光射す、闇の底で(2/2)
足元に散った塊から目を離すと、アリアはその大元――ギデオンが変貌した魔物に、目を向けた。
「グォオオ……? ヴィクトリアはァ――」
「死んだわ。次は、お前の番よ」
「……アイツがいなくなっても、俺の身体は何も変わらない……。
勝手に……動いていくゥ……」
「――情報屋」
アリアは静かに、情報屋を呼んだ。
「お、おう。どうした?」
「地上に戻って、攻撃を止めるように言ってくれる?」
「……一体、何をするんだ?」
そう言うザインに、アリアは冷たい眼差しを向ける。
いつものアリアではない。……しかし、おかしな選択は取らないだろう。
今回の戦いでは手を差し伸べる機会はなかったが……少なくとも、まだ手助けはできるはずだ。
ザインはそう思い、地上への道を戻っていった。
「――くくっ。俺を一体、どうするつもりだァ……?
……なぁ、嬢ちゃんよォ。俺にも死を……くれや、しないか?
もう、自由に動けない……。要らんものまで奪っちまう……。俺は、もう……」
「散々ものを奪ってきて、最後に何かを貰おうだなんて、ムシが良すぎるわね」
そう言う間にも、目の前の巨大な塊は何かに反応し続けている。
ヴィクトリアを斬り裂いたときの傷が深い上、地上では引き続き、集中攻撃を受けているのだろう。
「……俺は、どうすればいい? 懺悔でも、すればいいのか……なァ……?」
「安心して。私は何も与えない。ただ、奪うだけよ」
アリアは杖を手で3回転させ、びしっと目の前の塊に突き出した。
「――ああ、ありがとう。
散々奪ってきた俺が、最後に奪われるたァ……。盗賊の名折れだよ……」
アリアは静かに何かを口ずさむと、地下には強烈な輝きが満たされていった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――地上では戦いが続いていたが、大きな変化が訪れた。
多くの建物を覆い被さるように溢れていた魔物が、突然、動きを止めたのだ。
最後に暴れることもなく、断末魔の悲鳴も無く……。ただ、静かに終わった。
「――あいつ、倒せたのかな」
動かなくなった魔物を見て、ザインは静かに笑った。
すぐ側にいるドウェインも、魔物の最後を信じられない様子で見ている。
「……まさか、本当にこの魔物を倒したのか? まったく、信じられない小娘だ……」
「アリアなら、一応はあなた方の顔も立てると思いますよ」
「ああ、そうだろうな。憎たらしいことにな」
ドウェインはそう言いながら、空の向こうに目を移す。
誰からともなく、魔物は倒された――との話が上がり、それは徐々に、冒険者や住民を巻き込むように、大きな歓声へと変わっていった。
もちろん、騎士団の者たちも――
「気を抜くな!! 最後まで集中しろッ!!」
ドウェインの声に、団員たちは活を入れた。ただ、喜びの空気は完全には抜けない。
「まずは本当に魔物が死んだのか、確認が必要ですな!」
「然り。一刻も早く、安全を確保しなければ!」
その後の騎士団の動きは、とてもスムーズだった。
彼らは迅速に、討伐後の行動に入っていった。
カーティスもレイラも、冒険者も、街の人々も。
自分なりにできることを探して、街は全員の力で、復興の道を歩み始めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜になっても、街は騒がしかった。
魔物の討伐は終わったが、これからは新しい日々が始まる。
つらいことや、苦しいことも起きるだろう。
しかし、ようやく明るい未来を向くことができるのだ。
だからこの喧騒は、この街にとっての福音であるに違いない。
「――はぁ。
お前、また危ないところにいるなぁ……」
「見晴らし、良いでしょ?」
アリアは拠点としていた建物の、屋根に上っていた。
……星空の元、アリアの白い服が目に映える。
2階建ての建物なので、普通なら危ないのだが……ザインには、アリアが落ちるというイメージがどうしても湧かなかった。
「お前にしてみれば、いつもの席なんだろうけどさ……。
……それで、こんなところで何をしてるんだ?」
「そりゃぁ――……レイラから逃げてるんだけど?」
「あぁー……」
