26話 任された役目
午後七時二十分。
桂木律はようやく挨拶回りを終え、テーブルで一息ついていた。
すぐさま桜井が洋酒を差し出し、彼が一口すする。
「今日のは甘みが強いな」
「そのようでございますね。
なんでも、海を越えた外の国で流行っている果実だとか」
桂木律の呟きにテキパキと答えた桜井は、澪に耳打ちした。
「夜会の飲み物、特に洋酒は主催者によって味が変わります。
味によっては苦手な方もいらっしゃるので、お出しする際は気をつけてください。
とはいえ、大抵は好みを仰ってくださいますが……」
「わ、わかりました。気をつけます!」
澪が小声で返事をすると、桜井の肩越しに桂木律が自分達を見ていることに気づいた。
その目が少し鋭くて、澪は思わず肩を揺らす。
――律様、少し怒っていらっしゃる?
「桜井」
「は、はい! 何かご入用でしょうか!」
突然桂木律から呼ばれた桜井は、弾かれたように返事をして桂木律の側に立つ。
「社交の場であまり使用人同士で話すな。奇異の目で見られるぞ」
「失礼致しました! 以後、気をつけます!」
桜井は背筋を伸ばして凛とした声で答え、澪も小さく頭を下げた。
そこへ、背の低いシルクハットを被り、杖をついた老紳士が会釈をして桂木家のテーブルについた。
一見、穏やかな雰囲気だが眼光は鋭く、高貴さを隠しきれていない。
彼は桂木律に目を向けると、頬を緩ませる。
「ごきげんよう、桂木家の若当主。
調子はいかがかな?」
「これはこれは、鷹司幸一郎様。お世話になっております。
調子はまずまずでございます」
桂木律は立ち上がり、丁寧に挨拶を返した。
そうしながらテーブルの陰で、手で澪達にお茶を出すように指示する。
桜井に軽く袖を引かれた澪は、思わず彼女を見つめた。
「わ、私ですか?」
「もちろんです。そのために練習をしてきたのでしょう?」
「が、頑張ります」
「では、お願いします。この方はお茶でよろしいでしょう。
いつも通り、焦らずに、ですよ」
にこやかに言いながら、桜井は澪の背中を壁際に用意してある給仕用の長テーブルに軽く押し出した。
――緊張しないように、深呼吸深呼吸……
こうなれば、もう戻ることはできない。
澪は一歩一歩慎重に進みながら、ようやく長テーブルまで辿り着いた。
そこには茶器だけでなく、洋酒の瓶やそれを注ぐグラスが整然と置かれている。
他家の使用人が数名、無駄のない動きで飲み物を用意していた。
澪は一人だけ場違いのように感じて、動きを止めてしまう。
――皆さん、場慣れしているわ。
私に上手くできるかしら――――いや、私がやるんだ!
最初の来訪者へのお茶出しを任せてくれた桜井。
密かに期待してくれているであろう桂木律。
二人のことを思い浮かべて、澪はキュッと身を引き締めた。
それからテーブル全体を見渡して、茶葉と茶器が置いてあるスペースを見つけ、移動する。
――桜井さんはお茶で良いって仰ってたから……
茶葉を取ろうとした澪は再び固まった。
陶器に入れられた茶葉が三種類。
どれも緑色で、澪の目にはほとんど違いがわからない。
――これは!? たぶんお茶の味や渋みが違うのだろうけど……。
でも迷っている暇はないわ
澪は濃さ順に並べられていると信じて、真ん中の茶葉を手に取った。
お待たせいたしました!
次回は5/2更新予定です。




