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癒しの君

 その日は朝から曇っていた。

 雨が降りそうではあったが、一日中、ずっと曇りが続いていた。

 街の教会のシスターであるシンシアは、遠い山の向こうを心配しながら、何となくすっきりしない気分で夜を迎えた。


「こんばんはー」

「こんばんは。今日はどうされましたか?」


 夜中、突然ひとりの神職者が姿を現した。

 シンシアには馴染みのない顔だったが、抵抗なく、問題ない人物だと確信した。


「すいません。あたしは異端諮問局の、アストリア・S・ノクスといいます。

 連絡用の水晶玉を使わせてもらえませんか?」

「あら……。どうぞどうぞ、こちらへ」

「ありがとうございます、本当に助かります……!」


 シンシアはすぐに教会の中へ招き入れて、水晶玉の部屋まで案内した。

 これは教団の各拠点と連絡ができる特別な部屋で、教団の関係者しか使うことができない。


「あの方の名前……。

 もしかして、『アリア』さんっていうのは――」


 先日、見慣れぬ男性が、その名前の神職者について聞いてきたっけ。

 シンシアは、なるほど、といった感じで頷いた。

 自分が知るのと同一人物であれば、確かにこの街にくる際、連絡などはしてこないだろう。

 ……しばらくすると、そのアリアが、しおしおした表情で部屋から出てきた。


「だ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……」

「あはは……。定期連絡を、ずっとすっぽかしておりまして……」

「……うちの教会でよろしければ、いつでも来て頂いて構いませんよ?」

「あの水晶玉、あまり好きじゃないんですよねぇ」


 アリアはそう言ってから、教会の内部を見まわした。


「ところで、今日は人が少ないんですか?」

「ええ。この教会には司祭様がひとりと、私以外のシスターがふたりいるのですが……。

 今晩は山の向こうの貴族様の邸宅に、泊まり掛けで治療に行っているんです」

「へぇ? 何かあったのかな……」

「司祭様たちが最近、大怪我をした人の治療を行ったんです。

 その評判を聞いて、みんな呼び出された……って感じですね」

「なるほど、そこまで大きな街でもないのに、大変ですね」

「はい。ただ、その人は3回も立て続けに怪我をしていて……。少し、変わった人だったのかもしれません」


 ……何となく聞き覚えのある話に、アリアは少し笑ってしまった。

 それなら今日、シンシアがひとりきりなのは、多少なりとも自分が関係しているためだろう、と思ってしまう。


「それじゃ、ひとりは不安でしょう。

 あたしで良ければ何かお手伝いできますが、泊まっていっても良いですか?」

「わぁ、本当ですか? 実を言うと、ひとりきりで心細かったんです……。

 泊まって頂ける部屋はありますので、ご安心ください!」

「あたしも、宿代が助かります……!」


 シンシアは、アリアの言葉に安心した。

 自分が恩を与えるだけではなく、相手からも恩を与えてくれるのだ。

 そうとなれば、気分はさらに楽になる。いわゆる、何も負い目が無いのだから。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――ドンドンドン!!


 深夜に、教会の扉が強く叩かれた。


「ど、どうされましたか!?」


 シンシアが慌てて扉を開けると、そこには若者がひとり立っていた。


「すいません、シスター!

 向こうの酒場で爆発事故があって……。怪我人が大勢いるんです!!」

「た、大変……。早速向かわないと!

