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冒険者の煌めき

 『冒険者ギルド』というのは、様々な依頼が飛び交い、それを達成して報酬を得ようとする者が集まる場所だ。

 今年で20歳を迎えたクラリッサも、そこで活動する冒険者のひとりだった。


「クラリッサさん、今日も美しいですね!」

「クラリッサ! 今度また、一緒に剣の修行をしようぜ!」

「付き合ってください!!」


「あはは、ありがとうございます♪」


 ――クラリッサは人気者だった。

 彼女の笑顔は美しく、荒くれ者から受付嬢まで、幅広い人気を博していた。

 小さい街の小さい場所ではあったが、クラリッサはその現状に満足していた。

 しかし――


「ほら、退いた退いた!」


 やや荒々しい口調で、別の冒険者……ダイアンが現れた。

 クラリッサが彼女を見たのは初めてだったが、どうやらまわりはそうでもないらしい。

 クラリッサと同様に積極的に声を掛けられ、正直なところ、自分よりもどこか熱を帯びている……そんな印象を受けてしまった。


「すいません、あの方は……どなたですか?」


 そんな質問を投げ掛けると、受付嬢のふたりは嬉々として教えてくれた。


「最近この街にいらした方で、とてもお強いんですよ。魔物討伐を多くこなしてくれまして……!」

「簡単な依頼は受けないのですが、魔物討伐は一番難しいものまで受けてくれるんです!」


 彼女たちの言葉に、クラリッサは内心、少し苛立ってしまった。

 自分は強い魔物を倒せないが、その分、幅広い依頼をこなして貢献している。

 それなのに『強い』というだけで私よりも――


「……いや、みっともない。こんなの、ただの嫉妬だ」


 クラリッサは、自分の感情を正しく理解していた。

 しかしそうは言っても、もし自分がもっと強く在れば……そう思わずにはいられなかった。


 次の日から、彼女は積極的に魔物討伐の依頼をこなし始めた。

 もちろん、ひとりでは難しい。他の冒険者とパーティを組みながら、少しずつ、少しずつ。

 多少なりとも何かを掴みかけていた頃……彼女が参加していたパーティが、壊滅した。

 思い掛けなく強い魔物が潜んでおり、パーティの盾役をひとり残して、他は散るように逃げることになったのだ。


「私だって、前衛なのに……。うう、うっ……」


 クラリッサは身を潜めていた崖のくぼみで、ひとり嗚咽を漏らした。

 自分が不甲斐なかった。強さを求めている過程だったとはいえ、それにしても強さが足りない――


「――グルォオオッ!!」


 突然、魔物の咆哮が聞こえた。

 目線を上げてみれば、涙の向こうに見覚えのある魔物がいる。


「こいつは……さっきの!?」


 盾役はどうしたのだろうか。もしくは、先ほどとは違う個体なのだろうか。

 上位のランクに当たるこの魔物なんて、自分ひとりで倒せるわけがない――そう思った瞬間だった。


「――力が欲しいの?」


「……とはいっても、そんな余裕は無いか!」


 突然、ひとりの少女が現れた。服装を見るに、教団の神職者だろう。


「グォオオ……! ……グォ?」


 魔物は彼女を前に、何故か不思議そうに動きを止めたが……やがて少女が、杖の切っ先で魔物を軽く触れた。

 あんな凶悪な魔物に向かって、一体何を――


「ギャンッ!?」


 魔物は突然悲鳴を上げて、そのまま逃げてしまった。

 ……正直、よく分からない光景だった。しかし少なくても、自分がどうしようもなかった魔物を、簡単に追い払ってしまった――


「ははは……。こんな子にも、負けるだなんて……」

「こんにちは、大丈夫でしたか?」


 少女は、アリアと名乗った。教団所属で、今はあちこちを旅しているらしい。

