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迫る!情報屋!

「――ならば祝福を与えよう。

 汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」


 情報屋のザインは、その光景を見てしまった。

 自分のクライアントが、神職者からの祝福を受けている。


 ……それ自体は珍しいことではない。あのクライアントは、あらゆる手を使って願いを叶えようとしていたのだから。

 しかしザインも、依頼料を受け取るためには良い結果を残さなければいけない。

 ザインは鍛冶屋の柱の裏に忍び、ふたりのやり取りを引き続き見守った。


「おお、分かるぞ! 鍛冶の極意が! 

 早速この異能を試さなければ! 苦しい修行はもう要らない!!」


 ……異能?

 ザインはそこで、違和感を覚えた。

 異能なんてものは、あの鍛冶屋のクライアントは持っていなかったはずだ。

 それなのに、異能を試す……? まさか、今この瞬間に授かったとでもいうのか?


「いやいや、技術職は努力の連続ですよ。異能を手に入れたとしても、引き続き修行はしてくださいね?」

「ははは!これからはタイパの時代だ! そんな無駄なこと、していられるかーっ!!」

「あちゃー……」


 クライアントの言葉に、ザインは少女の方に共感した。

 異能は素晴らしいものだが、それだけでどうにでもなるなんてことは――あるにはあるが、ないときもある。


「さぁさぁ、今日のところはここまでで! アリアさん、ありがとうございました!」

「あうあう、でも無理はしないでくださいね。最初のうちは、作る量を減らすとかして――」

「ははははは、そんなことしてる場合じゃないでしょう。まぁまぁ、今後の私に期待していてくださいよ!!」


 ……あの少女は、アリアという名前なのか。

 ザインはそう思いながら、クライアントの方を見る。

 今は嬉々として、鍛冶の準備をしているところだった。

 アリアの方はと言えば……クライアントの様子を気にしながら、溜息をついて外に出るところだった。

 少し気になる。ザインは、アリアを調べることにしてみた。


 ――と、思ったら。


 アリアは外に出るなり、ぴょんぴょんと、屋根に飛び乗り、そのままどこかに消えていってしまった。

 その光景に、ザインは驚愕した。いくら何でも……身軽すぎるだろう、と。

 いや、もしかしたら何かの魔法なのかもしれない。……だから今は、アリアの正体を調べてみることにした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 まずは、この街の教会に行ってみた。

 神職者なのであれば、ここで情報を得られるだろう。


「――アリアさん、ですか? そこまで珍しい名前でもありませんからね……」

「何でも良いので、確認してもらえませんか? 私は彼女に世話になったのに、名前しか分からないんですよ」


 ……もちろん、嘘である。

 本当のことを言っても教えてくれないだけなので、ここは華麗に、見事なトークスキルで聞き出そうとしたのだ。


「せめて、所属とかが分かれば良いのですが……」

「残念ながら聞いていませんね……。つい先ほど、お会いしたのですが」

「……はぁ。今日、ですか?」


 その反応に、ザインは好感触を得た。しかし、現実は非情である。


「この街にはアリアという者はおりませんし、今日は来る予定もありません。

 休暇だったとしても、神職者の服装で出歩くこと自体がおかしいですし……」

「なるほど……。分かりました、ありがとうございます」


 ザインは礼をしてから、教会を後にした。

 そして、そこで思い当たる節が出てきた。もしかして、アリアは詐欺師なのでは……と。

 詐欺師であるなら、それはもう御しやすい。

 証拠を突き付けて脅すも良し、利害が一致するなら行動を共にするも良し。

 正体不明な相手よりも、よっぽど扱いが分かりやすいのだ。


 ――教会の鐘が辺りに響いた。

 そうか、時間はもう正午か。そろそろ昼食でも――……と思った矢先、白い身なりをした少女が目に入ってきた。

 何という僥倖。ザインが探していた、アリアである。


「こんにちは!」


 油断をすると、また逃げられてしまう。

 ザインは自分のトークスキルを信じ、まずは話し掛けることにした。


「……あたしですか? こんにちは。

 あなたもしつこいですねぇ」


 そう言いながらアリアは、左手に持っていた紙袋から、魚型のお菓子を出して食べ始めた。

 ……というか、彼女の言う『しつこい』とは?


「えぇっと、会ったのは初めてだよね?」

「まぁ、そうですけど。でもさっき、鍛冶屋にいましたよね?」

「……バレてた?」

「それはもう。気配がダダ洩れでしたから」


 ……久しく聞いていなかった言葉。

 少なくとも隠密行動をする情報屋稼業である。そこまでダダ洩れのはずは無いのだが……。


「う、うーん、なるほど? 君はずいぶんな実力があるようだね……」

「まぁまぁ? ぼちぼちですかね?」


 アリアは手元のお菓子の、尻尾の部分を最後にペロリと食べ終わった。

 引き続き、ふたつ目のお菓子を紙袋から取り出す。


「せっかくだし、あなたもおひとついかがですか?」

「え? ……ああ、そうだな。それじゃ、ありがたく」

「ここのお店、お昼にはすごく混むんですよ。だから、急いで買いに行ったんです♪」


 その言葉に、ザインは親近感を覚えた。

 尋常ではない身のこなしを見せたのは、何とお菓子を買うためだったとは……。

 見た目にそぐわしい目的に、ザインは心を許してしまった。


「――お、甘いな。うん、確かに美味い!