アリアが魔物を倒したと聞いて、レイラはアリアの元に駆け寄ってきた。
しかし、抱き着こうとしたが何故かできず、そのまま周囲をうろうろと回り続けて……アリアは居辛くなって、逃げてきたのだ。
「あんなに慕ってくれるんだし、抱きしめてやれば?」
「何かそれは……イヤ」
あんなにも強く、無敵にすら見えるくせに……やはり、苦手なものはあるのか。
ザインは思わず、にやけてしまう。
……街の人に囲まれたときは、あんなにも上手く立ち回れていたのに。
カーティスにも、シスターにも、他の街の人々にも、散々お礼を言われて……。
ドウェインからは、3か月分のお菓子を押し付けられて……。
そのときの光景を思い出すと、今回の騒動が終わったことが、改めて実感として湧いてくる。
「――あ、そうだ! それよりもさ!」
「ん?」
アリアは優しく微笑みながら、ザインに返す。
こんな顔は初めてかもしれない……この流れならいける。ザインはそう思った。
「俺のこと、名前で呼んでくれよ! 俺の名前はザイン・ヴェイルだぞ!」
「ふふっ、やっと名乗ってくれたんだねぇ」
「おう!」
アリアは少し間を取って、次の言葉を紡ごうとする。
そして緊張しながらも、ザインのことを改めて呼ぶ。
「――それで、情報屋はさぁ」
「おいぃ!? 名前ェ!!」
突然声を荒げるザインに、アリアは驚いてしまった。
「あー……、あれ? でも何だか、もう今さらじゃない?
『情報屋』って呼び方に、もはや愛着すらあるよ」
「いやいや、それはさすがに――」
「それでさぁ」
「お、おう……」
ザインは肩を落とした。
そのまま、次の言葉を静かに待つ。
「あたし、この街をもう出るよ。だから、これでお別れだね」
「え? うーん……。うーん? うーん……。
えぇっと……、あのさ。最後にお願いがあるんだけど……、良い?」
「うん? あたしに出来ることであれば」
アリアは夜空を眺めながら、軽く腕を伸ばす。
ザインはそんな彼女を見て、決心をしたように言う。
「……お金、貸してくれない?」
その言葉に、アリアはずっこけた。
「え……はぁ?
あたし、割と情報屋のことは見直してたんだけど……。最後に、それ?」
「ううぅ……。俺はそもそも、金が欲しくてこの街に来たんだぞ……。
それもこれも、元はと言えば、お前が作ったお守りのせいで……!」
ザインは以前、アリアの作ったお守りを高く売ろうとして……その結果、大きな借金を負っていた。
それを念頭に、ザインはアリアに訴える。
「しかも結局、今回は何の儲けにもならなかったし……。
……だから責任、少しは取ってくれない? 仕事で返していくからさぁ……」
「いや、その理屈はおかしい……。
――でも、まぁいいよ。根は真面目だし、情報屋としての腕もある。あと、利息の催促もしやすいし」
「……え? 利息も取るの?」
「そりゃ、もちろん。
法律で許される上限まで取るよ~。はい、決定ね!」
「……よし、話は決まったな。決まっちゃったな。
でも、助かるよ……。一緒にお金、稼いでいこうな!」
「あははっ。
それじゃ代わりに、あたしからもひとつお願いが」
「おう、何でも言ってくれ!」
アリアは彼女の帽子から、『異能の天球儀』を取り出した。
そしてそのままザインに放り投げる。……突然のことに、ザインはそれを取り損ねて――
――ガチャンっ
建物の屋根から落ちた『異能の天球儀』は、見事なほどに、バラバラに砕けてしまった。
「ちょ、ちょっと!!? な、何してるの!!?」
ザインの慌てる姿を見て、アリアは右手で口を押さえながら、目を細めてニヤける。
「あーあ、悪いんだー。壊しちゃったぁ~?
あれって、大聖堂に持っていかなきゃいけなかったんだよねぇ♪」
「そういえば大聖堂の依頼だったみたいだけど――……
……それならなおさら、壊したらダメだろう!? 本当に、何やっちゃってるの!!?」
「ふふふ。大聖堂には、情報屋が壊したって伝えておくねーっ」
「やめてーっ!?」
――明るい夜空に、ふたりの賑やかな声が響く。
これから先は、油断のできない、賑やかな旅が始まるだろう。
それはきっと、楽しい日々に違いない。
ザインは涙目になりながら、そんなことを思うのだった。




