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【休載中】冷酷と噂の名家当主に嫁ぐことになりましたが、私はただの雑用係です  作者: 月森 かれん


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33話 素性を明かす

 翌朝、午前五時半。


 澪が起床したのを見計らって、藤村が訪ねてきていた。

今日、皆に話す内容の確認だった。

 藤村は背筋を伸ばして正座したまま、ゆっくりと口を開く。


 「さて、澪様。この時が来てしまいましたな。

想定外のことではございましたので、致し方ありませんが……」

 

 「いいえ。いつかは皆さんに話さなければならないとは思っていたので。

ただ、藤村さんと桜井さんが一所懸命庇ってくださっていたのに、申し訳ないです……」


 「澪様が謝る必要はございません。我々は律様と澪様の意思を尊重しただけでございます」


 僅かに口元を緩めて言う藤村に、澪は小さく頭を下げた。


 ——それでも、申し訳ないわ。

特に桜井さんには感謝してもしきれないくらい


以前、澪が風邪を拗らせた時、彼女は注意深くしかし俊敏に行動し食事等を届けてくれた。 

 まだ恩返しができていないと思っている澪は肩身を狭くする。 


 「さて、皆に話す内容ですが……。

中堅貴族であることと、朝比奈という本名になりますな。

 他にありますか?」


 藤村から尋ねられた澪は少しの間考え込んで、一つ思いついた。


 本来、住み込みでもない限り使用人が部屋を持つことはあり得ない。


 「あの、私が部屋を与えられている件は……?」


 「それは皆に尋ねられたら、で構いません」


 それから藤村は少し目を伏せた。


 「本当は私も同席するべきなのでしょうが、あいにく用事がありましてな」


 「お気遣い感謝します。

ですが、これは私が自分の口から話さないといけないことなので、多少震えても、言葉に詰まっても、皆さんに伝えます」

 

 そう言ってから、澪は自分で自分に驚いた。

 皆に話すのが怖いのは間違いない。しかし、それ以上にこんなにはっきりと自分の意思を言えたことが信じられなかった。


 藤村は一瞬目を見開いたが、すぐにほほ笑んで首を一回縦に振った。


 「ええ。それで良いと思いますぞ。

慌てずにゆっくり伝えれば皆もわかってくれるでしょう」 


 「頑張ります」

    

 「……では、私はこれで」


 藤村は静かに立ち上がると、部屋を後にした。

襖が閉まったのを確認すると、澪は息をつく。


 「どんな結果になっても、しっかり伝えなきゃ」


 自分を奮い立たせるように拳を握ると、身支度に取り掛かった。





 午後一時。

ついにその時がやってきた。


 今日出勤している使用人——榎田、桜井、萩原、藤咲が台所に集められ、

不思議そうに顔を見合わせている。


 「休憩時間に申し訳ございません。

私から一つ、お話しなければならないことがあって……」



 「私は、中堅貴族で……本名は朝比奈と申します。

ですが、その、訳あって律様に拾って頂いて……今日まで皆さんと一緒に仕事をさせて頂いていました」


 澪の告白に榎田達は目を見開いて固まっている。


 ——やっぱり驚かれてる。でも話続けなきゃ 


 「皆さんを騙すつもりはなかったんです……。

本当に申し訳ありませんでした……」


 澪は深々と頭を下げた。非難を受ける覚悟だった。

 しかし、数秒の沈黙の後、返ってきたのは榎田ののんびりとした声だった。


 「ああ、やっぱりそうだったのかい」


 「え……?」


 澪が思わず顔を上げると、榎田達が不思議そうな顔で自分を見つめている。

誰も怒りなんて露わにしていなかった。

 榎田が肩をすくめて話を続ける。


 「そもそも来た時からただ事じゃないなって思ってたんだよ。

年が若いだろう?」


 「は、はい……。十八歳です……」


 「それにやけに自信なさげだったからねぇ。

何があっても驚かないことにはしてたんだけど……。

いや、貴族様だったのは予想外だよ」


 「す、すみません……」


 澪が再び頭を下げる。

すると今度は藤咲が普段通りの笑顔で口を開いた。


 「謝ることないよ! 私達は、騙された、なんて思ってないから!」


 「で、ですが……」


 「それにね、私達も(・)何かしら事情を抱えてたの!」


 藤咲の言葉に澪の頭が真っ白になった。


 ——え? 榎田さん達も? 藤咲さん、また気を遣ってくれてるんじゃ……


 そのまま榎田に視線を向けると、彼女が苦笑して口を挟む。


 「ああ、もちろん全員じゃないさ。数名だよ数名」


 榎田の言葉に桜井達が頷いていた。

澪はそれを見て、ようやく事実だと思うことができた。

 それからふと、思いついたことを口にする。


 「それと、一つお願いなんですが。

私のことはこれからも「柏木」と呼んでくれますか?」


 「私達は構わないけど……」


 少し不安そうに言う榎田に、澪は話を続ける。


 「私は柏木という名字を気に入っているんです。

それに、ここで皆さんと仕事をしている時は身分を忘れられるので」


 澪の言葉を聞いた榎田達は、再び顔を見合わせるとニッコリと頷いた。


 「なら、今まで通り「柏木さん」って呼ぶからね。

じゃあ、これからもよろしく頼むよ、柏木さん!」


 榎田の張りのある声に、澪の目頭が熱くなる。


 「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」


 「って、柏木さん? なに泣きそうになってんだい?」


 「てっきり、皆さんに怒られるか、呆れられるかと思っていたので……。

こんなに快く受け入れてくださるなんて……」


 澪が目尻に浮かんだ涙を拭いながら答える。

榎田が側に来て澪の肩を軽く叩いた。


 「そんな酷い人はここには居ないさ。人それぞれ事情があるんだから。

柏木さんは柏木さんらしくやっていけばいいんだよ」


 「榎田さんっ……」


 「って、やだ。あたしが泣かせたみたいになってるじゃないか。

そんなつもりはなかったんだけどねぇ……」


 肩をすくめる榎田を見て、藤咲が笑い出す。

それにつられて台所はしばらく笑い声に包まれた。

次回は9/5更新予定です

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