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神様のギフト、配ってます(ただし返品不可)  作者: 成瀬りん
外伝1章 はじまりの物語
66/68

黒の少女は秘密裏に

 幾年、幾十年、幾百年。そして――

 ……時間は無常に流れ、生き残った人間たちは、新たな世界を創っていった。

 『科学』という文明は消え去り、『魔法』という文明が姿を現す。

 人間たちはその源たるオルビス神を崇め、過去とは違う発展を見せていた。


 ――そんな時代、とある屋敷。


 書斎には、ひとりの粗暴な男が座っていた。

 この男はジュードという名前で、異能の力でこの屋敷を強奪していた。

 元々住んでいた一家は既に全員殺されており、使用人たちも逃げてしまった。

 ジュードは苛立ちながら、新人の少女――メイド服を着たアリアに声を掛ける。


「おい、ずいぶん時間が掛かったじゃねぇか?」

「申し訳ございません、ご主人様。

 受け渡しの際、相手方の内部に問題がありまして」

「……ふん。まぁ、そういうことなら仕方が無い」


 ジュードはアリアが置いたケースを開けて、中身を確認した。

 そこには美しい装飾品が収められているが、これは――宝石商から強奪したものだ。


「ご主人様のお望みの品かと思いますが、間違いはございませんか?」

「ああ、問題ない。

 ……お前は俺の実行部隊の中でも、いい仕事をするなぁ?」

「ありがとうございます。どんな仕事でも、お任せください」


 ジュードはアリアに近寄り、顎に触れ、くいっと持ち上げる。

 メイドを装い、裏では自分の思い通りに動く、忠実な部下――

 ジュードはそんなアリアのことを、とても気に入っていた。


「……そうだ。たまには褒美をやらないとな?

 何か、望みはあるか?」

「よろしいのですか? それでは――

 ……私は、ご主人様の顔に触れさせて頂きたいです」


 突然の申し出に、ジュードは驚いた。

 逃げ出す女が多い中、若い女からそう言われるのは悪くない――


「ふふふ、特別だぞ?

 ――よし。優しく触るんだぞ?」


 その言葉に、アリアは静かにジュードの顔に手を伸ばして――

 ……そしてそのまま、彼の頭を掴んだ。


「ふふっ、ようやく解いたわね?

 ――……ここまで、とても長かったわ」

「な、何をする……ッ!? 貴様、もしかして俺の命を……!?

 くそ、大人しくやられてたまるか――」

「――ならば力で奪い去ろう。

 簒奪たる我が手、虚無たる一指に跪け。

 降れよ力、『対象化拒否』は我らと共に在り――」

「う、うがああああああアァッ!!!!」


 アリアの詠唱が終わると、ジュードの身体は大きく震えた。

 やがて、ジュードの両腕はだらりと下がり――アリアが手を離すと、そのまま床に崩れ落ちた。


「――まずはひとつ。

 これでようやく、オルビスの監視から逃れられる――」


 アリアはオルビスが創った文明に潜入してから、ひとつの失態を犯していた。

 それは――自身に『簒奪の五指』の異能を発芽させる際、その回復に数か月を要してしまったことだ。


 自身が開発したとはいえ、初めて使う魔法。

 その間に、『オルビスが人間を眺める日』と呼ばれる日を、何もできずに過ごしてしまった。

 本来であれば、『簒奪の五指』の異能を発芽させて、速やかに『対象化拒否』を奪うはずだったのだが――


「……おかげで、オルビスに気付かれた」


 アリアは廊下の気配を察して、ひとり呟いた。

 気配の主はそのまま書斎の扉を開け、大きな声で目的を告げる。


「――我らは大聖堂の異端諮問局であるッ!

 抵抗すれば異端と見做すッ!!」


 その集団は――10人いたが、神職者と呼ばれる者の服装をしていた。

 世界が新しくなってから台頭した、オルビス教と呼ばれる妄信者――

 ……ただ、その責任者らしい男性は呆気にとられた。


「……うん? 君は、この屋敷のメイド……かな?」

「はい。ご主人様が突然、倒れてしまって困っていたんです」

「こっちの男は――

 ……私たちが探していた男だな。これはもう、死んでいるのか?」


 アリアと神職者たちが見守る中、ジュードの命はあっさりと尽きてしまった。

 アリアは彼を見て、やはり絶命したか――と、冷静に分析した。


「――改めて自己紹介しよう。

 私はオリバー・C・エイマーズ。大聖堂で、異端諮問局の局長を務めている」

「私は……アストリア。姓はありません」


 アリアは短く自己紹介をした。

 オリバーはジュードの遺体を見ながら、アリアに疑念を投げ掛ける。


「ふむ……。男の頭に、強く握られた痕跡があるな?」

「はい。この密室で、私に手を出そうとしましたので。

 ……必死に、抵抗したんです」


 当然ながら、それは嘘である。

 ただ、それを否定する証拠は――どこにも無い。


「それは災難だったね……? ところで、この男のことは詳しいのかな?

