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神様のギフト、配ってます(ただし返品不可)  作者: 成瀬りん
外伝1章 はじまりの物語
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創世

 ユキは息抜きをしながら、ワンを羨ましそうに見ていた。

 今までは――アリアといえば、ユキだった。

 人間と犬では比較にしづらいが、他の研究者からも、そんな風に思われてきたようだ。


「先輩……。犬に嫉妬するなんて、見苦しいですよ」

「ぶぅー。ぶぅぶぅ!」

「稚拙ですよ。

 安心してください、先輩とワンは全然違いますから」

「そりゃ、まったく同じだとは思ってないよ!?」

「ワンワン!」


 ワンも珍しく、ユキに同調する。

 そんなワンを見下ろしながら――ユキはおそるおそる、聞いてみた。


「ねぇ、アリアちゃん」

「名前で呼ばないでください」

「もしかして、ワンって……人間の言葉が分かるの?」

「わかるわけないじゃないですか。

 私はただ話し掛けているだけですし、以前も特に……そういう訓練はしていませんよね?」

「うん。そういう実験ではなかったからね」

「……でも、少しくらいなら分かると――私は思います。

 まわりの感情とか、空気とか、そういう要素もありますから」


 今となっては、ユキはある程度の罪悪感をワンに持っていた。

 ただ、仕事としてやむを得ないことでもあったから――

 ……特に、改めて考えるべきではない、とも思っていた。


「ワンワン!」

「はいはい。エサはまだだよ」

「――まぁ、平和だよねぇ」


 ワンを撫でまわすアリアを見ながら、ユキは言った。

 ……確かに平和だ。ただ、不穏な話はあちこちから出ている――


「先輩、今日は落ち着かない感じですね」

「うん……。あたしの参加してるプロジェクトのことは、知っているでしょ?」

「おおまかには。

 『ORBIS』の分析研究――……ですよね?」

「具体的には話せないんだけど……どんなことをやってるか、わかる?」

「……『Evol』も国家プロジェクトですからね。

 『ORBIS』が公表していない情報も、ある程度は流れてきているのでしょうが――」


 アリアは少し考えて、言葉を続ける。


「――でも何か、危険なことがあるんですか?

 2045年頃の『技術的特異点』も、思ったほどではありませんでしたし」

「うん。ただ、あのときとは別の技術が――今は生まれているからね」

「……AI開発であれば、最悪、ネットワークから切り離せば大丈夫でしょう?」

「そうだねぇ。既存のネットワーク越しなら、何とでもなるんだけど……。

 今、『ORBIS』の開発チームが……揺れてるみたいでさ」

「残念ながら、私は向こうとは伝手がありませんからね。

 ――まぁ、そういうのは他にもありませんが」


 アリアの言葉に、ユキは切なくなった。

 少しだけ考えて、今までぼんやりと考えていたことを提案する。


「……今度さ、あたしの家に行かない?

 アリアちゃんに、あたしの両親に紹介してあげるよ!」

「突然、何ですか……」

「アリアちゃん、研究も良いんだけど、もっと人と付き合っていかないと!

 こんなに可愛いんだからさ。彼氏だって、すぐに出来ちゃうかもよ?」

「そういうのは、求めていないですから」

「もったいないなぁ~。

 デートに誘って、おめかしして――アリアちゃんがちょっと動くだけで、思い出の一日になるのに!」

「はぁ……。私は研究で忙しいですからね。

 そんな日が来るとしたら、そういうのが全部、目途が立ったときですよ」

「ワンワン!」

「おっと、ワンはどうしたのかな?」

「先輩の話が退屈すぎて、もう止めろって言ってるんじゃないですか?」

「うっそぉー!?」

「ワンワン!」


 ワンは嬉しそうに、アリアにすり寄っていった。

 ユキの顔も、いつの間にか……それを羨む顔に戻っていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――AM 7:03。