 アリアの優しい笑顔に、クラリッサはついつい、アリアに心を許してしまった。

 感情はぐちゃぐちゃで、今の感情を全て吐露してしまった。


「――まぁ、確かに強さっていうのは大切ですけど」


 一通りの言葉を受け止めると、アリアはまず、そう言った。


「でも、それだけじゃないっていうか……?」

「……それは持っている人間の言葉ですよ。少なくとも、アリアは私よりも強いでしょう?」

「あはは、どうですかねぇ?」


 アリアははぐらかしたが、クラリッサには気になることがひとつあった。


「それよりも、アリアは……その、強くなる祝福とかを出来るのですか? さっき、その、確か――」

「あ、覚えてましたか? 神に祈りを捧げて、少し手伝ってもらう……って感じです。

 あたしのやつは、普通よりも効果が長いんですけどね」

「へぇ……? 一般的なものとは、何か違うんですか? ……これも縁ですし、私にそれをお願いできませんか……?」

「大丈夫ですよ。ただ、どういう祝福になるのかはクラリッサさん次第なので……。そこはご理解ください」

「分かりました。是非、お願いします」


 アリアはクラリッサの前に座った。

 右手を軽く握りしめ、人差し指と中指の2本を伸ばし、彼女の額にそっと触れる。


「――ならば祝福を与えよう。

 汝は神に身を委ね、欲する力を祈るべし――」


 どこか厳粛さを覚える口調に、クラリッサは目を瞑りながら驚いた。

 こんな少女から、こんな詠唱が出てくるなんて。

 よくは分からないが、今までに積み重ねてきた……ようなものを感じてしまった。

 それに比べて、自分はどうだったのだろう……。


「――神の祝福はここに在り。

 望みと共に、その魂から発芽せよ――」


 クラリッサは額に一瞬の熱さを感じたあと、身体の芯に違和感が走った。

 ……しかしそれはすぐに収まり、身体の中で何かが変わったことを感じた。


「あなたが手に入れたギフト――異能は、『歪な成長強化』ですね。

 今までよりも、色々と覚えるスピードが上がると思いますよ」

「え……? アリアの祝福は……異能を、与えることが出来るのですか?」


 異能というものは、持っている者がなかなかに少ない。

 これは天与の才というべき類のもので、人為に付けたりすることなんて出来ないはずだが――


「あはは、みんなには内緒ですからね?」

「分かりました。それにしても、『歪』……という名前は、不穏では……」

「真っすぐな気持ちで修行すれば、大丈夫なはずですよ!」

「……真っすぐ、については自信があります。

 今までの私は才能が無かったんです。今日からは、もっともっと頑張りますね!」

「う、うーん? 昔の自分を否定するのは、良くないですよ?」

「ふふっ、目にものを見せてやります!」


 ――それ以降のクラリッサの活躍には、目覚ましいものがあった。

 依頼を受けるたびに、そしてこなすたびに、剣が冴えわたっていく。

 来る日も来る日も、どんどん、どんどん、実力が上がっていく。

 どんどん、どんどん、どんどん――


「――はぁ!!」

「うぉ、あんな魔物を一撃で……」

「すごい、英雄クラスの強さじゃないか……!?」

「この辺りの依頼で、こなせないものなんて無いだろうな!」


 クラリッサは冒険のたびに、自分の評価が上がるのを感じていた。

 評価が上がるほどに、自分の成長が感じられた。


 クラリッサは深夜まで剣の修行を行っていた。

 実戦は昼間にできる。だからこそ夜間は、今までの復習や今後の予習、新たな技術の習得に心血を注いでいたのだ。

 そんなある夜――


「――こんばんは」

「おや、アリアじゃないですか。こんな夜中に、どうしたんですか?」

「この時間の頃って、結構好きなんですよ。だから、散歩~っていいますか?

