内緒の依頼
1週間後、メルヴィナは驚愕した。
そんな短期間で、真偽鑑定官であるミラの実力が、見るからに上がっていたのだ。
「ザインさんは――
『異能の天球儀』の破壊について、『どちらかといえば破壊した』と考えているようです」
「えぇ……」
「それは自分の意思で破壊しましたか? ……『いいえ』。
やむを得ない状況で破壊することになってしまいましたか? ……『はい』。
その原因はアリアさんにありますか? ……『はい』」
ミラはあらかじめ用意していたチャートに従って、状況を細かく絞っていった。
そして得られた最終的な結論としては、『アリアから受け取るときに落として壊れた』……という、実際に近いものだった。
「そこまで確認できれば、問題はありませんよね?」
一通りの鑑定が終わると、アリアは幕引きを求めた。
これ以上絞り込んでいくと、アリアがザインにわざと落とさせた……というのがバレる可能性があるからだ。
オリバーは客観的な立場として、これ以上の確認は不要という認識を示した。
「うむ、問題ないだろう。
ここまで細かく鑑定をすれば、主教殿も文句は言うまい」
オリバーはミラから紙に書かれたチャートを受け取って、自らもサインを入れた。
これによって、立ち合いが正当に行われた、公式な書類として扱われるのだ。
「……分かりました。今回の事件は故意ではないもの……として、報告いたします」
「メルちゃん、そもそも事件ではないですよ。あくまでも、事故だったということで♪」
アリアの軽い口調に、メルヴィナは苛立った。
自分の想定外の結果と、そもそもミラの、不自然な急成長……。
せめて、それくらいは主教に報告をしなければいけない。
「……ミラさんは、何で急に実力が上がったんですか?」
「異能については、アリアは局の誰よりも詳しいからね。
熟達するための手助けができる、ということさ」
「興味があれば、メルちゃんも修行してあげますよー。ふふふ、神職者のよしみでねぇ♪」
メルヴィナは思わず、ミラの方を振り向いた。
「あ……その、もし悩んでるのであれば……。良いと思いますよ……?
振り子を眺めたり、マッサージやストレッチをやったり……。あとは、心の持ち様を教えてもらったり……でした、けど」
ミラはメルヴィナの圧に押されて、やった内容を自然と口に出してしまう。
変哲のない行動にしては、得たものは大きく……それがまた、胡散臭さを増幅させる。
「やり方は人それぞれですからね。
ミラちゃんの方法を聞いて実践しても、上手くいかないと思いますよ~」
主導権は自分にある。そんなアリアの言い方が、メルヴィナの感情を逆撫でする。
「……私は、今のところ困っていませんから。今日は失礼します!!」
「ああ、主教殿にもよろしくな」
メルヴィナが不満そうに去ったあと、オリバーの執務室のソファに全員で座る。
ミラは遠慮していたが、オリバーの言葉でようやく着席した。
「――ふぅむ。アリアはやっぱり、異能に詳しいのだね」
「日々これ精進、ですよぉ」
アリアはしれっと答えた。
そういえば、祝福で異能や才能を与えられるのは……秘密にしておいて欲しいんだっけ?