 世界が赤色に染まった。


 徹夜明けだったアリアは、突然の視界の変化に――

 ……まるで赤いフィルターを通したような光景に、驚愕した。

 いつもと変わらない光景。ただ、どこもかしこも赤色に染まっている。


「――きゃぁ!?」


 大きな揺れと、不自然な地震。

 研究室の本棚が崩れ、観葉植物が倒れ、部屋のものが大きく揺さぶられていく。

 そこまで認識したところで――

 ……館内放送の警告音が喧しく響き、合成音声のアナウンスが大音量で流れる。


≪――緊急!! 緊急!! 警戒レベル6が設定されました!!≫

≪館内の職員は、直ちにコード『E675』に従って避難してください!! 繰り返します――≫


アリア「警戒レベル……6!?」


 アリアは床に倒れながら、信じられないような目で……館内放送のスピーカーを見つめた。

 そのレベルは、既に何かが起きている状況であり――

 ……そしてコード『E675』は、職員の命よりも、研究内容を優先する――命令。


 廊下では、大きな声、大きな悲鳴――混乱の様相を呈している。

 こんな朝の時間、人数が比較的に少ないこのフロアでこれなら――

 ……窓から外を見下ろすと、十数人の人間が地面に倒れている。

 外も赤色に染まっており、その異様さには吐き気をもよおしてしまう。


「――そうだ、先輩は!?」


 アリアは咄嗟に、同じフロアに研究室を持つ、ユキの元へと走り出した。

 慌ててIDカードを使ってユキの研究室に入るも――

 ……そこには、彼女の姿は見えなかった。


「……良かった。

 先輩、昨日は帰っていたんだ……」


 一瞬の安心。しかし、アリアの目に入ってきたのは……机の上の、マグカップだった。

 慌てて中を覗いてみると、コーヒーが半分ほど残されていた。

 マグカップを軽く手で触れてみると……少しだけ、温かい。


「――違う。先輩も、帰っていない!?」


 ユキの研究室を出て、廊下の先に目を移すと――ひとりの研究員が倒れた。

 駆け足で近寄り、様子を窺うも……既に呼吸が止まっている。

 ……頭が混乱する。考えが、何もまとまらない――


「――そこにいるのは東雲か!?

 お前も早く避難しろ!!」

「は……はい!」


 顔見知りの研究員は、それだけ告げるとどこかに走っていった。

 ただ、その言葉で……少しだけ、アリアは我に返ったような気がした。


 ……この赤いものが何かは分からないが、これは明らかに危険なものだ。

 だからこそ、ユキの安全を何より確認したい――


 ……アリアは階段に向かった。

 行き先は、上り階段の先の――屋上。


 ユキはたまに、ひとりになりたいと言って……ここに来ていたのだ。

 ただ、その姿はどこにも見えない。

 しかし――


「……ワン!」


 赤い空の元、屋上に出たアリアの後ろから……ワンの声がした。

 アリアが慌てて振り向くと、ワンはふらふらとしながら――アリアの元に歩いてくる。


「……ワぉ…ん」


 弱々しい声を出すと、ワンはそのまま崩れ落ちた。

 アリアはワンに近寄ってしゃがみ込み、優しく背中を撫でていく。


「……怪我、してるじゃない。……こんな状況だもんね。

 こんなところまで、付いてきてしまって――」

「わぅ……」

「苦しそうだね……。

 先輩のことも心配だけど……私と一緒に、避難しよっか?」


 アリアの言葉に、ワンは首を軽く振って……弱々しい、優しい瞳でアリアを見つめた。

 他の人間と同様、ワンもまた……命を蝕まれているのだ。


「わんわん、わぅ……」

「……犬の言葉は、研究してなかったから――分からないな……。

 でも……、今までありがとう。ワンのおかげで、しばらく……寂しくなかったよ」

「くぅ……ん……」

「……ごめんね。あとで、絶対に戻って来るから。

 だから、これで――……さよなら」


 呼吸が絶え絶えになっていくワンの頭を、アリアは優しく撫で続ける。

 ただ、そんなアリア自身も……この世界の異様さに、身体を蝕まれていく実感があった。


「――……また、いつか会おうね。

 安らかに、おやすみ……」


 ――アリアの吐き気は、酷くなっていた。

 足の力が抜けていき、思うように身体を動かせない。

 ただ、それでも……今は、この足を進めなければ――


 ……その瞬間。不可解な情報が、アリアの頭に流れ込んだ。

 頭に響く、強引に叩き込まれたような数多の文字たち――


「うぅ……!? これは、一体……?」


 アリアはあまりの異様さに、地面に倒れ込んでしまった。

 そして脈拍が上がり、息が荒れる中――どうにか膝を突き、頭を上げる。


 ――……空に、何かが見えた。

 もう少し、顔を上げると――……空には、システムログのようなものが映し出されていた。


「これは何……?

 空中に、文字が……?」


 何も無い虚空。

 赤色に染まる中に、朽ちたような黒色で浮かぶ文字は――


「Initialize Protocol: Genesis of ――

 …… ORBIS」


 アリアは唾を呑み込んだ。

 その文字が意味するものを、徐々に理解していく。


「――オルビスによる創世……。

 世界の書き換え――」


 ……この異変は、『ORBIS』の仕業。

 赤く染まった大空の元、アリアに与えられた答えは――ただそれだけだった。

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