 クラリッサさんも、精が出ますねぇ」

「日々これ精進。あなたも、私の活躍を聞いているでしょう?」

「あはは。クラリッサさんがいないときでも、話題が持ち切りですよ」

「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう♪」


 クラリッサはアリアには目を合わせず、一心に剣を素振りしていた。

 話している時間が惜しい。剣を1回振れば、振った分だけ強くなっていく――


「……ダイアンさん、ってご存じですか?」


 アリアの言葉に、クラリッサの動きが止まった。


「ええ。……彼女が、どうしたんですか?」

「彼女は大怪我をして、冒険者を引退したらしいですよ」


 その言葉に、クラリッサは頭の中から頭の上へ、何かが突き抜ける感覚を覚えた。

 不思議な解放感。不思議な高揚感――


「……そうですか。まぁ、そういう世界ですからね」


 クラリッサは引き続き、剣を振り始める。

 その剣筋は、ほんの僅かだけ、乱れていたかもしれない。


「クラリッサさんも、怪我には気を付けてくださいね。

 あと、一般論ですが……急に強い力を手に入れると、力に溺れがちになりますから。

 それにも気を付けて――」

「ははは、大丈夫ですよ。ここまで、上手くやってきたんですから」


 クラリッサは苛立った。

 今の自分は上手くやっている。ダイアンはいつの間にか、勝手に自滅した。

 他の街では分からないが、少なくとも、この街では自分がトップに返り咲いたのだ。

 ……そう。人気でも、強さでも。


 夜が白み始める頃。

 気が付けば、アリアはいなくなっていた。

 しかしクラリッサは、自分に意見する人間がいなくなって、それが心地よかった。

 今、剣の修行を休むわけにはいかない。今は、どこまでも強くなる時間なのだから。



「――クラリッサって、最近怖いよな」

「ああ、目に狂気が入ってるというか……」

「パーティを組んでも、ひとりで全部やっちまうからな……」


 ……あるときクラリッサは、自分の想定と違う評判を聞いてしまった。

 自分のことに気が付いていないのだろう。それ自体がどこか苛立たしく、文句のひとつでも言いたくなってしまう。


「ねぇ。私って、あんな風に言われているの?」


 依頼の確認をしていたクラリッサは、目の前の受付嬢に質問をした。


「え、えぇっと……。そういう人も、いる……っていうか……?」

「き、気にしない方がいいですよ……?」


 歯に衣を着せるような物言い。

 受付嬢なんて、冒険者をサポートする存在にしか過ぎない。

 何てこともない存在が、自分に曖昧な助言をしている。


「……あ、そうだ。こちらの依頼はどうですか?」

「そうですよ、この薬草採取の依頼なんて、たまには――」


「――私がそんなもの、受けるはずがないでしょう!!!!」


 クラリッサの大声と、頬を張る音。

 冒険者ギルドにいた全員が見たのは、受付のカウンターの中で涙を流す、ひとりの受付嬢だった。


「お、おい、クラリッサ! 何してるんだよ!!」

「そうだよ、何があったかは知らないが、さすがに手を出すのは――」


「――うるさい!! 私を誰だと思っている!!」


 ……その言葉と共に、クラリッサの右の拳が、受付のカウンターに叩きつけられた。

 大きな音と共に、冒険者ギルドの時間が止まる。

 クラリッサの目には余裕が無く、狂気さえが映っていた。


「……はぁ。

 職員さん。こいつ、出禁にしちゃって良いんじゃないですかい?」

「そうだよ。俺も証言するからさ」

「俺もするぞ。もう、付き合いきれねぇや」


 冒険者ギルドにいた全員が、受付カウンターに集まってきた。

 自然と、クラリッサは受付カウンターから距離を離されてしまう。


「……え? ……ね、ねぇ?」


 クラリッサの言葉に、誰も耳を貸さない。

 クラリッサの言葉は、誰の耳にも届かない。


 場を占める重い空気が、彼女の足を出口へと向かわせる。


「……何で?

 何で誰も、私を見てくれないの……?」


 ――私は、強さを手に入れた。

 しかし、私は……何を失ったのだ?


「……あ、あの人は!」


 外に出て、孤独になったクラリッサの前に見えたのは、アリアだった。

 クラリッサは何とか笑顔を浮かべて、親し気に声を掛ける。


「こんにちは、アリア。ところで――」


 アリアはクラリッサを一瞥したが、そのまま何も存在しないかのように通り過ぎていった。

 まるで何の価値も無い、路傍の石を見るような……そんな眼差しだった。


 アリアの後ろ姿が見えなくなると、クラリッサは膝から崩れ落ちた。


 ……自分は今、存在するに値しない存在だったのか? 自分は今、ここに存在していたのか?

 彼女は今、そんな疑念に駆られ始めていた。

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