 そうだ、アリアさんも――」

「準備は出来ています。さぁ、行きましょう」

「え……あ、はい!」


 シンシアとアリアは、若者に導かれるまま走っていった。


 ――現場は酷いものだった。

 屈強な大男もいる一方、普通の人も大勢いる。

 酒場の建物は崩れて、柱の下敷きになっている人もいるようだった。

 人数としては……20人と、少しくらいか。


「何で、よりにもよって……こんな日に」


 シンシアは絶望した。

 昨日か、あるいは明日であれば、教会の司祭と他のシスターもこの街にいたのだ。

 しかし今は自分だけ――……いや、幸いなことに、アリアさんがいる。そう思った瞬間、希望の光が射し込んできた気がした。


「アリアさん! ふたりで治癒魔法を掛けていきましょう!!」

「あ、ごめんなさい。あたし、治癒魔法って使えないんです」

「えっ」


 シンシアは絶望した。

 神職者であれば、少なくとも何かしらの治癒魔法は使えるはずなのに……。


「か、簡単なものもダメですか?」

「えーっと、治癒薬なら持ち歩いているので……」


 アリアはどこからともなく、治癒薬の入った細いガラス瓶を取り出した。


「あ、あれ? 今、どこから出しました……?」

「えっと、あたしの帽子は魔導具になっていて――……中から、こんな感じで!」

「収納系の魔導具を持っているなんて……さすがアリアさん。さすが特務――」

「まぁまぁ。それよりも、早く手当てをしていきましょう。

 シンシアさんは治癒魔法で、あたしは治癒薬で!」

「はい、分かりました!」


 アリアが持っていた治癒薬は7本だった。

 それを掲げて、まわりの怪我人に声を掛ける。


「治癒薬で治しちゃいたい人、いますかー?」


 意識のある怪我人は、彼ら同士で目配せをした。

 誰も彼もが、あまり乗り気ではない。その理由はその場にいる全員が知っていた。


「……掛けちゃいますよ! はい、まずはそこの人!!」

「うわ、ちょっと待って! 心の準備が――うぎゃあああああっ!!!!」


 治癒薬が傷に掛かった瞬間、その怪我人は大きな声を出した。

 この治癒薬というものは強引に怪我を治すもので、傷口に掛かると尋常ではない痛みが走るのだ。

 ……そのため、怪我人はできるだけ、治癒魔法での治療を望むことが多い。


「分かります、分かりますよ。

 あたしだって、こんなのは掛けられたくないですもん。

 でも、治癒魔法には限りがあるので――」


 アリアの言葉に、他の怪我人は目を俯かせる。

 ……しかしアリアは容赦なく、本数分の怪我人を治していった。


 ピクピクと床に伏せる元怪我人を尻目に、アリアはシンシアの元に駆け寄る。


「調子はどうですか?」

「うぅ……。実は私も、治癒魔法は上手くなくて……。

 治癒士になろうとして、いつも頑張ってはいたんですが……」


 そう言いながら、シンシアは治癒魔法を掛け続けた。

 両手の先には薄い金色の魔方陣が宙に浮かび、微かな光が弱々しく揺らめいている。


「このままだと、難しそうかな……。残りもまだいるし――」

「うぅ、そんな……っ!」


 そんな中、ひとつの吉報がもたらされた。

 それは最初に教会に来ていた、若者からのものだった。


「宿屋に、冒険者の治癒士の方がいました!

 今、こちらに向かってきてもらっています! ただ、もう少し時間が掛かりそうなんです……!」


 シンシアはその言葉に一瞬顔を緩ませたが、しかしその時間が来るまで、結局はひとりで支えなければいけない。

 それを考えると、やはり――


「わ、私……頑張ります! でも、私は……私の力だけでは……っ!?」

「――ならば祝福を与えよう。

 汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」


 突然の詠唱に、シンシアは驚いた。

 この局面で、一体何をするのか。教団の中でも、こんなものは聞いたことがない。

 しかし、何かに導かれている気がする――


 アリアの指先からシンシアの額へ、確かな何かが流れた。

 しかしそれは、誰も観測することは出来なかった。


「――神の祝福はここに在り。

 望みと共に、その魂から発芽せよ――」


 シンシアは額に一瞬の熱さを感じたあと、胸の中が燃えるように熱くなった。

 想いを叶えるものが、胸から腕へ、腕から指先へ――


「あなたが手に入れたギフト――……才能? おめでとう、シンシアさん。

 『治癒の才能』を得たようですね」

「え……? 今は一体、何をしたの……?」


 我に返ったシンシアは、まずは自身の両手を見た。

 今までよりも強い力を感じる。今までよりも、強い治癒魔法を使える気がする。


「……これも、オルビス様のお導き?

