた。
そしてオスクロもまた、メルヴィナを見据えていた。
「ほう……久しいな、光使い。
どうだね、あれから何か学べたかな?」
「ええ。あれから色々なことがあったわ。
……たくさんのことを、見てきた」
「くくくっ。ならばその成長、見させてもらおうッ!!」
オスクロは地面の広範囲に、禍々しい闇の領域を広げた。
そして地面から無数の闇のツタを生み出し、メルヴィナに向けて撃ち放つ――
……が、メルヴィナは彼女の異能でそれらを打ち消す。
さらに、オスクロがその光を、彼の闇で打ち消していく。
「おう、おう!
以前より、ずいぶんマシになったのう!!」
オスクロは歳に似合わないステップを踏み、メルヴィナとの距離を詰めていく。
そしてそのまま、野獣のような――闇の巨大な爪を作り出し、メルヴィナの足元から斬撃を繰り出した。
メルヴィナは一歩だけ下がり、斬撃を避けた直後――オスクロとの距離を詰めて、彼の腹に膝蹴りを入れる。
「――ぐほっ!?」
「なんと! お嬢さん、あんな体術まで……!?」
「あのお爺さんに会ったら、絶対に膝蹴りをやり返す……って言って、聞かなかったんですよ。
だから、あの技だけ教えておいたんですけど――」
「な、なるほど……。あれはアリアさんの仕込みか……」
「ガルドさんの可愛いメルちゃんに、変なことを教えてゴメンなさいね♪」
「いや……。一緒に旅に出た時点で……こうなるとは、まぁ」
そんな話をしていると、フィオナがふたりの元にやってきた。
オスクロの配下は全員が倒されていて、ザインが紐で縛ってまわっている。
よくよく見ると、もうひとり――レイラも、紐で縛るのを手伝っていた。
「……おお、レイラまでいるのか?」
「あら、ガルドは見ていなかったの?
レイラさん、相手の攻撃を素早く避けて……頭に一発ずつ、綺麗に攻撃を入れていたわよ?」
「あはは。最近は回避型魔法使いとして――
冒険者ギルドでも、有名になってきましたからね」
「それも、アリアさんの仕込みか……」
「いえいえ。本人の努力ですよー」
3人が話す中、メルヴィナとオスクロの戦いは続いていた。
地面には闇の領域が広がっているため、簡単には近寄れないが――
……それ以前に、誰も近付こうとはしていなかった。
メルヴィナの迫力――本気で再会を待ち望んでいた。
そんな気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
「――強くなったな。しかし、それは戦いの技術だけか?
我は未だ、闇の世界を求めておる。お主はその光の向け先を……見つけることは出来たのか?」
「私は――」
オスクロの問いに、メルヴィナは少しだけ距離を取った。
「――光も闇も。正義も悪も関係ない。
自分の信じるものを照らして、それを道標として示すだけ」
「ファファファ!!
それが答えか!? 大義などないのう!?」
オスクロが大きく吠えた。
しかしメルヴィナは、ゆっくりと人差し指を――オスクロの左腕に向ける。
「大義があれば良いってものじゃない。他人を巻き込めば良いってものじゃない。
私は、少しだけのしあわせがあれば――それだけで良いのよ」
「ふん……。
お主のような小娘には、その程度が精々――」
その言葉の途中、オスクロの左腕に突然、光の剣が突き立った。
そして続けて、右腕にも撃ち込まれる。
「――ぐおぉッ!?」
オスクロの周りにあった闇の力が、全て消えていく……。
メルヴィナの光の異能が、オスクロの闇を消し去ったのだ。
「……アリアさん。これは……?」
「メルちゃんの異能、『光の饗宴』――
……頑張りましたからね。次の段階に進んで、強くなったんですよ」
アリアはガルドにそう言ってから、メルヴィナの元に歩いていった。
オスクロが動けない中、メルヴィナは……ぼろぼろに泣いてしまっている。
「アリアさん、私……、私……っ」
「うん、よくやったね。それじゃ――……これ」
アリアはメルヴィナを撫でながら、そっと優しく……1本の杖を手渡した。
「え? ……これは?」
「――気絶させるまでが、戦いでしょ?」
にっこりと微笑むアリアの言葉に、いち早く反応したのはオスクロだった。
「ちょ……待て、待つんだッ!! 気絶はさせんでいい! このまま、我の負けでいいからッ!!
昔のような、稚拙な攻撃はするんじゃないッ!!」
「……だってさ? どうする?」
「どうしましょう……?」
「ぜ、全部話すから!! もう何も企まんからッ!!
老人は労わるもんじゃぞ!?」
オスクロの言葉に、メルヴィナは――
……アリアのノリを参考に、とりあえず杖を素振りしていた。