 ……けど、何だか少し、水っぽいような?」

「おー、よく分かってらっしゃる!

 その下剤の存在が分かるなんて、なかなかですよ!」

「ふふふ、まぁ仕事柄な! 毒なんていうのもひと通り――

 ……って、え? 下剤?」

「しかも即効性ですよ!!」


 アリアの言葉に、ザインは腹部に違和感を覚えた。


「ぐぉっ!? ぬぐおおおっ!?」


 ザインが腹部を抑えようとした瞬間、アリアはザインの背後にまわった。

 そして片腕を取り、背中側で関節を極める。


「いててっ!? お腹と肘が、同時に痛い!!」

「ふふふ、あたしを追い掛けた罰ですよ~。

 もう、絶対に追い掛けないでくださいね?」


 ザインは激痛の中、考えた。

 これに従えば、トイレには間に合うかもしれない。

 これに従わなければ、尊厳的に死んでしまう。彼はもう、20歳を過ぎた大人なのだ。

 ……しかし一度でも従ってしまえば、情報屋としての矜持が死んでしまう――ような、そうでもないような。


「あああっ、いい話があるから! だから、その話はまた後で!!

 出ちゃうよ!! 出ちゃうよーっ!!!!」

「えぇ……」


 アリアはザインの言葉に、ついつい手を放してしまった。

 彼女だって、ザインの下半身に巻き込まれて汚されたくはないのだ。


「――離してくれて、ありがとう! また後で!!」


 そう言い残すと、ザインはアリアの前から猛スピードで走り去ってしまった。

 アリアは面倒くさそうな顔をしたが、そのまま、また紙袋に手を伸ばして魚のお菓子を――


「……いや。先に手を洗っておこう……」


 特に潔癖症ということも無かったが、何となく、そんなことを思ってしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――来たぞ!」

「来ないでくださいよ……」


 アリアがカフェの屋外席で寛いでいると、ザインが再び現れた。

 ザインは彼女の迷惑そうな顔を気にするでもなく、店員にコーヒーを注文する。


「しっかしお前、甘いものばっかり食べてるなぁ」

「いいじゃないですか、人の勝手です」


 アリアは気にするでもなく、目の前のコーヒーゼリーを突いていた。

 上にはクリームがたくさん乗っており、とてもボリューミーだ。


「――それで、何の用ですか?」


 アリアは仕方なさそうに、ザインに話し掛けた。

 彼女としても、逃げるのは面倒だし、相手をするのも疲れてしまうのだ。


「ずばり、お前は詐欺師だろう!」

「はぁ? あたしのこの服装――」

「ふふふ、教会で聞いてきたぞ! アリアという名前の神職者は、今この街にいるはずが無い!」

「……はぁ。まぁ、そういうことなら、はぁ」


 アリアは引き続き、面倒くさそうにザインに返事をした。


「ふふふ、神職者を名乗るのは言語道断……!

 ただまぁ、ひとつお願いを聞いてくれれば、通報などは止めてやろう」

「はぁ、それは助かります。騒がれると、いろいろ面倒ですから」


 その答えに、ザインは満足した。

 先ほどは下剤で不覚を取ったが、今は自分の方が有利な立場にいる。そう確信したのだ。


「今日の午前中に、鍛冶屋の旦那と話していただろ?

 俺は情報屋をやっているんだが、あの旦那から依頼を受けていたんだよ」

「へぇ? あの人、鍛冶のことで悩んでましたけど……情報屋に、何の依頼を?」

「俺は情報だけじゃなくて、細かい仕事も受けているからな。

 あの旦那からは。『お守り』が欲しいって言われていたんだ」

「お守り?」

「まぁ、心の拠り所になるなら何でも良いらしいんだけどな。

 モノは準備したんだが、一応、神職者に祝福をもらおうと思っていたんだ。

 効果なんて期待しちゃいないが、ストーリーがたくさんあるに越したことはないだろう?」

「はぁ」

「というわけで、お前が祝福してくれない?

