異端諮問局、局長
アリアはしおしおとしていた。
しかし教都に入るにつれ、大聖堂に近付くにつれ、しゃきっとしていった。
「うおぉ、やっぱりでけぇなぁ……」
大聖堂を前にして、ザインが呟く。
建物がそもそも大きく、全てが立派で荘厳であり、信徒があちらこちらを常に行き交っている。
王都でも神職者を見かけたが、教都では圧倒的に目にする機会が多かった。
「情報屋は、大聖堂に来たことがあるの?」
「以前、ちょっとな。調査の依頼があってさ」
「へぇ……。ところで情報屋って、何の仕事をしてるの?」
「……お前、マジで言ってんの?」
アリアは改めて考えてみるが、常々口にしている『情報屋』こそが、彼の仕事だと気付いた。
「おぉ……、慣れって怖いね。灯台下暗し……」
「それ、ちょっと違う気がするなぁ……」
「で、何の調査をしたの?」
「ああ。お前と知り合った街でさ、異能の調査をしてる……って魔法使いの旦那がいてな」
そういえば、そんな人もいたなぁ……。アリアは思った。
確かそのとき、『脇の甘い情報屋』についても話をしていた気がする。
……それがまさか、今や一緒に行動をしているとは。
「なるほど。人生、わからないものだねぇ」
「……そうだな?」
アリアとザインはいつも通り話をしながら、大聖堂に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂に入り、天井の高い受付を通り、豪華な内装の廊下を歩いていく。
「……やっぱり、凄い場所だよなぁ……」
「信仰だからね、見た目が大切なんだろうね」
どこか他人事のように言うアリアだったが、すれ違う神職者とは上手く挨拶や礼を交わしている。
さすが懐に飛び込むのが上手いやつ……とザインは思いながら、処世術とはやはりこうなのだな、と納得する。
大聖堂に入ってからしばらく経ち、奥へ奥へと進んだ先の、重厚な扉。
アリアは軽くノックをして、ゆっくりと開けて入っていった。
「ただいま戻りました、オリバー様」
その言葉に、ザインは少し戸惑った。
アリアが他人を『様』付けで呼ぶなんて……。
組織に属する以上は当然のことだが、それにしても不自然に感じられる。
「おお、アリアか。久しいな!」
奥にいる初老の男性は、嬉しそうに椅子から立った。
何かしらの作業をしていたようだが、今は何よりアリアが優先――
「おうおう! 全然育ってないなぁ、はっはっはっ!」
「余計なお世話です」
……ふたりの楽しげな会話に、ザインはどこか嬉しい感情を抱いた。
「ところで、こちらの男性は?」
オリバーはザインを見た。すかさず、アリアからの紹介が入る。
「こちらは旅の途中で出会った、情報屋です」
「ほう、以前も報告でちらっと聞いていたかな?
それで、名前は?」
「情報屋です」
「待て待てぇ!? そう呼んでるのは、お前だけだからな!?
――失礼しました。私はザイン・ヴェイルといいます」
ザインの自己紹介を聞いて、そういえばそうだった……と、アリアは思った。
彼女の中では、とりあえずザインといえば『情報屋』、になっていたのだ。
「ごめん、ごめん。そういえばそうだった」
「お前、俺のことを何だと思ってるの?」
「情報屋」
ザインはもう、溜息をつくしか出来なかった。
「ははは、ずいぶんと仲が良いようだね。
私はオリバー・C・エイマーズ。異端諮問局の局長を務めている」
「……ということは、アリアの上司なんですね。お初にお目に掛かります」
「まぁ、そう緊張せずに。
お茶を淹れさせるから、今までのことを色々と教えてくれたまえ」
「えぇっと、今は少し時間が――」
「はい、喜んで!!」
アリアの言葉を打ち消すように、ザインが短く答えた。
下から突き上げるような視線を感じながら、ザインはここで、アリアのことをできるだけ聞いてみようと画策したのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小一時間も話して、ザインは違和感を覚えた。
いろいろと聞こうとしていたのに、むしろ自分ばかりが話してしまう……。
栄養を吸い取られるような、生気を吸い取られるような。
自分のどこかが、しおしおし始めているように思えた。
「さて、それではあたしたちはそろそろ――」
「ああ、そうだ。それで、本題なんだが」
アリアが終わりを切り出した途端、オリバーが始まりを切り出した。
アリアからは、また面倒なことを……という嫌気が出始める。
「先日、『異能の天球儀』が壊れてしまったことを聞いている。
実物はあるかな?」
「……ですよね」
アリアはそう言いつつ、帽子に手を突っ込んで、袋に入った『異能の天球儀』を取り出す。
「おお――
……これは見事なまでに、ふふっ」
ザインはオリバーの笑みに疑問を感じながら、背中を伝う汗にも気付いた。
そんなザインを横目に、オリバーは手元のベルを鳴らした。
廊下からふたりの少女が現れ、つかつかと3人の元に歩いていく。
「――さぁ、ご挨拶をなさい」
「はじめまして。私は聖務典礼局のメルヴィナ・N・ローネルと申します」
「はははじめまして。わたしは教理監査局のミラ・R・ハストンですっ」
メルヴィナは所作が美しく、堂々としている。控えめにも見えるが、どこか強さも感じられる。
ミラは所作も言動もぎこちなく、頼りなく見える。控えめな性格が完全に露呈しているようだ。
彼女たちの自己紹介を受けて、アリアとザインも自己紹介をする。
「彼女たちも、異能をそれぞれ持っているんだよ。
メルヴィナは『光の饗宴』というもので、聖務の方で活躍してもらっている」
『光の饗宴』については、アリアも知っていた。
光を使って、宙に様々なものを描き出す異能。