ザインはダンジョンに籠っていたとき、アリアからそう聞いていた。
……ちなみにバラしたら、変な才能を付けてやる、とも脅されていた。
本当に変なものを付けられるのかは謎だが、実際に付けられても困るので、ザインはアリアの言う通りにしよう……と心に決めていた。
「まぁ、異能が育つ……なんて、あんまりイメージできないからなぁ」
「そうそう見ることが出来るものではないからね。
結局は、日々を積み上げる者が一番強いのだよ」
「わ、わたしも痛感しました……。せっかくオルビス神からギフトを頂いているのですから、わたしももっと努力しないと……」
「ミラちゃんはエライね~♪
みんながこうだと、しっかり応援したくなるんだけどねー」
……さりげない言葉だが、ザインは深く頷いた。
結局アリアは、日々を積み上げる者が好きなのだ。この辺り、オリバーと価値観が一致している。
全員で少し話をしてから、ミラは用事があると執務室を去っていった。
「――さて。『異能の天球儀』については、ひとまず問題は無いかな」
「はい。まったく、迷惑な魔導具でした」
そもそも『異能の天球儀』は、主教が血眼になって探していたものだ。
オリバー自身は破壊するのも止むなし、と思う節があったが、どうしても主教の動きは気になる。
「うん、アリアの意見には同意だな。
事態の収束もご苦労だった。ただ、それにしては大聖堂に戻るのが遅かったが」
「ええ、はい。それは、まぁ。……実はこちらの情報屋が、借金に苦しんでおりまして」
「急にその話!?」
「それで早く解放されたいと、ダンジョンで金策をすることになったのです」
「え? 元々はお前がまだ戻りたくないって――」
アリアはテーブルの下で、ザインの足を踏んだ。
ザインの口は『へ』の字を描き、出そうになった言葉も一気に引っ込む。
「まぁ、借金自体は悪ではないがね。
ザイン君、身を滅ぼすほどのものは止めておいた方が良いよ」
「ははは……。左様でございますね……」
ザインは横目で、アリアを静かに睨んだ。
アリアは平然と、ザインを見ようとすらしない。
「そういうことですので、引き続き彼のお手伝いをしたいと思います。
『異能の天球儀』の報告も終わりましたので、そろそろ教都からは――」
「では、彼にも手伝ってもらうことにしよう。もちろん、依頼料は支払うからな」
オリバーの言葉に、アリアはぎくりとした。
「えっと……、オリバー様? 何を仰っているのやら……」
「先ほどの続きなんだが、主教が何で『異能の天球儀』を欲しているのか、調査して欲しいのだよ。
異端諮問局は、教団内部の調査も業務に含むからな」
「それに俺も加わる、と?」
「うむ。ザイン君はアリアのサポートとして、調査を手伝って欲しい」
「むぅ……」
アリアの嫌そうな表情に、ザインは何も言えなかった。
こうもあからさまな不満顔は、アリアにしては珍しい。
「それでは、私はザイン君と少し話をしていこう。
アリアは一旦、自分の部屋に戻っていてくれ」
「……はい、わかりました」
執務室を出るとき、アリアはザインを軽く睨んだ。
余計なことは言うな……という注意だったのだろう。
「――ふぅ、行ったかな?
一応、防音の魔法を掛けさせて頂こう」
オリバーはそう言うと、右手の先に魔法陣を作り、周囲には静かな光が満ちていった。
光が消えると、音の反響がいつもより不自然な、少し慣れない空間になった。
「おお……、これは良い魔法ですね。私も覚えられたら、便利そうですけど」
「ふふ、ザイン君は情報屋をやっているそうだからね。
さて、まずは最初に言っておきたいのだが――」
オリバーは真面目な顔をした。ザインは唾を呑み込み、次の言葉に備える。
「……アリアはなぁ……。
全ッ然ッ、大聖堂に戻ってこなくてなぁ……」
「……は?」
「定期報告をしろと言っても、全然連絡を寄越さないし……!
寄越してきても、さっさとすぐに終わらせようとするし……!」
「は、はぁ……」
「そのたびに、何とかいろいろと話を引き出そうとして、お互い気まずくなるし……!」
「何か、親子みたいですね……」
完全に、父親と思春期の娘である。
先ほどまでの直接の面会は、普通の上司と部下にも見えていたのだが……。
「……実はね、アリアを大聖堂に誘ったのは私なんだよ」
「そうだったんですか?」
「昔、異端諮問局が追い掛けていた男がいてね……。
ようやく私の部隊が追い詰めたとき、その男がアリアを襲っていて……」
異端諮問局の部隊が追い掛けていた、というのであれば、そこら辺のチンピラというわけでもないだろう。
しかし襲われるといっても、アリアは異能の『対象化拒否』を持っている。
そんな彼女を襲うことが出来るだなんて、一体その男というのは……?