 あの旦那と面識があるなら、その方が喜ぶだろうし」

「道具に祝福をするのは、どうにも苦手なんですけど……」

「はっはっはっ、詐欺師が何を言ってるんだよ~」

「あと、あたしの名前を出されるのも苦手なんですけど……」

「はっはっはっ、お前は詐欺師だからな! それじゃ、その辺りは高名な神職者の名前を出しておくよ!」

「はぁ。こういう人は苦手だなぁ……」

「え?」

「おっと、すいません、心の声が」

「少しは誤魔化しな?」

「……まぁ、やるならやりますよ。あの鍛冶師さん、今まではコツコツ修行をしている人でしたからね。

 できれば、道を外れて欲しくはありませんし」

「おお、そいつは助かる。で、用意したモノはこれなんだ」


 ザインはアリアに、ひとつのお守りを渡した。

 彫金で細かくデザインされており、それに革紐が付けられている。見た感じ、なかなかの逸品だ。


「あたし、やるなら真面目にやりますからね?」

「ほう、それでも大丈夫だぞ!」

「ではまず、嵌められている宝石を変えるので、代金50万ルーファをください」

「何ィ!?」


 『ルーファ』というのはこの国の通貨単位だ。

 ひとり暮らしなら20万ルーファ、家族持ちなら30万ルーファくらいの金額が、月に必要になる。


「まぁ、それくらいなら手持ちはあるが……」

「それじゃ、ちゃちゃっといじりますね」


 そう言うと、アリアはどこからか出した宝石と彫金セットで、お守りをいじり始めた。


「どこから出したの!?」


 ザインのツッコミに、アリアは何も返事をしなかった。

 手際よく宝石を入れ替え、最後には真面目な表情で、静かに祈りを捧げていた。

 ……ただその詠唱は、ザインには聞いたことが無いものだった。


「はい、どうぞ。少しだけ無理が利くようにして、あとは扱いきれない力を弾くように、しましたよ」

「ほう?」

「得意なことはちょっと伸びて、危ないのは弾く……って感じですね」

「おお、いいな、それ! なるほど、そういう謳い文句もアリか……!」

「いやいや、本物ですから。あたしの知識を駆使して、頑張ったんですよ!?」

「ははは、お祈りなんて、知識を駆使するものじゃないだろう?

 でも効果が、盛りすぎってくらい盛りすぎだから――その設定、使わせてもらうわ!」

「……はぁ。これ以上は付き合えません。なので、今回の手数料は要りませんから」

「おお! 助かるよ、親切な詐欺師さん!!」

「その代わり、胡散臭い情報屋さんとは、これっきりにしたいですね」

「胡散臭い、とは捨ておけねぇ。この前は凄腕の魔法使いから極秘の調査を依頼されたし、馬鹿にするんじゃないぞ――

 ……というわけで、俺も安心安全な情報屋と言われた男だ。ちゃんと結果は報告するからな!」

「え? だから、それは要らない――」

「逃げたら、どこまでも追い掛けて、報告するからな!」

「……はぁ。やっぱり、苦手な人だなぁ……」

「誉め言葉として受け取っておこう! それじゃ、高値で売ってくるぜー!!」


 頭を抱えるアリアを余所に、ザインは機嫌よくカフェから走り去っていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――その後、同じカフェの同じ席にて。


「今までやってなかった工程を試そうとしたら、鍛冶場の炎が急に荒ぶって火傷したんだと……。

 お守りのせいにされて、治療費500万ルーファも請求されたよ……」

「ああ、もうマイナスですね。鍛冶師さんも、無理しちゃったんでしょうね。あたしも注意しには行ったんですけど」


 ……さらに、後日。


「初めて氷属性を付与しようとしたら、両腕が凍傷になったんだと……。

 お守りのせいにされて、治療費1000万ルーファも請求されたよ……」

「ああ、もう借金ですね。鍛冶師さんも、無理しちゃったんでしょうね。あたしも注意はしてるんですけどねぇ」


 ……さらに、後日。


「初めて雷属性を付与しようとしたら、両腕がシマシマの傷物になったんだと……。

 お守りのせいにされて、治療費2000万ルーファも請求されたよ……」

「ああ、もう首ツリですね。鍛冶師さんも、無理しちゃったんでしょうね。あたしは悪くないですよ」


「――だから鍛冶屋はもう、廃業するんだとよ……。俺の評判もガタ落ち……。

 だあああっ! こんなお守り、もういるかーっ!!」

「才能があっても、急にできるものと、できないものがありますからねぇ……。

 あっ、そのお守り。捨てるなら100ルーファで買いますよ」

「売ったるわー!!」

「借金返済、頑張ってくださいねー」

「ふんがーっ!!」


 ザインは100ルーファを受け取ると、ドシドシと足音を鳴らしながらカフェを去っていった。

 その姿を、アリアはお守りごしに見送る。


「……はぁ。さすがにもう、会うことはないよね?」


 アリアは追加でデザートを注文したあと、テーブルにもたれて、うなだれた。


「――効果は本物なんだけどな。

 使う人に、よるからねぇ……」


 お守りの宝石は、陽の光に照らされて静かに輝いていた。

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