完全に見た目だけの異能ではあるが、信徒を魅せる演出用の力としては、かなり優れている。
「ミラについては、『真偽鑑定』を持っている。
……実際、真偽鑑定官という職務についているんだ」
『真偽鑑定』についても、アリアは知っていた。
相手の承諾は必要とするが、その真偽を正しく判定することができる。
……メルヴィナは、テーブルの上の壊れた『異能の天球儀』を見据えた。
そして静かに、厳しい口調で言った。
「主教様が懸念していらっしゃるのです。
『異能の天球儀』が、わざと破壊されたのではないか、と」
主教というのは、オルビス教団で最も権力のある神職者だ。
しかしその名前を出されても、アリアは何ともない表情を浮かべている。
メルヴィナはオリバーに対しても同じように、強い視線を送った。
それを見たオリバーは、仕方の無さそうに笑う。
……まるで父親が、思春期の娘を見守るように。
「――私としても、異端諮問局が疑われているようで嫌なのだがね。
主教殿がしつこくてね」
「つまり、あたしたちをミラちゃんの真偽鑑定に掛ける、ということですね」
ふぅ……息をついて、アリアは立ち上がった。
そして静かに、ミラに話し掛ける。
「はい、どうぞ。
あたし、アストリア・S・ノクスは『異能の天球儀』について……嘘偽りなく回答します」
「あ……、はい。それでは……当時の状況を思い描いてください。
あなたは自らの手で、『異能の天球儀』を破壊しましたか?」
ミラはアリアの額に、手をかざした。
やわらかな光が包み、少しの余韻をもって消えていく。
「……答えは、『いいえ』でした。
アストリアさんは、『異能の天球儀』の破壊をしていません」
オリバーは頷き、メルヴィナは不満そうに首をかしげる。
ザインは……、あれ? と思った。
「それではザイン君にもお願いしよう。
君はずっと、アリアと一緒に行動していたからね」
場の視線が、一気にザインに集中する。
嫌な気しかしないが、ここで断るわけにはいかない……。
「俺……いや、私、ザイン・ヴェイルは……。
『異能の天球儀』について嘘偽りなく……回答、します」
ザインはアリアの言葉を思い出しながら、ミラの前に立った。
アリアのときと同じように、ミラは『真偽鑑定』を使い――
「ザインさんの答えは、判定不能……でした」
「……はぁ。
真偽鑑定官は嘘が言えない誓いを立てているので、本当に判定不能だったのでしょうけど……。
オリバー様、他の真偽鑑定官はいなかったのですか?」
「そもそもが希少な異能なのだ。そう言ってくれるな」
明らかに不満そうなメルヴィナと、それを取りなそうとするオリバー。
目の前のやり取りに、どうにも付いていけないザイン。
そんな彼に、アリアがそっと耳打ちをする。
「『真偽鑑定』は扱いにくい異能なんだよね。
『はい』か『いいえ』で答えられるものなら楽なんだけど、微妙なものは『判定不能』になっちゃうの。
……実力が足りないと、ね」
「ほう……」
ザインは考えた。
今の状況とは、つまり――
……アリアは100%、自分では壊していないと考えている。
……逆に自分は、100%ではないにしても、少しは壊したと考えている……?
そもそも『異能の天球儀』が壊れたのは、アリアに放り投げられたときに、取り損なったのが原因で……。
……それ、アリアは全然悪くないと思っているのか?
そこまで思考が及ぶと、目の前で悪戯に笑う少女の策略を感じた。
「まったく、これでは主教様に正しく報告できません。後日、他の真偽鑑定官をご用意ください」
「まぁまぁ、そうつんけんせずに♪」
「は、はぁ?」
苛立ちを隠さないメルヴィナに、アリアが突っ込んでいった。
「見れば、ミラちゃんもすごく緊張してますし。メルちゃんも落ち着いてくださいよぉ」
「だ、誰がメルちゃんですか!!」
「良いじゃないですか。
代わりにあたしのことは、『あーちゃん』でも、『アリア』でも、どっちで呼んでも構いませんよ」
「幼馴染でもありませんし!?
アリアさんと呼ばせて頂きます!!」
……そうは言うものの、『アリア』というのも愛称なんだよな……。ザインはそう思った。
しかし、さすが自分のペースに乗せるのが相変わらず上手い。
「メルちゃん。オルビスも言っているではないですか。
人々を切り捨てるな。手を伸ばす者には、手を差し伸べよ……と」
「それとこれとは別でしょう!? ミラさんは神職者なのですから――」
「まぁまぁ♪ 異能については、異端諮問局の方が詳しいんです。
少しばかり、ミラちゃんに修行を付けてあげますので!」
アリアはミラの腕を取り、身体を引き寄せた。
ミラは突然のことに、照れながら緊張している。
「――だからその後に、もう一度やってみましょう♪」
「異能はオルビス神から愛された証拠。
だからこそ、異能を使いこなせないのは神の冒涜、裏切りです。
そんな人が、ちょっとくらい修行をしたところで、使いこなせるようになるとは思いませんけど!?」
「まぁまぁ♪」
アリアはメルヴィナの口に、小さな飴玉を押し込んだ。
メルヴィナは口元に手を当て、驚きながら一歩引く。
「――ふむ、今は他の真偽鑑定官も出払っているからな。
主教殿には申し訳ないが、少しお待ち頂くように伝えよう」
「ミラちゃんの上司にも調整しておいてください。
教理監査局の局長は、オリバー様とは仲が良いですよね?」
「ああ、任せてくれ。それではみなさん、今日はこのあたりで!」
オリバーが両手をぱんぱんっ、と叩くと、あとは後日……という流れになった。
場からは一気に緊張感が引いていったが、ただひとり――
……希望が受け入れられなかったメルヴィナだけは、釈然としない気持ちで手を握りしめていた。