「オリバーさんたちが、その男から……アリアを助けた、ということですね?」
「ああ、いや。アリアが、その男を倒していたんだ」
「……残念ながら、私の知るアリアでした」
ザインの言葉に、オリバーは笑った。
「あの子は実際、稀有な力を持っている。
ただ、詳しくは聞けないのだが……いろいろと、背負い過ぎている気がするんだよ」
「確かに、何を背負ってるのか、どこまで背負ってるのか……さっぱりですよね」
「だからな、たまには……少しくらい、休んでもらいたいんだ。
私はアリアの味方だ。君だって、そうなんだろう?」
「そうですね……。仲間、兼、債権者……ですかね」
「ふふっ、良い関係じゃないか。
そんなわけだから、ザイン君もしばらく一緒に休んでいってくれ」
ザインは笑顔で頷いて、オリバーの依頼を受けることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オリバーの執務室から出ると、扉の横でアリアが待っていた。
ザインはオリバーの愚痴……のようなところを除いて、話した内容をアリアに伝えていく。
「――はぁ。結局、しばらく滞在しないといけないのかぁ……」
「たまには良いんじゃないか? 久し振りに帰ってきたんだろ?」
そう言うザインを、アリアは微妙な目で見て返す。
「報告が終わって、さっさと立ち去れなかったのはあたしの失態でもあるからね。
……ええ、いいですとも。甘んじて受けましょう」
「お前は自由な人間だからな。多分、ここは窮屈なんだろうなぁ」
「そうだね。そういうのも、大きいのかな」
アリアは諦めたのか、手を組んで大きく伸びをした。
「――アリアさん」
突然、後ろからメルヴィナの声がした。
彼女は手ぶらで、執務室を出ていったときには持っていた紙の束を、今は持っていない。
「メルちゃん、仕事は終わったんですか?」
「だからメルちゃんって――」
「注意しても、呼ぶのは止めないだろうなぁ……」
ザインの言葉に、メルヴィナは彼をキッと睨んだ。
しかしそんな気もしたので、メルヴィナは次の話に入っていく。
「先ほど、主教様から新しく命令を頂きました。
私はしばらく、アリアさんのお目付け役になります」
「あ、結構です」
「結構です、ではないんです! 教団のトップからの命令なんですよ!?」
「えぇー……? だってあたし、異端諮問局だし……」
「組織的には独立しているとはいえ、この命令は覆せません!
明日から一緒に行動しますからね!!」
「えぇ……。情報屋ぁ、助けて~……」
「助けたい気持ちはやまやまだが、今回に限っては助けられそうにないなぁ……」
この辺りの命令系統は、大聖堂の内部のものだ。
だからザインにはどうしようもない、というのもあるが――
……これくらいのことなら、自分でどうにか出来るだろう、と思ったのも正直なところだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アリアたちは大聖堂に泊まるということで、ふたりには広い客室が用意された。
部屋は隣同士になっていたが、今は何となく、ザインがアリアの部屋に押しかけていた。
「あーもう。どんどん、がんじがらめになっていく~……。
もう死にそう……」
「ははは、2か月や3か月もいるわけじゃあるまいし」
「1か月でもイヤなんだけど……?」
「ははは。それじゃ、出来るだけ短くなるようにしような」
アリアはふくれっ面をしながら、机の上に卓上カレンダーを置いた。
マメな彼女らしく、どこかに滞在することになると、たまにこれを出すことがある。
しばらく話しながら、ザインがふとカレンダーに目を移すと――
……とりあえず、目先のスケジュールが書き込まれていた。
――ただ、予定の中でひとつ……1週間後の日付の欄に、『IPGOO』とだけ、書かれていた。
他の予定とは違い、ずっと前から書かれているような感じではあるが――
「何か決まったら、そこに書いていくから。お互い、忘れないようにしようねぇ」
「おう!」
……しかしこれだけ見ても、どういう意味かは分からない。
アリアに聞けば答えてくれるかもしれないが……、何となく良い気分がしなかった。
……自分にとって、手を出してはいけない場所に、手を出してしまうというか。
最近はすっかり慣れたが、アリアには恐ろしく深い部分もある。
だから、この感覚は大切だ。一線、というものは本当に大切だ。
……とりあえずザインは、自分の勘に従うことに決めた。




