観察日記
――翌日。
大聖堂は朝から、どこか浮き立つような賑やかさに包まれていた。
ザインは一通りの雰囲気を眺めたあと、メルヴィナに質問する。
「いつも、こんな感じなの?」
「6日後に、オルビス神の生誕祭があるんです。
ですので、最近はこんな感じですね」
メルヴィナは誇らしげに答えた。
しかし、質問をしてきたザインは微妙な表情を見せる。
「あ、あの……? どうかしましたか?」
「ううん、何でもない! そ、そうかー、生誕祭なのかー。ふぅん……?」
何か引っ掛かった様子ではあるが、自分には教えるつもりは無いようだ。
メルヴィナは気を取り直して、アリアに話し掛ける。
「アリアさん、まずは礼拝に行きましょう!」
「パスぅ」
「ダメですよ! 神職者が礼拝をサボって、どうするんですか!」
そう言うと、メルヴィナはアリアの袖を掴んで、ぐいぐいと引っ張った。
それを見て、ザインは不思議な顔をする。
「……ザインさん? どうかしましたか?」
「ああ、いや……。メルヴィナって、アリアの袖を掴めるんだな、って……」
「え? ……何を言っているんですか?」
メルヴィナは混乱した。
アリアの服は神職者のもので、別に掴むことは難しくもないのだが……。
掴んだ先の袖に視線を移し、再びザインに目をやると――
足をしきりに痛がっていた。ついでに、アリアを睨んでいた。
……何だかさっきから、よく分からない人。
「ところでザインさん。私はこう見えても男爵家の息女なんです。呼び捨ては止めてもらえませんか?」
「おっと、すまん。メルちゃんって呼べば良い?」
「やめてください!!」
「情報屋、それは距離を詰め過ぎだよぉ」
「お前が言うなよ……」
アリアとザインはやたらと滑らかに、軽口を叩き合っている。
神聖な場にそぐわない……とは思うものの、メルヴィナはどこか、気になってしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――メルヴィナは真面目な人間だった。
オルビス教の信仰についても同様で、模範的とされる表彰を何度も受けていた。
礼拝はオルビス神に心を寄せる、神聖にして、癒しの時間でもあった。
しかし――
……今はアリアのお目付け役である。
礼拝中、アリアのいた場所を薄目で見てみると……彼女の姿は無かった。
頬を引きつらせてから、ゆっくりと礼拝堂の中を見てまわす。
多くの神職者が祈りを捧げている中……ちょうど、アリアが礼拝堂から出ていくところだった。
「ちょ……」
メルヴィナは祈りをキリよく終わらせて、慌ててアリアの後を追った。
礼拝堂を出て、廊下を急ぎ足で抜けて、中庭に出ると――
……アリアがぴょーんっ、と、建物の上に飛んで行ってしまうところだった。
「え……。うそ……?」
高さとしては、優に5メートルはある。
しかし勢いも碌に付けず、身軽に……それに、魔法も使っていないようだった。
「ふふふ、あれには驚くよな」
気が付けば、横にザインが立っていた。
腕を組みながら、仕方の無さそうに……アリアの消えた先を眺めている。
「ザインさん……!? あんなの、いつもどうやって追い掛けているんですか!?」
その言葉に、ザインは優しい目で答えた。
「あいつが逃げ始めたらな……。基本的に、追い付けん!」
爽やかな口調で力強く、最初から諦めている言葉。
またもや、メルヴィナからの評価を落としたザインだった。
――メルヴィナは真面目な人間だった。
任せられた仕事は確実にこなす、というのが彼女の信条だった。
それなのに、当のアリアはザインよりも良く分からない存在……。
なんであんな人が、神職者なのか。
なんであんな人が、異端諮問局なのか。
なんであんな人が、特務裁定官なのか。
……外回りをしている神職者は、メルヴィナの知り合いにも何人かいる。
真面目な人もいるし、少しは真面目でない人もいるが、基本的には信仰に忠実な存在だ。
反面、明らかに道を違えている人もいる。不正な人脈を築いていたり、賄賂を受け取ったり――
……きっとアリアは、後者に違いない。
悪いことをやっているかは分からないが、信仰に対して忠実ではないのは確かだ。
大聖堂の敷地内は、人で溢れ返っていた。
いつも混んでいるとはいえ、今はオルビス神の生誕祭を控えている。
そのため、いつも以上に混んでいるのだ。
……そんな中、当のアリアの声が聞こえてきた。
傍らには信徒の子供がいるらしい。
「はいはい、泣かないでね~。飴玉あげるよ~?」
「……ありがと」
「お礼を言えて、エライね~。ママかパパはいるの?」
「うん……。でも、どこかにいっちゃって……」
「あはは、混んでるからねぇ。それじゃ、おねーさんが一緒に探してあげるよっか」
「ほんと? でも、おしごとはだいじょぶ?」
「おねーさんの仕事は、困った人を助けることだからね~。大丈夫だよ!」
……いや、今は礼拝をするのがあなたの仕事でしょう。