 アリアさん、私……やります!!」


 シンシアとアリアが所属する教団は、愛の神オルビスを信仰している。

 当然ながら、治癒魔法というのもオルビスの力を借りたものだ。

 シンシアは治癒魔法を使い始めた。見る見るうちに、目の前の大きな傷が塞がっていく。

 しかし、ふたり目を治癒した直後――強いめまいがするのを感じた。


「……既に、魔力をかなり使っていましたからね」

「でも、もう少し……。もう少しだけ――」

「ふむ……。あ、そうだ。このお守り、使ってみてください」


 先日、アリアが作ったお守り。

 この場面では治癒魔法の助けになるだろう。


「ありがとうございます。

 ――魔法を使うのが……楽になった気がします!」


 アリアはその光景を眺めて、お守りが上手く機能していることを確認する。

 それと共に、ひとつの疑問が頭をもたげた。


「……そういえば、ここに向かっている治癒士って……どうなったのかな?」


 時間にすれば、もう着いていてもおかしくない時間だ。

 それなのにまだ姿を見せず、その後の連絡ももらっていない……。


「ちょっとあたし、見て来ますね」

「あ、それなら僕も行きます。案内しますね!」


 アリアと若者の声に、シンシアは力強く頷いた。

 自分に与えられた才能と、手にしたお守り。それらがあれば、この難局はどうにか乗り越えられるだろう――



 ……しばらくの時間のあと、シンシアは自分の腕をだらりと垂らした。

 酒場で怪我をした全員を、どうにか治癒することができた。魔力は、何とか足りた。

 他に問題が無ければ、全てが終わる。……自分は、ここまで上手くやれたんだ。

 明日からはこの才能で、憧れの治癒士を目指したりしちゃって……。そんな未来を思い描いていた。


「――シンシアさん! まだ治癒魔法は使える!?」


 離れた場所から、アリアの声がした。

 声の方を向いてみれば、アリアと若者がそれぞれ、ひとりの人間を抱えている。


「そ、その人たちは……!?」

「応援に呼んでいた治癒士の人が、通り魔にあったみたいで!」


 ……そんな偶然って、ある?

 シンシアは当然の疑問を呈した。しかし、今の私なら大丈夫――……大丈夫だ。


「私が治癒魔法を掛けます! こちらに並べてください!」


 アリアと若者は、指定された場所に怪我人を寝かせた。

 どちらも傷が深く、鋭い切り傷から血を流している。


「これは……剣の傷? いや、風魔法……?」


 どちらにしても、今は治癒魔法を掛けるしかない。

 しかし、どちらも一刻を争う状況だ。

 周囲には事故のことを聞きつけて、人が増えてきている。

 ただ、治療を出来る人がいるかは……分からない。


 シンシアは目の前のふたりに、交互に治癒魔法を掛けていった。

 魔力の限界は近いが、それでも均等に、どちらも助かるように、魔法を掛けていく。


「シンシアさん。このままじゃ、どちらも……。

 ふたりを助けるのは無理じゃない? せめて、どちらかなら――」

「わ、私は――どちらも助けます! 諦めることなんて、できません!!」


 シンシアは、さらに力を入れて治癒魔法を使い続けた。


 ――しかし残念ながら、あるときを境に、一気にふたりの容態は悪くなり……亡くなってしまった。

 もしかして、怪我をしたのがひとりだったなら……。自分が、どちらかひとりを選べていたなら――


「……うぅ。

 ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」


 シンシアの嘆きが辺りに響く。

 彼女は最大限の努力をした。いや、それ以上の努力をした。

 それに、彼女がまわりを責める要因なら、いくらでもあった。

 しかしシンシアはそれをせずに、自身の責任として、全てを受け止めてしまった。


「――大丈夫。君を責めることは、誰にもできないよ」


 なまじ力があるから、選択を間違えることだってある。

 アリアはシンシアからお守りをそっと外し、自身の手のひらに収めた。

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