 危険な異能を持っているという話なんだが」

「あまりよくは知りませんが……。

 『簒奪の五指』というものを持っている、と自慢していました」


 アリアの言葉に、神職者たちがどよめいた。

 その異能こそが、彼らの目的なのだから……当然の反応だ。


「私たちはオルビス神の神託を受けて、その異能を持つ者を捕えにきたのだが……。

 ……いくら危険な異能を持っていたとしても、その最期は……虚しいものだな」


 ジュードの遺体は布で包まれ、神職者たちによって運び出された。

 自然と、アリアとオリバーがふたりきりになった瞬間――

 オリバーから不意の一撃が、アリアに放たれた。

 しかしアリアは、少しだけ身を引いて、彼の拳を軽く触れる。


「――この攻撃は、何ですか?」

「ほう……。私の攻撃を、軽く捌くか……」


 アリアの冷たい声に、オリバーは感心した。

 不思議な雰囲気を持つアリアに、興味を示してしまったのだ。


「いや、すまない! あの男は、君が倒したのだろう?

 うん、本当に素晴らしい力だ!」

「はぁ……」

「それよりも、ここにある装飾品……。どういったものか、分かるかね?」

「これは、ご主人様が宝石商から強奪したものです。

 持ち主に返した方がいいと思いますが、そちらにお任せしても?」

「ああ。これも縁だ、そのようにしておこう。

 ――……ところで君は、大聖堂に仕える気は無いかな?」

「突然ですね。強ければ、入れるものですか?」


 アリアは、オルビス教や大聖堂の仕組みを知らなかった。

 何はともあれ、まずは『対象化拒否』の簒奪が第一だったから――


「そういうことでも無いんだが、君のことは……放っておけない気がしてね。

 メイドの仕事が好きなら、教都の方で斡旋することもできるぞ?

 ただ、できれば……大聖堂のために、力になって欲しいかな」


 ……メイドの姿は、仮の姿。

 だからこそ、それを本業にするつもりなんてこれっぽっちもない。

 逆に、オリバーに付いていって、それだけでオルビス教の中枢に潜り込むことができるなら――


「……そうですね。興味はあります」

「おお、本当か!? それでは私たちと一緒に行くことにしよう!

 ちなみにご家族は、いらっしゃるのかな?」

「大丈夫です。誰も、いませんから」

「……そうか、悪いことを聞いたな。

 だが、これからは私のことを父親だと思ってくれたまえ!」

「……いえ、結構です」

「はっはっはっ。遠慮は要らないぞ!」


 ……何だか、苦手な性格だな。

 オリバーの最初の印象は、そんな感じのものだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 馬車に揺られて数日が過ぎ、大聖堂に着いてから数日が過ぎた。

 アリアは神職者のローブに身を包み、慣れなさを感じながら、奥まった場所の広間にやってきた。

 その中にはオリバーと……他にも数人、神職者がいる。


「……ここは?」

「ここは神託の間だ。

 身元のはっきりしない人物の受け入れには、必要な儀式があるのだよ」


 アリアはオリバーに連れられ、中央の水晶玉の場所へと進んだ。

 その近くには、ふたりの男性が立っている。


「こちらの方々を紹介しよう。

 オルビス教の主教であるデニス殿。それに、大司教であるバージル殿だ」

「はじめまして。アストリアと申します」


 アリアの言葉に、ふたりはあまり良い表情を浮かべなかった。


「……ふむ。これが、オリバーの惚れ込んだ少女かね」

「とてもとても、異端諮問局に入れるような人物には見えないな?」

「ははは……。

 主教殿も大司教殿も、外回りはご無沙汰でしょうからな」


 オリバーの言葉に、主教たちは少し苛立った。


「まぁ良い。我らは、異端諮問局には口出しができないからな」

「せいぜい、オルビス神の審判を仰ぐとしようか」


 大司教はアリアに、水晶玉に手をかざすように促した。

 水晶玉の後ろから、女性の神職者が静かに現れるが――彼女は、水晶玉の反応を見届ける役回りらしい。


「それでは、手をかざせば良いんですね?」


 女性の神職者は、静かに頷いた。

 アリアは――異能の『対象化拒否』を使いながら、水晶玉に手をかざす。

 しばらくすると、水晶玉は怪しく……黄色味がかった色で、静かに光り始めた。


「むぅ……? こんな色は、初めて見るが……」

「おい、これはどういうことだ?」


 大司教が女性の神職者に聞くと、彼女は焦りながら返事をした。


「は、はい……!