メルヴィナは心の中でそう呟きながら、アリアの後を追った。
迷子の対応は案内所で扱っているが、アリアはそこに着いてからも、ずっと子供をあやしていた。
しばらくすると両親が現れて、子供は笑顔を浮かべながら別れていった。
「アリアさん……ッ!」
タイミングを見て、メルヴィナはアリアに声を掛けたが――……その瞬間、アリアは走り出した。
全力ではなさそうだが、静かに、誰の邪魔にもならないように、気付かれないように。
メルヴィナは走るのは得意ではなかったが、追い掛けざるを得なかった。
「――痛たたたッ! ギブアップ! ギブアップッ!!」
ようやく追い付いてみると、アリアは男性を地面に押し倒して、右腕の関節を極めていた。
見れば、近くに古びた財布が落ちている。
恐らくは近くでおろおろしている老婦人のものだろう。
しばらくすると警備の騎士がやって来て、その男は大人しく連行されていった。
「お嬢ちゃん。捕まえてくれて、ありがとねぇ。少ないけど、お布施が入っていたんだよぉ」
「いえいえ、取り返せて良かったです。とはいっても、慌てちゃいますよね」
「本当に……。まさか大聖堂で、盗みに遭うなんて……」
「申し訳ありません。警備の部署には、しっかり伝えておきますので」
「ふふふ、よろしくねぇ。お礼に、飴玉あげるわ♪」
「あたしからも、あげますねぇ。ふふっ、交換~♪」
「あらあら、ありがとねぇ♪」
老婦人を笑顔で見送ったあと、アリアは再び走り出した。
「えぇ!? また……!?」
次に追い付くと、神職者の女性が3人の男に囲まれて、ナンパにあっている光景に出くわした。
……正直、神職者には見た目が美しい人が多い。
そのため、外部からきた人間が問題を起こすことも多いのだ。
「はい、はい、はいっと!」
「いてぇー!?」
「こいつ、舐めやがって……! いてぇー!?」
「お、俺は逃げるぞ……! いてぇー!?」
……問題を起こした男たちは、あっさりとお縄についた。
そして助けられた神職者の女性は、アリアをぼーっと眺めている。
「それじゃ、気を付けてね!」
「あの……、お名前は――」
「アリアでーす!」
ただそれだけを名乗ると、アリアはさっさと姿を消してしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――メルヴィナがアリアをようやく捕まえたのは、日が暮れてからだった。
メルヴィナはお目付け役の仕事どころか、追い掛けるだけで1日を使ってしまったのだ。
「……はぁ。アリアさん、本当に自重してください……!」
「あたしは外回りばっかりだからさ。どうしても~……ね?」
「まぁまぁ、メルヴィナの立場も考えてやれよ」
また呼び捨てにしてる……とメルヴィナは思ったが、とりあえずそれは置いておくことにした。
ずっと一緒に旅をしているザインですら、この程度のことしか言えないのだ。
……きっとアリアという人物は、真に問題児なのだろう。
「まぁ、メルちゃんの仕事は、あたしに大聖堂の仕事をさせることじゃないでしょ?
その日にやったことは伝えるからさ、主教殿にはそれを報告してくれないかなー?」
「……やったことを全部、教えてくれるのですか?」
「うーん……。一部抜粋?」
アリアの言葉に、メルヴィナは溜息をついた。
やったことが悪か、といえば、そんなこともない。
アリアは大聖堂の中で、誰かの手が回らなかった仕事をしてくれていたのだ。
自分とは価値観が合わないものの、それが教義に反している……ということも無い。
アリアが助けた子供や老婦人、神職者の顔を思い出しながら、メルヴィナはそう思った。
「一応、私の職位はアリアさんより上なんですから。
もう少し、ザインさんの言うように……私の立場を考えてください」
そう言うと、メルヴィナは両手の上に、精巧な光の鳥を作り出した。
生きているわけではなく、光の粒で描いたものだが――それにしても、とても美しく……生き生きとしている。
「おー。これがメルちゃんの異能、『光の饗宴』なんだね。綺麗~♪」
「これは、確かに……!
聖務典礼局は、こういうのを使って儀式の演出をするんだろ?」
「はい。私も生誕祭の初日は、儀式に参加するので……。
だからせめて、その日くらいは大人しくしていてください……!!」
切実なメルヴィナの姿を見て、アリアはザインに言葉を投げる。
「ふぅ……。うーん、どうしようか、ねぇ?」
「いや、大人しくしてやれよ……」
その言葉に、メルヴィナは顔をぱぁっと明るくさせて、喜んだ。
「あ、ありがとうございます!
ザインさんも、まともなことが言えるんですねっ!!」
「は、はぁ!?」
思わずザインは声を荒げたが、アリアはそれを見て笑っていた。
「……仕方ないなぁ、メルちゃんの顔を立ててあげるよ。
礼拝以外は、真面目にやるね」
「礼拝も真面目にやってください!?」
しかしその思いは届かず――
礼拝の時間だけは、変わらずアリアの自由時間になってしまった。