 オルビス神より、職位の――『S』が与えられました」

「『S』だと? ……どういうことだ? 何故、そんなものが与えられる――」

「……ふふっ、これは笑える。オルビス神から、愛を受けられぬ者か」


 主教は驚き、大司教は嫌な笑みを浮かべた。

 そんな中、女性の神職者が再び口を開く。


「――異端諮問局に、新たな役職を作るように命じられました。

 『特務裁定官』……。諮問を待たずに執行を可能にする者、とのこと――」

「何だと……?」


 主教が唸る中、オリバーは目を丸くした。

 彼の知る限り、オルビスがここまで具体的な神託を下すことは前例が無い。


「……はははっ。オルビス神がそう言うのであれば、その役職が必要なんでしょうな!

 それとも、何か困ることがあるとでも?」

「そんなこと、あるはずが無かろう!!」


 大司教の言葉に、オリバーは満足そうに頷いた。


「それではオルビス神の仰るように、早速その役職を作りましょう。

 書類は私の方から、まわしておけば宜しいですかな?」


 オリバーの言葉に、主教と大司教は不愛想に頷いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――その後、アリアはオリバーの執務室に連れていかれた。

 今、この場にはふたりきりだ。


「異端諮問局へようこそ、アストリア!!」

「はぁ……。

 何だか、よく分からない展開でしたね」


 アリアとしては、まさかオルビスから変則的な対応をされるとは思ってもみなかった。

 原因として考えられるのは……『対象化拒否』を使いながら、水晶玉に手をかざしたせい――

 もしくは、特務裁定官という存在が……偶然にも必要だっただけだろうか。


「それにしても、特務裁定官か……。

 とてもカッコいい存在だな。男心にクリティカル……というか」

「オリバー様は、少年心を忘れない方なんですね」

「ははは。とりあえず……そうすると、決めポーズも要るかな……?

 杖をこう、くるくるっとまわして――」

「……おお、カッコいいですね」


 思わず発した言葉に、オリバーは嬉しそうに笑った。


「ふふ、ようやく君の素顔を見た気がするよ。君は杖術もやるんだろう?

 あとで手合わせをして――そのあとに、決めポーズを精査するとしよう」

「私は、強いですよ?」

「上司としては、心強い限りだよ。ところで――」


 オリバーの顔が真面目になった。

 アリアはそれを見て、話を聞く体勢に入る。


「君はこれから、特務裁定官として外回りをすることになる。

 いわゆる、異端と呼ばれる者たちを狩る――……そんな立場だ」


 オリバーはアリアに背を向けながら、窓の外を眺めた。

 少しの間を開けて、言葉を続ける。


「――君に、本当にできるかな?

 いつかきっと、人を故意に殺めなければいけない……、そんなときも訪れるだろう」


 オリバーの言葉に、アリアは静かに答えた。


「大丈夫です。人間の死……というものは、知っているつもりです。

 ……それに、自分を守る仮面があれば――きっと、大丈夫です」


 『アストリア』という名前は、アリアにとっては仮面そのものだ。

 だからこの名前を使い続ける限り、心には傷が届かないはず――


「ほう?

 どんな仮面を持っているのかね?」


 オリバーから、素朴な質問が出てきた。

 しかしアリアは、名前のことを……誰に言うつもりも無い。

 どうしようかと思いつつ、アリアはそういえば――と、過去に作った魔法をひとつ、静かに使う。

 ……その瞬間、アリアの白いローブは、黒いものへと一瞬で変わった。


「こういうのは、どうですか?」

「おぉ……、カッコイイな!?

 一体、どうやったんだ……!?」

「それは秘密です」


 アリアの言葉に、オリバーは本気で残念そうにした。

 やはり、どこか疲れる……。良い人ではあるのだろうが、何故か元気を吸い取られる――

 ……そう思うアリアに、オリバーは話を続ける。


「ところで、アストリアには姓が無いんだったな。

 そのローブの黒色から、夜という意味の――『ノクス』、とするのはどうだろう?」

「――私の……名前?

 アストリア・S・ノクス――」

「ああ、いい名前だろう?」

「……そうですね」


 『夜』というのは、日が暮れてから続く、長い長い、暗い時間のこと――

 それに対して、本当の姓である『東雲』は……夜が明けて、茜色に染まる時間のことだ。

 ――いつか自分にも、朝が来る日が訪れるのだろうか。

 それに、東雲――『シノノメ』のイニシャルだと考えれば、オルビスから与えられた『S』にも、多少の愛着は湧くかもしれない。


「ああ、あと――」


 オリバーが思い出したように口を開く。


「外回りの仕事は、相手の懐に入ることが肝心だからな。

 アストリアの口調も、もう少し柔らかくした方が良いぞ?」

「柔らかく……?」


 アリアは天を仰いで考えた。

 しばらく考えて、そして――昔の記憶をなぞるように、オリバーに語り掛ける。


「――そうですねぇ。

 それじゃオリバー様も、あたしのことは気軽に……『アリア』って呼んでください♪」



 ……大聖堂所属。

 異端諮問局の、特務裁定官――アストリア・S・ノクス。

 世界を巻き込む彼女の旅は、新しい顔を得て……ここから再び、始まることになった。

 『神討ち』という、真の目的を秘めながら――

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